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第五話 初勝利

(……またここか?)


 少年は再び目を覚ます。場所はさっきと全く同じ、あの森の中。


(くそっ! 何なんだよ!? 誰かが俺を弄んでいるのか!?)


 彼にはこの事態に、自分の近くに第三者の意思が感じ取れた。そして今度はどうすれば、逃げられるか考え込んだとき……


(えっ!? ……何で?)


 意識がはっきりすると共に、背後に何らかの気配を感じ、彼は振り返る。そこにいたのは、もう三度目の対面となる、あの植物怪獣であった。

 彼との距離は二十メートルほどの地点の、木と木の合間の地面にいる。前と姿も大きさも変わらず、あの生々しい不気味な姿と、生ゴミのような異臭を放って、彼を喰いたそうに迫ろうとしていた。


(ちょっと待て!? 早すぎだろ!)


 前回と前々回とでは、この森で目覚めてから、こいつと遭遇する迄に、多少の時間が設けられていた。

 だが今回は、目覚めた直後に……恐らく予めこの場所で待っていたのだろうが、この植物怪獣がいきなり現れたのだ。

 まるで誰かが「逃げることは許さん!」と悪意を込めたかのような状況の変化である。植物怪獣が唾液を垂れ流しながら迫り、あの鞭のような触手が再び振るわれ、そして……






 それから幾ばくかして……。彼は再びこの森の中に立っていた。そして今回は彼の真ん前の地面に、あの植物怪獣がいた。

 その怪物を見て、今回の少年は、逃げも隠れもしようとはしなかった。


「はははっ……判ったよ……。やりゃあいいんだろ? やりゃあよ……」


 乾いた笑いの後、彼は腰から武器を引き抜き、堂々とあの怪物と対峙した。彼の目には恐怖の色はもうない。

 覚悟を決めた男の眼差しなのか、それとも全てに絶望した廃人なのか、判断に微妙に困る、冷めた目で、彼はその植物怪獣に構えをとった。武器を握る手には恐怖の震えなどもなく、しっかりとした姿勢で、戦いに臨もうとしている。


 さっきはあんなに無様に逃げ回ってたのに、どういう風の吹き回し?……などと思ってはいけない。


 鞭で何度も叩かれて全身の骨と内臓を砕かれ、喉を潰されて窒息の地獄を味わい、最後には丸呑みにされて全身を酸で溶かされる。

 そんな死の痛みを、何十回も味わった男の心境を、誰が判ってあげられるというのか……


(何だ? 構えが自然ととれたぞ?)


 いざ戦おうと覚悟を決めて武器を取った時、彼は再び自分の身体に違和感を覚えた。彼には剣道武道の心得など全くない。もちろん武器の使い方や、踏み込みなども無知である。

 ただアニメのキャラクターの構えを真似る気持ちで適当に構えをとったところ、驚くほど自然に、まるで以前から覚えていたかのように、隙のない構えをとることができた。


 もちろんこの違和感を考え込んでいる余裕などない。敵はすぐ目の前にいるのだ。植物怪獣の触手が、まさに彼に向かって振るわれた。


(見切れる!?)


 上から振り下ろされる一本の触手を、彼は横に飛び跳ねて、上手く回避した。触手が地面に叩きつけられて、土埃と共に、そこに小さな溝ができた。

 さらに追い打ちをかけて、もう一本の触手が、横薙ぎに彼の首目掛けて振るわれる。彼はそれを瞬時に腰を落とし、姿勢を低くすることで回避した。敵の触手が頭上を通過し、何もない空間を横切っていった。この時の動きも、素人の適当な動きではあり得ない反応であった。


(すごい! 何か知らないが、できるぞ俺!)


 どういう理屈か知らないが、戦いに必要な基礎的な技能が、自然と身体と頭の中に流れ込んでいるようだ。

 これなら行けるか?と、彼は少しながら自信を持ち始め、彼は植物怪獣に向かって飛び込んだ。そして武器の先を後ろに回し、プロバッター並の威力で、植物怪獣の胴体に武器を叩きつけた。


 ちなみに彼には、戦いを始める際、戦闘技術とは別のもう一つの不安を抱えていた。最初の一つは解消されたが、もう一つはまだ未解決だ。その不安とは……


 バキッ!


