第六十一話 船舶略奪
「無線がない!? 何で!?」
目の前の困った事態に、ナルカは呆然としていた。場所はあの港町の港湾の桟橋。ナルカがこの島にやってきたときに、ボートを止めた場所である。
ダンジョンを攻略した後、少し困った事態に、一行は直面していた。それはこの島から出る、帰りの手段がないことであった。
ゲームではこの島は有人島であったため、島の人に船を出して貰って、次の舞台へと移っていた。だが現実のこの島には、それがない。
そしてそれに関して、ゲームマスターからの通知もなかった。切羽詰まったと思った時に、ナルカが思い出したのは、彼女が船に持ってきた無線であった。
「そんな~~~どうして?」
かなり焦った様子で、ボートの中の物を、必死で漁るナルカ。だがどんなに探しても、その無線が見つからない。これでは他所に、助けを求めることも出来ない。
「ここに来る途中で、海に落としたんじゃないのか?」
「ううん。船に降りるときには確かにあったの……」
「ええ……それじゃあその後、何か使ったりしなかったの?」
「ううん。あれはまだ一回も使ってないよ。ここを出るときに、一度人に貸したけど……」
「貸した? 誰にだ?」
この発言に皆に疑問符が浮かんだ。この島には自分たちと、後からやってきたナルカしかいないはずだが……
「青い服着たおじさんだったよ。何かここに漂流しちゃってたみたいで、それで無線を貸してあげたんだけど……」
「「「あっ!」」」
そう思っていたら、すっかり存在を忘れていた人物がいた。どういうわけか自分たちと一緒に、この島に転移された人物が、もう一人いたのだ。あのリーム艦隊の提督である。
極めてどうでもいい人物だっため、すっかり彼のことを忘れていた。
「あと二日……あと二日もこんな汚い場所にいなければいけないというのか!? くそっ! あのガキ共! 覚えておれよ!」
件の人物である提督は、廃町の中の、比較的内部が綺麗な状態の一件の家の中にいた。移住の際に、持ち運べなかったのか、その家に放置されていた椅子の上に座り込んでいる。
島の樹になっていた木の実をガリガリ食べながら、提督はそんな独り言を、ブツブツと口ずさんでいた。
彼が口にした二日という期限内に、することが全くないという事実も、彼に相当なストレスを与えているようである。
そんな彼の独り言を、家の外の壁に忍者のようにへばりつきながら、聴き耳を立てている一行がいた。それは春明と浩一だった。
探しの人物の提督は、実にあっさりと見つけ出した。行くところがない彼が、入り込む場所など、この町以外に考えられない。しかもその町は、今は無人であるために、人の気配を探れば、実に簡単に居場所が分かる。
提督の言葉をしばらく聞き入っていた二人は、互いに顔を見合わせて頷く。
(よし……一旦皆の元に戻るぞ)
「えっ、何で? このままぶっ飛ばして……」
小声で囁く春明と違って、もう隠れる必要もないと普通に声を上げようとする浩一。春明は慌てて、彼の口を塞ぐ。
「むぐぐ……何でだよ?」
「いいからとにかく戻るぞ!」
幸いの今の声に提督は気づいていないもよう。春明達はそのまま足音を立てない忍び走りで、その家の前から立ち去った。
「ていうわけで、やっぱりあの無線機は提督が持ってたよ。どうやらもう本国と連絡をとって、二日後に救助が来るらしい」
場所は戻って、ナルカのボートがあった港湾。そこで春明達は探ってきた情報を皆に伝える。
「あの人あのまま持って行っちゃったんだ……。ちょっと酷いよ!」
「酷いっていうか……よくあんな怪しい奴に、そんな大事な物渡す気になったわね? 下手すりゃ、あんた遭難者になってたわよ」
「しかし二日ってのは、随分遅いわね。この島は結構リームに近い距離があるってのに……。そうでなくてもメロン王国に伝えて、救助を頼めないのかしら?」
「散々領海侵犯をしといて、そんなこと頼めないんだろ……。それにあの国、飛ぶ乗り物がないし、船も性能が悪くて鈍いしな」
「ああ、そういやそうだったわね。でも何でそのまま帰ってきちゃったの? すぐに力ずくで、無線機を取り返せば良かったんじゃ?」
ハンゲツが浩一と同じような疑問を口にする。あの提督、軍将官にしては、あまり戦闘力がない。知略が優れているようにも見えないし、恐らくコネで成り上がったタイプなのだろう。
力ずくで無線機を奪っても、何一つ恐れることなどないのだ。
「それなんだけどよ……実はこのあとの展開で、ちょっと考えてることがあってな」
「展開?」
春明が口元に指を寄せ、何故か得意げに語り始める。
「ゲームじゃこの島を攻略したあと、次の舞台はリーム教国なんだけど……そこまでどうやっていくかってことなんだよな」
「ああ、成る程……」
その言葉にハンゲツと浩一は納得したようだ。ルガルガとナルカは、よく判らず首を傾げている。
「ゲームだったら、普通に国の交易船に乗って、リーム教国に行ってたけど、この世界じゃ無理だよな。何せ俺ら、もうあっちの国じゃお尋ね者になってるし」
