第六十話 魚竜
以前のダンジョンと同じように、洞窟の中には、各所に沢山の魔の卵が徘徊していた。彼らはそんな敵を、次々と薙ぎ払い、奥へ奥へと突き進んでいく。
「やった! またレベルが上がりました!」
そんな中、ナルカのレベルがもの凄い速度で上がっていく。あの祝福音が、これほど連続して聞こえたのは今までが初めてだ。もう彼女のレベルは50を越えている。
「全く戦ってない奴が、勝手に強くなるってのは何だかな……」
「うん? やっぱり不満か? じゃあ、今度お前に麒麟像を渡すときは、控えに置いても……」
「……それはもっと嫌だ」
なお、これまでの戦闘で判ったのだが、どうやら無限魔は、やはり控えメンバーに攻撃を加えないらしい。
一度無限魔の群れに取り囲まれ、ナルカの側に無限魔が出現したことがあったが、そのとき無限魔達は、まるでナルカをその辺の石ころのように、全く気にしなかった。
一方のナルカも、目の前の無限魔を攻撃しようとしたが、急に身体が石像のように硬直し、全く何も出来なかった
もう一つ判ったことは、ゲームと違い、控えメンバーの得られる経験値量は、戦闘メンバーの半分になるらしい。
最も彼女は今、幸運の麒麟像を装備しているので、得られる経験値量は、春明達よりも多いのだが。
「あっ、宝箱ね!」
洞窟の一角の壁に、いつも通り判りやすく置かれた宝箱を発見する。以前は胡散臭がったハンゲツも、今はすっかり馴れたもので、それを開けるのに躊躇しない。
「何だそれ?」
「札ね。隠身の札?」
ウィンドウで調べると、それは隠身の札という名称の、大きなお札である。
長さ三十センチぐらいの長方形の厚みの和紙に、感じなのかどうかも判らない、奇怪な文字と模様が、墨で描かれている。アニメなどで見る陰陽師の札のようなデザインだ。
一応これは装飾品に分類されるらしい。
「うん。どうやらこれは、装備すると敵から目をくらまして、無限魔に見つからなくなるそうだな」
「エンカウント無効の装備か。成る程ね……」
「それかなり凄くねえか? 世界中の奴が、これを欲しがるぞ」
無限魔の脅威によって、多くものを世界中は失っている。その中で無限魔から攻撃されないアイテムというのは、かなり便利な代物に違いはない。
「売ればどのぐらいになるかしらね……」
「おいおい売るなよ……そのうち俺たちにも役に立つかもしれねえし。まあ、でも今は必要ないな」
現在彼らは、洞窟探索と同時に、ナルカのレベル上げの真っ最中である。出現する魔の卵を避けて通る訳にはいかない。そのまま彼らは、今まで通り、無限魔を蹴散らしながら、奥へと進んでいった。
様々な戦いを経て、一行はようやく洞窟の奥地へと辿り着いた。以前のガルディス村のダンジョンのように、何度も外を出入りしたりはしない。事前に回復アイテムを大量に買い込んでいたので、回復には結構余裕があったのだ。
「何でロボットのあんたが、普通に薬で回復できるのかしら?」
「さあな……。この身体、機械なのに普通に食べ物が食えて、トイレにだって行くし……」
「あんた本当にロボット? さっき腕が回復したのには、驚いたくせに……」
「あれは俺も初めてだったんだよ。医者に何度か身体を調べてもらってけど、赤森ですら市販されてないハイスペックなとんでもないボディだそうだ……」
洞窟の最奥は、やはり今まで見た中で、最も広い広間である。しかも周囲に濠が掘られており、そこに水が溜まっている。落ちたら退場ルールなのだろうか?
