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第六十四話 隠身符

 ある意味森の中を抜けるのは、とても地味で尚且つ心理的に疲れる冒険であった。

 ゲームでは森の中であっても、行くべき針路は決まっていて、遭難するようなことはなかった。だがここは現実の世界。人の出入りがない森で、ご丁寧に針路を示してくれるものなどない。

 しかも自分たちは、ここがどこなのか判らないのだ。リーム領内の大体の地区は判っているが、そこの細かい部分の自然・人口などの状態など判らない。

 何しろリーム教国は、赤森王国に次いで、世界第二位の国土面積を持つ国。国さえ判れば、どうなるか判るものでもない。

 一行は出口の見えない森の中をひたすら歩き回った。徘徊する魔の卵を避けながら、逃げ回るように一行は森の中を彷徨い続けた。


「はぁ~~~もう嫌だ! ただ歩いてばっかで、何も出てこねえじゃん! 憂さ晴らしに無限魔共を殺して良いか!? その隠身の札、外そうぜ!」

「駄目だ。無駄に体力を消耗するぞ」


 薄暗い森の中を、ひたすら歩く中、ルガルガはもう長らく戦っていないせいで、かなりストレスを溜めている。かくいう春明も、心中同じような状態だった。


(くそっ! 説教してみたが、ルガルガの気持ちも分かるな……。いっそこのまま無限魔の八つ裂きにすれば、少しは気は晴れるか?)


 ルガルガを止めた直後に、春明自身もそんなことを考え始める。そんな時、ふとナルカが何か思い出したように、ハンゲツに問いかけてきた。


「確かハンゲツさんって、霊術士でしたよね?」

「そうだけど……何よ今更?」

「私ずっと前にテレビで見たんですけど……確か霊術って、小さい霊をいっぱい飛ばして、広いところの探索も出来るって話しだったけど。ハンゲツさんにも同じことは出来ないんですか?」

「あっ!?」


 疲労の色が濃かったハンゲツの顔が、一瞬で驚愕と、己を恥じる赤い顔に変貌した。この言葉に、他の面々も「今更かよ!?」という、戸惑いと避難の目線が降り注ぐ。これでは船の件での浩一を責められない。

 その後ハンゲツが大量の霊を召喚して、森の広域を探索。結果、簡単に一番近い集落を発見し、僅か数時間でこの森の脱出に成功した。今までの苦労は何だったのかというほど、あっさりとした脱出であった……






 さてそんな感じで、何か余計に疲れる経緯で、リーム教国内の最初の集落に辿り着いた一行。


「うぉおおおっ、すげえな! まさにファンタジーの村だぜ!」

「ああ……初めて異世界らしい場所にきたってばよ!」


 何か嬉しそうな様子の、春明と浩一。彼らが辿り着いたのは、一つの村。

 人口千人程度と思われる、周囲を田畑に囲まれた村は、今まで彼らが見てきた、この世界の町村とは大分様子が異なっていた。

 今まで見てきた町村は、家の作りは西洋ファンタジーぽいものの、高度な機械技術が混ざり込んでいた。

 街の中を機械の乗り物が走り回っていたり、街のあちこちで放送用のスピーカー塔が立っていたり、街中で携帯電話で話しながら歩く者がいたりと、ファンタジーな世界観をぶち壊しにする異物が多く存在していた。

 だがこの村にはそれがない。木製の質素な建物が建ち並ぶ西洋の田舎のイメージの村内には、機械の姿は全くない。田畑にも、機械性の耕運機や薬剤散布用のラジコンヘリもないのだ。

 まさに彼らが思い描いた、異世界ファンタジーの風景であった。


「この国では機械は、表向きに禁止されてますから。でも春明さん。そういう風に喜んじゃ駄目だと思います。機械がないって事は、他の国より不便な生活をしてるってことですから」

