第五十七話 忍者戦闘
「うわぁ~~いっぱい出たな」
「こんなに沢山浮いてちゃ、そりゃ皆逃げたくなるわよね……」
当てもないので、適当に森の中に入ってみた一行。そしたら案の定、その森には魔の卵が沢山浮いていた。しかも面積ごとにかなりの密度でである。
入ってきたら、一気に四つの間の卵が接近し、彼らの目の前で無限魔に変異する。現れたのは、以前ゲール王国でも見た、あの巨大蜂だ。ただし色合いが微妙に異なっており、あれとは強化版の別種と思われる。
「空飛ぶ敵か……お前やれるか?」
「ああ、任せろ! 早速俺の実力を見せてやるよ!」
以前一人で戦ったとき、春明は空飛ぶ敵に攻撃できず、全く手も足も出せなかった。だが今は色々小細工する必要もない。遠距離攻撃に特化したメンバーが加わったために。
十匹の巨大蜂が、一斉に毒針を発射した。その一斉射撃をルガルガが、気功を纏った斬撃を振るい、その豪快な剣圧で弾き飛ばす。
「アタックアップ!」
「別にいらないっての! この程度の敵に!」
反撃の手に出たのは浩一一人。ハンゲツの魔法で攻撃力を高めて、手に持った大型拳銃を、発射直後の硬直状態の巨大蜂に向かって撃つ。
ドン! ドン! ドン!
連射される三発の銃声。その全てが、見事命中した。撃たれた衝撃で、巨大蜂達が後ろに吹き飛び、ある者は近くの樹木の幹に叩きつけられ、ある者は遥か遠くまで吹き飛んで、地面に落ちる。いずれも貫通までに至らずとも、身体に穴が開き、体液を噴いて即死していた。
浩一は残りの敵にも銃口を向けるが、その時には回避耐性に入っていた。次々と発射される銃弾を、巨大蜂は虫らしい俊敏な動きで飛び回り、それらの銃弾を回避する。何発かが樹木の幹を貫通して、そこに焦げた穴を作っている。
今度は敵の反撃だ。巨大蜂達は今度は浩一一人に的を絞り、次々と毒針を発射する。一斉にではなく、個々に間隔を開けてからの、連続攻撃である。
(へっ! この程度、簡単に見切れるぜ!)
浩一はその場で走り出し、地面を不規則に動きながら、それらの攻撃を躱していく。
蜂達の針が、浩一が立っていた場所に、次々と突き刺さる。その地面には、大型ライフルを撃ち込んだような、大きな穴が開いている。以前ゲールであった巨大蜂とは、比べものにならない攻撃力である。
攻撃を避けきった浩一が、続けて巨大蜂を撃ち落としていく。浩一の戦闘ステータスは、スピードアタッカー。防御力が低めだが、敏捷力がとても高い。
ゲームと違ってこの性能は、ターン制の攻撃順番ではなく、敵の攻撃の回避力に大きな力を発揮していた。
忍者のように素早い動きで、回避と反撃を繰り返し、あっという間に、巨大蜂達を殲滅してしまった。
「どうだ! 俺ってすげえだろ!」
「ああっ。まあ、お前の強さは、展望台からももう見てたけど」
「しかし凄い腕前ね。人間だった頃は、猟師か軍人だったり?」
「いんや、ただのゲームオタクよ。こっちの世界で、戦いになれるのに、結構苦労したんだぜ。まあ射撃の腕は、内蔵コンピュータの助けもあるけど……」
浩一の実力を賞賛した後、春明が今の巨大蜂が開けた、地面の穴を見、あちこちに散らばっている、はらわたぶちまけた巨大蜂の死体を見渡す。
「しかし……こいつらゲールであったときより、ずっと強いな。事前にレベル上げしまくって、良かったよ……」
「ああ……そういやテツ大陸の無限魔は、滅茶苦茶弱いんだっけ?」
「ええ……これじゃあ気軽に狩って食用にも出来ないわね」
「食用? ああ……まあな。お前らの国のことは良く知らんが、こっちではそうそう狩れないぜ。食えば上手いが、狩れる奴は限られてる。こいつらのせいで、農地とか占拠されて、食糧不足の国も多いしな……」
ゲールでは無限魔は、便利な食糧補給の供給源であった。だがギン大諸島では、大分事情が違う。
テツ大陸とギン大諸島とでは、無限魔の力に、これほどの差があったのだ。だからこそ、大量の移民がゲールに流れ込んだのだが。
「お~~し、じゃあとっとと森の奥まで行くぞ!」
「おいっ! 先に行くなよ!」
この手強い魔物達がいる森の奥には何があるのか? 春明の言うような遺跡が果たしてあるのか? 冒険家気分のルガルガが、意気揚々と森の奥まで進んでいった。
「でかいのが出たな……」
「これって前にルガルガの村に行く途中で会った奴だよな?」
「ええ、でもギン大諸島じゃ普通にいるわ。あの固くてやばい奴」
次に現れたのは、以前にもあったあの石の巨人。二つの魔の卵から一体ずつ出現した。それがズンズンと石の重さの足音を立てながら、一行に近づいてくる。
ドン! ドン ドン!