そしてその闘技場のような広間の奥に、ここのボスと思われる者がいた。
「あれ何だと思う?」
「ここのボスキャラだろ。多分俺たちがこの中に入ったら、檻が解けて襲いかかってくるんじゃないのか?」
そこにいたのは、大型の魚類なのか爬虫類なのかも判らない巨大生物であった。
後ろ足が大きく太くスクッと立っており、前足は小さく短めだ。背中が横に曲がっており、尻尾が後ろに真っ直ぐ伸びている。肉食恐竜のような体型である。
そしてその大きさはティラノサウルスの二倍はありそうだ。顔つきはドラゴンそのものだが、角がない。恐竜型ドラゴンと言ったふうだ。
ただし表皮は魚類である。全身に紫色の魚のような鱗がビッシリと生えている。全ての足の指には、小さな水掻きがついている。背中にも魚のヒレのような背びれが生えている。尻尾も細長いが魚の尾ビレのようだ。
そんな竜と恐竜と魚を組み合わせたような、奇怪な生物が、この広間の中にいる。ただしじっと春明達を待っているのではない。
何とその魚竜は、檻の中に入っていた。正方立方系の鳥籠のような、金属製の檻の中に閉じ込められているのだ。
魚竜は春明達の姿を見ると、牙を向けてそっちに突撃しようとするが、頑丈な檻のおかげで、そこから出ることが出来ないようだ。
現在春明達はこの広間に入り途中の通路で立ち止まり、その様子を見ている。
「あれは多分無限魔ね。わざわざこのために、遠くで変異させて捕まえて持ってきたのかしら?」
「ていうかあの鱗とヒレ、見覚えがあるぞ。リームの艦隊を沈めた奴とおんなじだ。俺あいつを攻撃しようと海に飛び込んだから、そこで見た」
「多分そうだろうな。ゲームの設定でも、ここのボスは、海賊船を沈めた海の魔物って設定だったし」
わざわざ無限魔を使って船を襲わせ、彼らと戦わせるために、ここまで持ってきたようだ。実に用意がいい話である。
「何となくゲームマスターが無人島を舞台にした理由が分かった気がするわ」
「何だ?」
「人がいる島で、あんな化け物を解き放てないでしょうし……」
一度魔の卵から変異した無限魔は、人を襲おうと遠くまで動く可能性がある。確かに人がいる島で、変異済みの高レベル無限魔を解き放てないだろう。
このイベントでは設定上、船を襲った怪物と、ダンジョンの奥にいるボスは、同一でなければいけないだけに。
「まあ、ともかくあいつを倒せば良いんだな! 何か強そうでやりがいがありそうだし……ようし燃えてきた!」
「ああ、手っ取り早く片付けようぜ! 俺の電撃の弾丸が効きそうだな!」
ルガルガが目の前の強敵を前にして、かなりやる気になっている。浩一も銃を構えて臨戦態勢だ。
「まあそうだな……。皆準備はもう良いよな? じゃあいくぞ!」
春明達が一斉に通路を抜けて、戦場として用意された広間に飛び出す。それに反応して、魚竜を閉じ込めていた檻が、上へと浮き上がって、魚竜の拘留を解いた。
「ギシャァアアアッツ!」
自由になった魚竜が、一歩足を進め、春明達に威嚇の声を上げた。今まで彼らが会ってきた無限魔の中では、最大級の体格から発せられる、最大級の鳴き声だ。
春明達もそれに怯むことなく、いつでも斬り込める体勢だ。何人かが既にハンゲツのステータスアップを受けている。
魚竜が一行の前へと、その大きな足で地面を蹴り、一行に突撃する。今まさに、この巨大無限魔との対決が始まろうとしていた。
(うわぁ……でけえな)
勇んで口ずさんだものの、春明は目の前の大怪獣に少しびびっていた。今まさに自分たちに襲いかかろうと大口を開けている怪物は、以前会った鎧の巨人より遥かに大きい。映画の怪獣にも劣らない大迫力だ。
負けても死ぬことはないと判っていても、それでも怖いものは怖い。だからといってここで後ろを向くわけにはいかない。
特にナルカには、弱いところには見せられない。それに自分たちが全滅したら、次は後ろで待機しているナルカが一人で戦うことになるのだ。
絶対に負けられない。そう考え、勇んで魚竜に刀を構え、敵と一戦交えようとしたときだった。
「「「!?」」」