 彼の武器が敵を捕らえた瞬間、何かがへし折れる音が響いた。敵の身体が損壊した音ではない。実際はその逆だ。

 森の中の宙を、竹を束ねた何かが、砕けて宙を舞った。


 実は彼が腰に差していた武器は……竹刀であった。

 日本でもよく見かける剣道で使われている、刀剣を模した竹製の武具だ。彼は今まで、竹刀を真剣のように腰に差していたのである。

 これは別に、何か特別な力を持った竹刀、というわけではなかったようだ。実際に彼の目の前で、敵にぶつけた瞬間に、実にあっさりと割れ、折れてしまったのだから……


 彼はこれに一瞬驚きながらも、ある意味当然と諦めの視線で、空中に舞う砕けた竹を見ていた。


 基本RPGゲームというものは、冒険の始まりの時は、主人公は作中で一番弱い武器を装備した状態で始まる。何故そうなるのかと言えば、より優れた武器を集め、強くなっていくのも、RPGの面白みの一つだからだ。

 彼が以前プレイしたゲームでは、世界の命運を託された勇者が、《果物ナイフ》を剣に、《おなべの蓋》を盾に装備して、冒険の旅に出ていた。

 「鶏勇者」もその例に漏れず、プレイ直後は、主人公の武器はいかにも最弱といった武器を装備した状態で始まっていた。それがこの竹刀であった。まさにこれもゲーム通りの仕様である。


 ゲームであれば、それは問題なかった。キャラクターがどんな弱い装備をつけていても、ステータス上では何の問題もなく戦えていた。

 それにどんなに使い込んでも、装備している武器が壊れる、なんて事態はまず起こらなかった。だが現実だと……


「竹刀なんかで、こんな化け物倒せるわけ、ねえだろうがーーーー! ふがぁっ!」


 彼は恐らくどこかにいるだろう、この事態を招いた責任者目掛けて、怒りの声を力一杯叫ぶ。その声は森中に、野獣の遠吠えのように響き渡るが、その声を聞いた者がいるかどうかは不明だ。

 そして叫んだ直後に、またあの触手鞭が振るわれ、彼の身体がまた赤く濡れた。


《ああ……やっぱ無理だったか? すまんすまん》


 怪獣に飲み込まれる瞬間に、彼の視界に、そんな文字が書かれたウィンドウが出現したような気がした……






《修正が行われました。春明の初期装備が変更になりました》


「はあっ?」


 次に目覚めたとき、彼の目の前に、これまた今までと違ったウィンドウ画面が出てくる。普通のゲームをプレイしていた頃には、どんなバグ報告がされても、制作者は一切修正を行わなかった。

 だがこんなよく判らない世界に来て、いきなり修正報告である。


(初期装備って……あっ、確かに変わってる)


 彼が腰のものに目を向けると、確かに最初に持っている武器が、あの頼りない竹刀ではなくなっていた。彼の腰に差されていたのは、茶色い刀身を持つ木刀であった。


(竹刀が駄目なら木刀か……。確かにこっちのほうが頑丈だろうけど、あんま違いがないような……。それとも霊木とか、何か特別な木で作られてるとか?)


 そうこうしている内に、あの植物怪獣が姿を現した。すっかり見慣れて、何度も殺されるのにも慣れたそいつに、彼は今さら恐怖を覚えようとも思わない。

 とりあえず腰の木刀を引き抜いて、今までと同じように構える。装備変更の恩恵を期待し、彼は力を込めてそいつに飛びかかった。


 結果どうなったのというと……やっぱり負けました。







《修正が行われました。春明の初期装備が変更されました》

(またか……)


 再び目覚めたとき、前と全く同じウィンドウが表示されて、彼はげんなりした。だが腰の重みに今まで違うことに気づき、そちらに目をやると……


(まさか……真剣かっ!?)


 彼の腰に差されているのは、黒塗りの鞘と、簡素な楕円形の鍔、黒塗りの鮫皮を巻いた、一本の地味な外見の日本刀であった。

 彼はそれを引き抜いてみる。時代劇でしか聞かないような、カチャリ!という抜刀音と共に、その刀の刀身が現れる。

 そこにあるのは当然木や竹ではない、金属製の直刃の刀身があった。竹刀や木刀なら元の世界でも触れたこともあるが、真剣を手に取るのは、彼にとって生まれて初めての経験である。


(……待てよ。これが本物かどうかは判らんぞ。だって俺、本物触ったことねえし。実はただの模造刀だったり、すげえナマクラだったり……)


 さっきまでのことがあって、自分の得物に関して、いまいち信用する気には、彼にはならなかった。試しにその辺の樹木に、刃を当ててみようかと考える。

 だがそういう試し切りの暇はなく、早速あの植物怪獣が現れた。そして早速あの触手の鞭を、振り下ろされる。


(本物かどうか、斬れば判るか!)


 先程と同じパターンで繰り出される攻撃を難なくかわし、彼は植物怪獣の胴体に、思いっきり刀で斬り付けた。


 ザシュッ!


 今回発せられたのは、木や竹が無惨に壊れる音ではなかった。彼の刀が、この植物怪獣の肉を切り裂いた音である。

 植物怪獣の胴体は、両断までは行かなかったが、かなり深い切り傷をつけた。傷口に黄緑色の体液が噴き出し、それによる痛みからか、植物怪獣は怯んで、数歩分後退する。


(やった! 斬れたぞ!)


