第五十八話 ナルカ・ニーデル
「何あの子!?」
「どうした!?」
無人島と思われたこの島で、まさか自分たち以外の人間に出会った事実に、皆が怪しむより先に、春明が勇んで彼女の元に飛び出す。
泣き顔の少女が、自分の前に進み出た春明に、勢いよく抱きついた。
「うぉおおおっ!」
「助けてください! 怪物が! 強くて、私じゃ倒せなくて!」
年下の少女に抱きつかれて嬉しそうな顔の春明に、恐怖と悔しさ両方が混ざった顔で助けを求める少女。
事情を聞き出す暇は無かった。すぐにその場から、少女を追ってきたのであろう者が、その場に現れた。
それは無限魔と思われる、二体の半魚人であった。
人のような四肢を持つ二足歩行であるが、全身に魚のような鱗がびっしり生えている。尻部からは、魚のヒレの形をした尻尾が生えていた。背中から後頭部にかけて、魚のヒレのような背びれも生えていた。
首は太くて頭は大きく、口は裂けて、そこから鮫のような鋭い歯が生えそろっていた。ただし身体の鱗は鮫肌ではない。半魚人と言うより、特撮映画の海の怪獣のような外見である。
そして手にはポセイドンに似合いそうな三叉槍を武器として持っている。
武器を持ち、唸り声を上げてこちらに迫ってくる様子は、どう見ても敵である。少女がこいつらから逃げていたのは、いちいち確認するまでもない。
「どいてな! 水の敵なら俺に任せろ!」
先に進み出たのは浩一。ついさっき手にしたばかりの得物の銃口を、その半魚人達に向け、迷わず引き金を引く。
「プラズマブレッド!」
銃口から発射されたのは、白色の二つの光弾。小さな電気の余波を纏う電撃球であった。
その電撃球=プラズマブレッドが、早撃ちで二発連続して発射される。それが前にいる抱き合う二人の脇を通り抜け、今にも二人に襲いかからんとする半魚人達に命中する。
「「ギシャァ!?」」
プラズマブレッドは見事二体に命中。着弾と共に分解された電気エネルギーが、半魚人の全身を、一瞬白く発光させて感電させる。
発光が収まった後には、漫画のように電気焦げをした、二体の半魚人があった。即死はせずともかなりの痛手を受けたようで、ふらふらと立っているのもやっとのようだ。水のモンスターだけあって、やはり電撃は相当効く様子。
「うりゃぁあああっ!」
次に進み出たのはルガルガ。電気を纏った鉞の刃で、二体の半魚人を次々と叩きつぶす。
既に弱っていた半魚人達は、それを一撃ずつ受けて、焦げた身体から血飛沫が飛び出して絶命する。
(う~~ん、こんな時だから、俺がかっこよくやっつけたかったけど……)
あっさり敵を倒した仲間達を見ながら、少女と抱き寄せた状態で、春明は心中少し悔しげであった。
「私、キュウイ王国から来ましたナルカ・ニーデルと言います! 年は12歳。魔導学校初等部の三年生です! 佐藤 翔子様のご紹介で、こちらの勇者・春明様にお仕えしに来ました! 春明様がこの島におられると聞いて、色々島を回っていたところ、この洞窟に入ってしまっところ、春明様達に命を救われました! 感謝の言葉もいい足りません!」
とりあえず一旦洞窟から出た一行。無人島と思われたこの島に現れた謎の少女に、素性を問いかけると、実にあっさりと、はきはきした声で答えてくれた。
そしてその口から出てきた、聞き逃せない人名に、ハンゲツは絶句する。ちなみに他の者達は「誰だそいつ?」な反応である。
「ええとその佐藤翔子って、赤森王国の天者の、佐藤翔子のこと? それに勇者って……」
「はい! 春明様は、無限魔に脅かされる世界を救ってくださる方だとお聞きしました! そしてその方について、お助けするようお願いされたんです!」
「天者だって!?」
天者の名前を聞いて、ルガルガも驚いた様子だった。
佐藤翔子とは、赤森王国を統治する緑人達=天者の一人である。三十年ぐらい前に起きた、世界石化という脅威を取り除いた者達の、中心メンバーの一人として、世界的に名が知られている。