春明を含めた、その場の全員が、今起きた出来事に、目を大きく見開く。
こちらに飛びかかろうとしていた魚竜が、何かに驚いたように、いきなり立ち止まる。するとその魚竜の全身が、白く輝き始めた。
最初は敵の攻撃行動の予備動作かと思われた。だが実際に起こったのは異なる。全身が電球のように輝き始めると、一瞬で消滅した。あの巨体がまるで霧のように、影も形もなく、その場から消滅したのである。
「なっ、何だ!? あいつ透明になれるのか!?」
「ルガルガ、あんた何か分かんない? 感覚は強い方でしょう?」
「う~~ん。気配も何も感じねえな」
魚竜という巨大生物がいなくなった広間は、一瞬で静かになる。春明達は、まだ敵がどこかにいるのではないかと警戒し、敵の気配や何かの変調を、必死に探る。
そんな緊迫した空気が数十秒ほど続いたときだった。
《すまん。戦いはもう終わりだ。どうやら別の世界の召喚士が、ここのボスを召喚しちまったらしい》
彼らの前に現れたのは、何と久方ぶりの、何者かのメールが表示されたウィンドウ画面。そしてそこに表示された文面は、実におかしなものだった。
「はぁ? 何だよそれ!? これから戦おうって時に!?」
「ちょっと待ってよ! 何でよりによってあいつが召喚されるわけ!?」
あまりに唐突な出来事に、いまいち説明されたことを受けいれられない面々。戦いを楽しむ満々だったルガルガからは、とりわけ強いブーイングだ。
《いや……どうやら向こうさん“勝手に呼び出しても、困られない奴”ていう指定で、召喚魔法を使ったらしいぜ。そしたら今まさに、人に襲いかかろうとしていた、あいつが選ばれちまったみたいで……》
「指定? ちょっと待ってよ。そんな具体的な条件をつけて、召喚なんて出来るもんなの?」
《ああ、そういうことが出来る奴もいる》
「そいつ一体何者よ?」
ハンゲツの問いに、答えの文面が送られることはなかった。その何者か(ゲームマスター?)が送ってきたメール文は、そこで閉ざされ、そのまま返答が返ってくることはなかった。
ガタッ!
ふと何かが落ちる音が聞こえ、皆がその方向に振り向く。そこはあの魚竜を捕らえていた、檻があった場所である。
上に持ち上げられていた檻は、いつの間に消えたのか、今は影も形もない。
「あんな所に宝箱なんてなかったよな?」
「ああ……」
そこにあったのは一個の宝箱。今まで見てきた物とは違い、全体が銀色に輝く、メタリックな外観の金属製の箱である。
いつの間に置いてあったのか、転移魔法が使われたのかは不明だ。一行は困惑しながらも、その箱に近づく。その怪しげな箱を、すぐには手を出さず、箱を何回も叩いたり、魔法で軽く電撃をうったりした。
「このまま見ているだけじゃ話し進まないな……」
「じゃあ開けるわね。私に任せて」
特におかしな反応はなく、しばらく観察した後、ようやくそれを開けることになった。ただし開けるのは本人ではなく、ハンゲツが召喚した幽霊であるが。
「これは……」
幽霊が箱の蓋を開け、その中にあるものを取りだして、一行の前にそれを見えやすいように掲げる。それは手に抱えられる大きさで、全体が虹色に輝く麒麟像であった。
以前ガルディスのダンジョンで、ソルソルから貰った麒麟像とよく似ている。ただし麒麟のポーズや顔の造形が、若干異なっている。
「これって幸運の麒麟像ですか?」
「いや、まあ似てるけどそれとは違う」
それが何なのかよく判っていないナルカが、自分の首にかけられた経験値アップアイテムとそれを見比べている。確かにそれとも似ているが、大きさがかなり異なる。
「これって封印の麒麟像よね?」
「ああ……ゲームじゃ、あのドラゴンを倒した後に手に入るんだが……」
「じゃあマジであれで終わりかよ!? つまんねぇ~~~」
ゲームにおける、世界を救う超重要アイテムの四つの封印の麒麟像。彼らはこれで、二つ目を入手できたわけだが……
倒す予定だったボスを、第三者にかっ攫われるという、何とも味気ない形で、達成感なども微塵も感じられないままに、このダンジョンの攻略は完了してしまった……