「あっ、ああそうだな。すまん……」


 本当に十二歳かと疑うほどの、しっかりした言い分を主張するナルカに、春明が苦笑しながら頷く。


「そうだよな~~機械がないって事は、宿に泊まってもテレビもないし、結構つまんねえかも」

「まあ、生活が不便なのか確かだろうが……どのみち俺たちは宿に泊まれんだろ……。なにせ俺たちは、この国ではお尋ね者だ。下手すりゃ国を出るまで、ずっと野宿だぜ」

「ゲーム通りなら……一応魔法学校まで行けば、匿ってもらってベッドにありつける展開だけどな」

「今更そんなの当てに出来るか? ギン大諸島の冒険なんて、お前が言ってたゲームと、全然別物だったし」


 村の中を歩く一行は、かなり浮いていた。村の者達は、全員が白人種であり、服装も春明の中の、異世界の村のイメージ通りの質素はものである。

 その中で、武器を持ち歩いた着物姿のレグン族や、魔道士・ホタイン族・ロボット・ザネン族は、明らかに異質な外見である。

 だが道行く村人は、誰一人彼らのことを気にしない。途中ですれ違った者も、まるで彼らをその辺の石ころのように無視していく。


「しかし本当に誰も俺たちに気づかないな。別に透明になったわけじゃないよな?」

「凄いですねそれ……無限魔にも人にも、全然気づかれないなんて。何でそんなのが、あの洞窟に?」

「そんなのゲームマスターが用意したに決まってるだろうが。しかしこれだと……犯罪に利用しやすそうだな」


 彼らが村人から気に留められない理由。それはあの島の洞窟で見つけた、隠身の札の効果のおかげである。

 あの札は、敵からのエンカウントを防ぐもの。春明が試しにこれを、服の下に入れてみたところ、魔の卵は全く自分たちに近寄ってこなくなった。

 ちなみこのアイテムの存在を思い出したのは、森の探索の大分後半で、魔の卵から逃げ回って疲弊しきっていたときであった。

 そして村に入ってみて気づいたところ、どうやら人にも効果があるようである。


「この状態で人に話しかけたらどうなるんですか?」

「さすがに気づかれるんじゃないのか? ゲームでもシンボルに自分から触れたら、普通に戦闘になるし……」

「それじゃあ食糧も買えないわね……まあゲールで大量に買い込んだからいいけど」

「それより次の装備品が買えないのが問題だよ。……おっ!?」


 ふと気づくと、どうもこの村の出入り口の村道の方で、何やら騒がしい声が聞こえてきた。


 それは軍隊であった。現れたのは馬やジャイアントダックに引かれてくる、多くの馬車。それら村の中に入り込み、停車する。

 そこから百人以上のリーム教国の兵士達が、ワラワラと降りてきた。その装いは、以前海で出会った身軽な装備の海兵とは大分違う。銀色に輝く板金鎧を纏った、ガチガチの重武装兵士達だ。

 そうでないものもいるが、それらはローブを纏った魔道士で、職種が違うだけのようである。その一団の隊長と思われる者が、進み出て大きな声を張り上げる。


「現在ここに、我がリーム教国に叛意を上げた赤森人、春明がこの近辺にいるという情報を得て、一斉捜査に出た! 皆知り得る情報は全て我らに渡せ! もし我らの捜査を阻害する者がいたら、即処刑する!」


 この言葉を聞いて、人々が一斉にその場から逃げ出し、家々に駆け込んでいった。まるで野党が襲撃してきたかのような反応である。この事態に春明一行は少し驚いていた。


「何で俺たちがここにいるって判ったんだ? 船を渡る途中を誰かに見られたのか?」

「どうでしょう? それ以外にも何か変じゃないですか? 阻害したら処刑とか……。騎士団の捜査が邪魔されるって、良くあることなんでしょうか?」


 隠身の札の効力があるおかげか、騎士達は春明達の様子に気がついていない。目の前に自分たちの探し人がいるというのに、滑稽な光景である。


「しかしまずったな……気づかれないうちに、ここから出て……」


 ドガァン!


 ここから脱出をと言い出そうとしたとき、村のあちこちから、無視できない破壊音が響き渡った。何事かと周囲を見渡すと、騎士達がとてもじゃないが捜査とは言えない行為を行っているのが見えた。

 ある騎士が各地の家のドアを叩き壊し、勝手に中に入っていく。家の中からは、村民と思われる人の悲鳴と、更なる破壊音が聞こえてきた。

 村の馬屋や放牧場に入り込んで、家畜を勝手に連れ去ろうとしている。村の倉庫から、次々と内部の穀物を野菜を入れた袋を担いだ兵士達が出てきて、それを自分たちの馬車に詰め込んでいく。


「どうなってんだこれ!? あいつら騎士じゃないのか!?」

「話しで聞いてたより、遥かに酷いわねこれ……」


 これはどう見ても犯罪者の捜索ではない。動揺する春明とは別に、ハンゲツなどはある程度理解しているのか、随分冷静である。

 そんな時に、一人の村人が、泣きつくように騎士に訴えている姿が見えた。


「やめてくれ! ここにはあんたが探してる奴はいないし、抵抗だってしない! だからもう何もとらないでくれ! また食糧をとられたら、何人も飢え死にする!」

「それが何だというのだ! 神聖なる我らが、汚らわしい下民の献上品を受け取ってやるというのだぞ! これほどの栄誉を与えてやっているのに、それを略奪と抜かすか! この異教徒め!」


 騎士が泣きついてくる村人を、容赦なく蹴り飛ばす。このやり取りと、騎士達の手慣れた略奪を見る限り、こういうことは今回が初めてではないようだ。


「くそっ、やるしかないか!」

「待って! ここは私のスリープゴーストで……あっ!」


 ハンゲツが魔法を放とうとしたとき、誰よりも速く横暴を振るう騎士達に突っ込んだ者が二人いた。最初はナルカで、次が浩一である。


「やめろ! この外道!」


 まずはナルカが、勢いよく走り出して、先程村人を蹴り出した騎士を、魔道杖の先端でぶん殴る。先端に魔力を蓄えて威力をました魔道士の物理攻撃の、マジックアタックだ。

 ゲームマスターが編集しきれなかったのか、ナルカやハンゲツなど魔道士の技には、こういうステータス画面に表記されていない技を、幾つも持っていた。その一撃で、騎士はあっさりとぶちのめされた。


「ぐへっ!?」


 騎士の重厚な鎧が凹み、騎士が間抜けな声を上げて吹き飛ばされる。彼は十数メートル先の地面まで飛び、数回バウンドして転がりながら停止した後は、気絶か死亡か、全く動かなくなった。

「おりゃおりゃああああっ!」

 浩一が騎士達目掛けて銃を撃ちまくる。銃弾は足首を貫き、彼らを次々と倒していく。


「なっ、何だこいつらは!? いったいどこから!?」

「反乱軍か!?」


 騎士達がいきなり出現したように見えたナルカ達に仰天していた。それは村人達も同じだ。騎士達の目には、まだ何もしていない春明の方を向けている者もいる。


「成る程……一人でも事を起こしたら、隠身符の効果はパーティー全員消えちまうのか……」


 今ここで判った、隠身符の性能の一つ。どうやら一度でも敵に接触したら駄目らしい。

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