「それ以前に船自体が出てねえしな。ギン大諸島じゃ、どこの国もリームとの関わりを絶ってるし」
リーム教国の赤森王国への敵対視は、ゲームでも同じだったが、この世界ではそれがかなり過激になっている。
そのせいでリーム教国は、各国から経済制裁に近い仕置きを受けていた。これではリームへの入国は、かなり難しいだろう。
「それで俺は一計を案じた! あの提督の救助艇をぶんどって、リームに渡ろうってな!」
「ええっ!? 船を盗んで密入国するんですか!?」
春明の提案に、純粋なナルカは同様の声を上げるが、他の面子は皆賛成意見であった。
かくして彼らのリーム教国潜入作戦が企てられた。何だかゲームのイベントと、緊張すべき部分がずれてきているが……
それから二日後の朝。話しに聞いていたとおりに、その島にリームの救援船がやってきた。
以前春明達が遭遇した、リーム軍艦より、大分小さめの蒸気船である。それが煙を履きながら外輪を回しながら海を進み、例の港湾にまでやってきた。
「やっときおったか。全く待たせおって……」
助けが来たというのに、未だに不機嫌な表情で、提督がまたブツブツ独り言で文句を言いながら、その救助船の元へと歩み寄る。
二日間、まともな食べ物が無い場所で、野宿に等しい生活を送られたのは、高貴な生まれの彼にとっては、屈辱的な毎日であっただろう。
彼の軍服は、それまでの生活のおかげで、大分汚れている。やがて港湾の石橋の側に船が止まり、迎えの兵がその場に降りてくる。
「遅いわ貴様ら! この私をここで干からびさせる気か!」
「すっ、すいません!」
「それとこの島にはまだ、例の賊共がいるはずだ! すぐに引っ捕らえにいけ!」
「すぐにってそんな!? 艦を一人で沈めるような奴に……」
迎えの兵が慌ててそう口を返したときに、まさにその賊からの襲撃が始まった。
「ゴーストスリープ!」
発せられた女性の声と共に、どこからともかく、何十体もの羊の亡霊が、その救助船に襲いかかった。空を飛ぶ羊の大群は、数えるだけで眠くなりそうである。
「なっ、何だ!? ……ああ……」
その場が静かになるのに、十秒と持たなかった。羊の亡霊達は、そこにいた者達の身体に、次々と憑依していく。
物理的攻撃が効かない亡霊の身体は、抵抗しようとする兵達の剣をすり抜けて、彼らの身体に潜り込んであっというまに消えてしまう。そしてその直後に、彼らは次々と倒れていった。
羊たちは救助船の壁をすり抜けて、内部にいる者達にも、どんどん憑依していく。全く防ぐ手段のない、実体のない亡霊達の攻撃に、瞬く間に救助船の兵士や船員は全滅してしまった。
といっても、別に彼らは死んだわけではない。倒れた彼らは、目を閉じて、安らかな表情だ。呼吸はしており、小さな寝息が聞こえてくる。彼らは魔法によって、全員眠らされたのだ。
「もしかして全滅? あっけないわね……一人ぐらいは、魔法に耐える奴はいると思ったけど……」
「まあ、リームの兵隊なんてこんなもんだろ」
集団睡眠で静かになった救助船の前で、春明達一行がその場に現れる。彼らは提督がその船の元に着く前に、近くの廃船の中に隠れていた。
救助船は煙を上げながら進んでいるので、その来訪は遠くから見ても、すぐに気づくことが出来る。
「ようし、起きる奴が出てくる前に、全員船から叩き出すぞ! 無線を持ってる奴がいたら、すぐにそれをぶんどれ! 教国と連絡をとらせるな! それと航海士ぽい奴がいたら残しとけ! 案内役がいる!」
「おうっ!」
「はいっ!」
一行が船の前で倒れている、提督と兵士を、遠くまで放り投げる。そして船内に侵入し、春明が言うとおりに、船の中で眠っている者達を、次々と港湾の冷たい石の地面に放り出していく。
「何か俺たちの船より海賊ぽい指示を出すなお前……」
小さい身体に似合わない豪腕で、二人の鎧を着た兵士を軽々引きずり出している浩一と春明。外に出たときに、ふと隣にいた春明に、彼女がそう告げる。
「そういやお前、海賊だったっけ? 俺たちについていくこと、仲間に教えなくていいのか?」
「そういやそうだな。あとで通信で話しておくか……」
浩一の言葉に、春明は少し驚いた表情を見せ、そして次に不思議そうに首を傾げた。
「お前、仲間と通信が出来たのか?」
「ああ、俺の中の機械には色んな機能がついてるからな」
「だったらもっと早く言ってくれよ! 別にわざわざ船が来るのを待って、こんなことしなくたって……お前の仲間の船に、教国まで送ってもらえれば良かったし……」
「……あっ!?」
兵士達を引き摺る浩一の動きが急停止する。口を大きく開けて、己の迂闊さに間抜けな顔だ。
他の面々も、今の会話が聞こえたようで、呆れた顔で皆浩一を見ている。
「まっ、まあ……こういうのもいいだろ! おかげでむかつくリームの奴らに、一泡吹かせられたし……」
「はぁ……」
皆が呆れながらも、船員達を引っ張り出す作業は、総時間がかからず無事完了する。大勢のリームの海兵達を置き去りにして、一行はこの島を出港して、次の舞台=リーム教国へと旅立っていった。