そんな大物が、いきなりこちらに介入してきたのだ。
「そいつがお前にそう言ったのかしら? フードと仮面で顔を隠したりしないで?」
「隠す? いいえ、そのようなことはされていませんでしたが?」
大体話は分かった。この様子からして、今まで謎だったフード女の正体も、おおよそ見当がつく。
「おいおい……もしかしてゲームマスターってのは、赤森の天者のことなのかよ?」
「どうやらそうみたいね。まあ今までみたいなことできる奴なんて、かなり限られてるし。ドーラも薄々勘づいてたし……。こうなったらもう素性を隠す気もないって事かしら? それにしてもまさかこんな子供を騙して……」
「いやいや! そう俺は確かに勇者だ! よく来たなナルカ! 歓迎するぜ! これから先俺たちの力になってくれ!」
騙したと言いかけた言葉を遮って、春明がナルカの手を合わせて、歓迎の言葉をかける。その顔は実に嬉しげだ。快く受け入れられたことに、ナルカも大喜びで感謝の言葉を上げていた。
やけに高揚した様子の春明に、他のメンバーは不思議そうに首を傾げる。
「何か春明嬉しそうだな? 俺の時とは何か違うぞ」
「好みの女って事だろ? この変態が……」
「そうみたいね……なんか残念な気が……。でもなんで変態? 歳も近いしお似合いじゃないの?」
「本気でそう思うのか?」
何やら浩一がこの様子に引き気味だが、とりあえずはそれを置いといて、ハンゲツがナルカに問いかける。
「でもナルカ? 良くそんな話しに乗ってきたわね。私らについてくるってことは、これから先、さっきあなたが逃げてた無限魔とも戦うことになるのよ?」
「もちろん覚悟の上です! さっきは恥ずかしながら、力及ばず助けられましたけど……すぐに鍛えて強くなって、皆さんのお役に立ちます! 絶対に無限魔をこの世界から追い出しましょう!」
「無限魔に恨みでもあるの?」
「そんなの皆あるに決まってるじゃないですか! あいつらのせいで、皆迷惑してるんですよ! 私の住んでた町だってそうです! あいつらが居座ってるせいで、漁をしてた皆も、いつも採ってる海に出れなくて、あんまり魚持って来れないんですよ! 山の中だってまともに出れないし、中には殺された人だっていっぱいいるんです! そんなの許せません!」
途中で彼女が言っているのは、おそらく海上を徘徊している魔の卵のことだろう。あれは海でも出てくる。
それのせいで自由なところに漁ができず、各国の漁業は深刻な打撃を受けている。中には海流のせいで、うっかり発生地域に迷い込んで、沈没させられた船も多い。
確かに彼女が言っていることは、世界中の人々の無限魔への怒りを、正しく口にしている。
「いやぁ……感心した! こんなに真っ直ぐに正義を語る奴が仲間になってくれるなんてよ! 今までの奴らは金や力目当てで、碌なもんじゃなかったからな。よしっ、力を合わせて無限魔を追っ払ってやろうぜ!」
「はい、頑張ります! ふつつかものですが、どうかよろしくお願いします!」
そう仲良く語り合う二人に、他の面子が呆れ顔である。
「碌なもんって……別にあんただって、世のために戦ってたわけじゃないでしょうが……」
「俺は? 俺も一応、今まで正義のために戦ってたつもりだったんだけど?」
「ていうかあんた、親はいないわけ? こんな危ない旅に、普通は許したいしないと思うけど?」
ハンゲツの尤もな疑問。12歳の子供を、戦場に出す親など普通はいない。もしナルカが孤児だったり、子供を心配しない碌でもない親だったりしたら、話は別だろうが。
「はい、最初は父さんも母さんも、駄目だって言ってたけど、翔子様が説得したら、すぐに許してくれました!」
そんなハンゲツの問いにも、ナルカは特に動じずに、相変わらずはきはきした口調で答える。
「そりゃまあ……赤森の天者が直々に出てこられたね。さすがに断れないでしょうけど……」
何だか自分たちの旅路には、絶対的な権力が動いていることを、このナルカの登場で理解させられることになった。