 両手に伝わる生き物の肉を切り裂く感触と、目の前の光景を見て、彼はこれがナマクラではないまともな武器であることを確信する。

 刀身が体液で濡れているため、刃こぼれの有無は不明だが、少なくともすぐに折れそうな損傷はなさそうだ。


「ギギギッーーーー!」


 植物怪獣が唸り声を上げて(実は始めて聞くこいつの声)、怒りを表すように触手を振り回し、彼に再度攻撃を繰り出す。


(ふんっ!)


 彼はそれらの攻撃を紙一重でかわしていく。何本目かの触手が振るわれたところで、彼は再び刀を振った。


 ザンッ! ザンッ! ビシッ! ザンッ!


 幾本かの触手が雑草のように簡単に斬り落とされていく。斬られた触手の断面から、茎と同じく、黄緑の体液が飛び散る。

 途中一本をかわしきれず、触手鞭を一発受けた。当たった横腹に、激しい衝撃と痛みが走るが、死の痛みにもう慣れきった彼は、この程度ではへこたれない。すぐに自分を殴った触手も、バッサリ斬り落とす。


 結果植物怪獣の武器である触手を、奴は全て失うこととなった。これにまた植物怪獣が怯んで後退する。よく見ると植物怪獣についた最初の傷が、さっきより浅くなっているような気がする。傷が少しずつ回復しているのだ。


(自動回復能力持ちか? ゲームじゃそんな力なかったような……まあ治る前に殺せばいいか)


 このままだと斬った触手も、また生えてくるかもしれない。彼は間を待たず、植物怪獣の懐に飛び込んで斬り込んだ。

 植物怪獣も黙って斬られはしない。触手がなくなったならば、鋭い歯が生えた口を開き、彼に噛みつこうとする。

 頭身の低い彼に、その丸い大口が、齧りつくように振り下ろされる。それをバックステップで躱し、更に土下座するようにこちらに頭を下げた植物怪獣の花頭の首に該当する部分を斬り付ける。

 これはかなり効いたようで、この一撃の直後に、奴は頭からすっ転んだ。地面に立っていた、無数のムカデのような根っこ足が、バタバタと打ち上げられた小魚のようにばたついている。


「ぐっ!?」


 それに更に追撃を仕掛けようとしたところ、彼の首と、刀を持った手首に、何かが縄のように巻き付いた。それはさっき彼が斬り落とした、敵の触手である。この短期間で、もう再生したらしい。


 手首を拘束されて攻撃の手を緩められ、更に首を圧迫されて呼吸を抑えられ、身体に十分な力が入らない。

 自分の身体に、あの嫌な感触の植物の肌が触れ、それが自身の身体を圧迫されている状態に苦戦している中、残されたもう一本の触手が、彼の腹を打ち付けた。


 ビシッ! ビシッ! ビシッ!


 再び始まる、あの鞭打ち拷問刑。身体を何発も叩きつけられて、彼の身体はまた傷つけられていく。服と皮膚が破け、血が垂れ流されていく彼の小さな身体。

 このまま行くと、またゲームオーバーかと思われたが……


 ギシギシギシッ……ブチィッ!


 先に限界を迎えたのは、植物怪獣の触手の方であった。彼は身体を何度も叩きつけられている最中にも、自分を押さえつける触手への抵抗を、決して緩めなかった。

 身体を痛めつけられるのにすっかり慣れた彼は、一本だけの鞭打ちの痛みなど、充分我慢できるレベル。そしてこの触手は、再生能力が高い分、強度はあまり低いようであった。

 彼はすぐに、残された一本を斬り落とす。そして触手を千切られて、また怯んでいる植物怪獣に、反撃の機会を与えずに斬り込んだ。


「ふははははははっ! 死ね死ね死ね死ね死ね、死ねぇえええええっーーーー! ふっひゃあああああっーーーー」


 そこから先は、完全に少年のターンであった。先に足を斬り倒され、倒れ込んで起き上れない植物怪獣を、彼は滅多斬りという表現が適切な感じで、攻撃を繰り返す。


 奴の身体が切り刻まれ、大量の返り血で、全身を黄色く染め上げながら、彼は全く手を緩めず斬り続けた。

 今まで散々自分を殺してきた相手を、ようやく追い詰めたことが嬉しかったのだろう。彼は盛大に笑いながら、楽しそうに植物怪獣を切り刻み続けた。

 やがて植物怪獣がすっかり細切れになって動かなくなると、ようやく彼も落ち着いたのか、振るう刀を止めた。


「やったぞ、こんちきしょう! あはははははははっーーーー!」


 全身血みどろで、狂気の笑顔を浮かべる、刀を持った少年の、盛大な勝利の雄叫びが、森林の中で広く響き渡らせていた。

 もしこの様子を第三者が見ていたら、彼を怪物に襲われた可哀想な被害者だと思うだろうか……?



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