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第四十八話 告白

 時は少し遡る。それは数日前、春明達が移民街で、泥棒・強盗をドーラに引き渡してすぐのこと。

 春明はとある赤森料理店に来ていた。別にここは彼にとって、初めて来た場所ではない。王都に着いたときに最初に彼が食事をとった場所だ。時間帯のためか、この時はあまり店内に客が来ていなかった。


「いらっしゃいませ~~」

「ああ、すいません。ちょっとここの店の人に用があって。ラッセルという人はいますか?」


 幽霊ウェイトレスに、そう告げて、調理室にいたラッセルを呼び出す。


「何ですかいったい?」


 やってきたラッセルは、随分と訝しげだ。客に対する態度とは言えない。

 彼と春明達とは、以前ドーラの家に、出前を届けたときに顔を合わせた程度の面識である。こんな風に呼び出される謂われはないので、変に思うのは当然だろう。


「話しをする前に……ハンゲツ、頼む」

「ええ」

「?」


 ハンゲツが彼の前に出る。ラッセルが何だろうと彼女に顔を向けると、いきなりハンゲツが魔法を使い出した。

 召喚の門から、数匹の赤い蝶が召喚された。見た目も大きさも普通の蝶だが、これも霊術によって呼び出された、霊界の住人である。


「ちょっ、何を!?」


 動揺するラッセルに、それらの蝶が一斉に飛び込み、彼の身体に乗り移った。何匹もの蝶が、彼の和装の調理服をすり抜け、彼の身体に潜り込んで消滅する。

 その直後に、突如ラッセルの様子が急変する。急に静かになり、目が虚ろになっているのだ。


「えっ……? あの、お客様?」

「大丈夫だ。すぐ終わるから」


 様子を見て困惑するウェイトレスを黙らせ、春明が彼の前に出る。

 今ハンゲツが彼にかけた魔法は、《チャームゴースト》という、敵を《魅了》の状態異常にさせる魔法だ。操りの霊蝶が乗り移ったラッセルの意識は混濁し、一種の催眠状態になっている。そんな彼に、春明が語りかけた。


「最初の質問だ。ラッセル、お前はあのドーラって言う女憲兵のことが、恋愛的な意味で好きか?」

「はい、好きです……」


 こっくりと頷いて、ラッセルがそう答える。この返答には誰も驚かない。幽霊ウェイトレスですら、今更判りきったという風だ。


「それで……その想いを本人に伝える気はあるのか?」

「判りません」

「じゃあ、今すぐ伝えにいきな。あの女、純情そうだから、結構簡単に引き受けてくれると思うぜ」

「でも俺には……」


 口ごもるラッセル。魅了状態になっていても、そこまでは意思を動かせないようだ。


「知ってるかもしんないけどあ。レックって言うイケメン王子が、あいつのこと狙ってるぜ。お前はそれでいいのか? いいわけないよな? 早くしないと手遅れになるぜ!」


 ラッセルの頬を叩きながら、何度も強く言い聞かせる春明。最初は拒絶の意思を見せていたラッセルも、徐々に意識が、繰り返される言葉に傾きかけている。

 そして最後には、とうとう彼は首を縦に振った。それを見ると、春明はそれで満足した様子だ。


「それじゃ俺の用は済んだ。それでは~~」

「えっ? あっ、はい! どうもまたよろしく……」


 幽霊ウェイトレスに会釈して、さっさと店を出る春明達。いきなり出てきて、何がしたいのか判らないうちに、あっさりと店から消えてしまった。


「ん………うわっ!?」


 それから数秒ほどして、催眠状態だったラッセルの意識が、急に覚醒する。目覚めた彼は、現状がよく判らず、困惑していた。


「あれ……俺はいったい? あの人達は?」

「あの人達は、もう帰ったよ。ところでラッセル。あんたドーラさんに、もう告白すんの?」


 唐突な同僚の言葉に、ラッセルは驚くが、すぐに冷静になって、何やら考え込む。


「それは……何だろう? 何か腹の底から……勇気っていうの? 何かが沸き上がってくるような……」


 何やら不思議な感覚に包まれ、少しずつ興奮状態になるラッセル。やがて身体がそわそわし、その場ではいてもたってもいられなくなってきた。そして……


「ごめん! ちょっと時間とらせてくれ! すぐに戻るから!」


 そう叫び、本能のような不思議な感情に動かされるままに、ラッセルは店から飛び出した。


「頑張ってねえ~~」


 そんな彼の姿を、幽霊ウェイトレスが、そう気軽な口調で見送っていた。






 料理店の入り口のすぐ近くの街道。そこからラッセルが飛び出したのを見て、春明が小さくガッツポーズをした。


「さ~て、この後も上手く進むかどうか? 上手くいけば、ここで新たなカップルの誕生だな。ははっ、実にめでたい」

「春明……こんなことして、何の意味があんの?」


 何やら今後の展開に、わくわくして笑みを浮かべる春明に、ハンゲツとルガルガは、彼の意図が判らず困惑中だ。


「ゲームの時から思ってたんだけどさ……」


 すると春明が急に遠い目になり、昔を懐かしむように語り出す。


「あのレックていうキャラ、何か見ていて色々思うんだよな……。金も権力もあって、しかもイケメンで、国民からの人気もあって……。その上、事件に活躍して、いい女とめでたくくっつくとかさ~~。何だ、この良い思いばかりしているキャラ? はっきり言って………クソむかつくんだよな。俺としては、ゲーム通りのハッピーエンドより、あのすました顔を潰す方が面白そうだし」





 そして時間は戻る。


「殿下? どうされたんですか?」

「どこかお具合が!? すぐに医者を……」


 仲良く手を繋ぐ二人が、目の前で硬直中のレックを、心配そうに見ている。レックは突然告げられた事実に、凄まじい衝撃を受けていた。

 とある憲兵が、つい最近彼氏をつくっていた。普通なら別に何でもないような事象であるが、ついさっきあのようなことがあったレックには、これはあまりにショッキングな話しであった。


 さっきまであれほど盛り上がった後で、今までろくに登場してなかった、よく判らん男と、既に女がくっついていたのだ。


「いや……大丈夫だ。ああ、うん、何でもない……。そうか。お前に恋人がな……。それはめでたいな。幸せを願っているぞドーラ。あはははっ……」

「はいっ! いきなり皆の前で、あんな熱烈な告白されちゃって……私すごい驚いたけど、あんなにも胸が高鳴るなんて……。あの後色々あったけど、私今本当に幸せです。ありがとうございます殿下!」


 死んだ目で乾いた笑いを上げながら祝いの言葉を上げるレックに、ドーラは実にはきはきと嬉しそうにして、彼の祝福に礼を言う。

 隣にいるラッセルは、レックの様子がおかしいことに気づいて戸惑っていたが、特に何も言うことはなかった。どうやら二人とも、レックの本心を知らないようだ。


 レックに会釈をし、そこで仕事の報告をレックにするドーラ。だがレックに、その言葉が届いているのかどうか、疑問なところだ。

 そして二人はその場から、手を繋ぎながら立ち去っていった。その様子を、石像のように硬直しながら、レックが見送る。そんな彼に、春明が囁いた。


「……残念だったな。まあ生きてりゃ、こういうこともあるさ。元気だせよレック! 人は失恋を乗り越えて強くなるものさ!」


 腹の底から沸き上がる笑いを必死に堪えながら、春明は笑顔で、そうレックに言い聞かせるのであった。



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