動きの鈍い敵に対して先手必勝。浩一の銃声が鳴り響く。だが銃弾は石の巨人の身体にめり込まない。小石をぶつけたようにカン!カン!と、地味で高い音を立てて、浩一の銃弾は石の巨人の堅固な身体に弾き返されていた。
「わりぃ! この手の敵は苦手なんだわ! お前頼む!」
「おう! 任せろ!」
石の巨人の振り下ろしパンチを避けながら、今度はルガルガが前に出る。
アタックアップの効果を得た彼女の鉞の重い斬撃が、石の巨人の足下を切り崩す。その間にもう一体の石の巨人の一撃が来たが、ルガルガはそれを鉞の柄でガード。重い衝撃が彼女と彼女の得物に響く。
だがそれで倒れるわけでも武器が壊れるわけでもなく、ルガルガはその攻撃を見事耐え抜いた。
「はぁ!」
それどころかその攻撃を弾き返し、石の巨人を一体目と同じように、足下を叩いて転ばせる。近くでもう一体が起き上がろうとしていたが、春明の気功斬の追い打ちを受けて、再び転んでいた。
「しゃあっ! 山割一閃!」
ルガルガの鉞が、大きな気功の刃を纏い、倒れた二体の石の巨人を、次々と振り下ろす。二体はその一撃で、身体を割られた倒されていた。
そんな風に無限魔と戦闘を繰り返す一行。森のほとんどの地区が、無限魔の活動地域となっており、必然的にそこで幾重もの戦闘を繰り返した。
まるで戦争でも起こっているかのような苛烈な音が、森の中に響き渡り、その度に森の中に無惨な怪物の死体が増えていく。
そんなこんなで彼らは1時間ほど、森の中を彷徨い歩いていた。
「経験値がいっぱい入るのもいいけどさ……その遺跡っての、全然見つからないな」
「ここ前にも来なかったっけ?」
「来たわよ。こんなに化け物の死体が転がってちゃね……」
いつ倒したのかも判らない、無限魔達の血と死体が散乱した森の中で、一行は立ち止まっていた。順調に敵を倒せているのは良いが、そもそも目的地が見つからなければ、どうにもならない。
どこを歩いても木々が生えている森が広がるだけ。時折古い教会や、山小屋の後が見つかるだけだ。
「まあレベル上げもいいが……この島に本当に遺跡なんてあんのか? 俺のデータベースじゃ、この島にそうったものは無いはずだが……」
「でも俺の村にはあったぞ。もともと遺跡とかそういうの無かったのに、いつの間に井戸の下に洞窟掘られてたし」
「となると……もしかしたら森の中じゃ無いのかしらね?」
「そうか……。ゲームじゃ森の中だったんだけどな」
もしかしたらゲームとは、用意された舞台が違うのかも知れない。春明もそろそろそう考え始めた。
「そういやお前、ゲームじゃそこには、水のモンスターがよく出るって話しだよな?」
「ああ……」
ゲームではそこは水系のモンスターの住処。そのため水耐性の防具や、雷属性の武器の用意が有用となる。先程宝箱で見つけた、ゲームマスターが用意した武器は、まさにそういったものであった。
「だったら海の近くにあるんじゃねえのか? その方がイメージに合うし。森じゃなくて海辺を探してみようぜ!」
「あっさり見つかったな……何で最初に気づかなかったんだ?」
「まあ、港が見えた先が全然逆だったからな……」
自分たちが流れ着いた砂浜を、さっきとは逆方向に進むと、目的の場所は実に簡単に見つかった。今まで森の中で彷徨っていた苦労は何だったんだと、逆に疲れるぐらいである。
海辺を進むと砂浜は無くなり、やがてゴツゴツした岩がひしめき合う、岩礁へと風景が変化する。そしてその岩礁の側の陸地、小さな崖があるところに、実に判りやすく、その場所があった。
崖の壁を綺麗にくり抜いたかのような、四角形の大穴がある。一片十メートル以上はある。その奥には石造りの床と壁が続き、奥深くまで続く人口の洞穴となっているようだった。
「港湾が先にあったから、多分先にあっち側の道に進むだろうと、ゲームマスターも予期していたのかもね。だから装備品をあっちに置いておいたのかも……」
「用意周到だな、そのゲームマスターってのも……しかしこれが遺跡か? どっちかっていうと、遊園地のアトラクションの入り口みてえだな」
それが初めてゲームマスターの手口を見た、浩一の率直な感想。
この洞窟の内部は、以前のガルディス村の時と同じように、電灯がついていて奥深くまで明るくてよく見える。そして見える洞窟の、綺麗に整えられた石製の床・壁・天井は、どれも傷や崩れた部分が無く、実に真新しい。
恐らくこれも、春明達一行のために、わざわざ用意された舞台なのだろう。
「何かわくわくしてきたな! この中にはどんな化け物がいるんだ!?」
「少なくとも、あの時みたく、一番奥にはでかいボスキャラがいるのは間違いないな」
ルガルガが先陣に立って意気揚々と、遺跡の中へと入っていく。他のメンバーも彼女の後に続いて、この新しいダンジョンの中に入っていった。
「助けて~~~~~!」
「「「!?」」」
ダンジョンには言って早々、彼らが最初に出会ったのは、無限魔でもボスでも無く、何と人であった。
ダンジョンの奥から逆走して、助けを求める声と共に、一人の少女が春明達の元へと駆け寄ってきた。それはつい先程、ボートでこの島に訪れた、あのザネン族の魔道士の少女であった。




