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第四十七話 恋人

「はっ!?」


 レックが目覚めたのは、その数十分後であった。まだ空は暗く、月と星が幾ばくかの雲に隠れながらも、隙間からその光を地上に当てている。


「おお。意外と目覚めるのが遅かったな」

「そりゃあね……二度も瀕死になったのよ。いくらあんたの治癒が凄くても、流石に限度もあるわ」


 場所はまだ校庭のグラウンドの上。先程とは違って、芝生の上でレックは寝かされていた。

 その近くに春明とハンゲツもいた。そして周囲には、先程まで人質にされていた憲兵達もいる。

 麻痺は大分解けたのか、まだ動きはぎこちないながら、彼らはどうにか立ち上がっている。中には携帯電話で、どこか(恐らく捜査本部)と連絡をとっている者もいる。

 彼らもレックの目覚めに気づき、大いに安堵したようだ。


「殿下!」


 そこへドーラが、レックの目覚めを知って駆け寄ってくる。先程全く動けなくなっていたのとは違い、今は足取りがしっかりしている。

 麻痺の治療は大分済み、持ち前の丈夫な身体のおかげで、誰よりも早く回復していた。そしてその顔は、かなり怒っている風だ。


「何て無茶なことをしたんですか! 殿下自ら、ここに来るなんて! 春明さん達が来なかったら、どうなってたか!」

「大丈夫だ! ちゃんと母上からの許可はとった。かなり無茶な説得をしたが……」

「それでいいって話しじゃありません! あなたに何かあって、責任をとらされるのは、私達憲兵隊なんですよ! ご自身の振る舞いで、周りにどんな迷惑をかけるか! 活動地域から助けたときにも、しっかりと教えましたよね!」

「……うっ、うむ! 本当にすまなかった」


 激昂するドーラに、やや戸惑いながら、謝罪するレック。その後もドーラの叱責は続く。王族が一介の憲兵に、こうも激しく説教されるというのも、随分珍しい話しだ。


「ドーラさん……レックの身よりも、憲兵隊の面子を気にしてる感じじゃないか?」

「まあ、しくじった憲兵を助けるために、王子が死んじゃったら……そりゃあ憲兵隊にかかる責任は、滅茶苦茶重いわよね」

「しかしあいつ、王子に向かって、凄いこと言ってるな。王族って、実はそんなに偉くないのか?」

「このまま叱られるだけじゃ、いまいちだな。ちょっと加勢するか」


 そう言って、親と子のように、ガミガミした会話が為されている中に、春明が近寄ってきた。


「まあ、落ち着けよドーラさん」

「あっ、春明君。うん、そうね。ちょっと熱くなったわね」


 今までしかめ面だったドーラが、春明が話しかけた途端一変し、親しい友人に接するような柔和な表情を見せる。


「よく考えてみろよ。犯人からレックの指名があったのに、それを無視したら、それで文句つける奴がいるかも知れないだろ?」

「だからって、それは……」

「それにこいつだって頑張ってたんだぜ。二年前に無限魔から救われた恩を返したいって言ってたしな。実際ドーラさんが無限魔に殺されかけたところを、こいつが身体張って助けたんだし」

「そうなの? てっきり春明さんがやってくれたのかと……」


 あの時首を叩かれたことは覚えているが、その時ドーラは顔を地面に埋めていたため、事の全容を見ていない。


「こっちからのフォローはここまでだ。じゃあ後よろしく……」


 春明はレックに目配せして、その場から一歩引く。最初は春明の意外な発言に戸惑っていたレックだが、すぐに表情を引き締める。


「すまないドーラ。確かにお前の言うとおりだ。今回の件は、先程春明君が言ったとおり、王家の面子に関する理由もある。だがそれ以上に、私自身の私情も大きかった。それが君たち憲兵隊の責任になりかねないことに、迂闊にも気づかなかった。しかも結局人に助けられて、私だけでは何も出来なかったよ。本当に情けない……。ただ私は……ドーラ、君を助けたい! ……そのことで頭がいっぱいだったんだ。ただひたすら君のことで……こんな事言い訳にもならないか」

「殿下……」


 その場に不思議な沈黙が包み込む。レックの告白とも受け取れる発言に、皆が固唾を呑んで見守っていた。


「……判りました。今回のそもそも元凶は、敵に捕まった私達の責任。考えてみれば、私が一方的に叱りつけられるような話しでもありませんしね。今回の失態、私がついていながら、本当に申し訳ありませんでした」


 そう言って頭を下げるドーラ。この日本式の礼法は、この世界では万国共通だろうか?


「ですが殿下。私達の憲兵の職務は、国と民を守ること。当然殿下も守らなければいけない人。特に殿下は、この国の王族であるだけでなく、堕ちていた憲兵隊の誇りを取り戻してくれた大恩人でもあります。あなたのことは、私にとっても特別な存在なんです! ですからもう……ご自身を軽く見ることはやめてください!」


 最初は静かに、そして最後には力強い口調で、ドーラがレックに語る。


「ああ、勿論だ! だがそのためには、私ももっと強くならなければな。そのためにドーラ。これからも私のために力を貸してくれ!」


 その言葉にドーラが頷くと、その場で一斉に歓声が上がった。中には拍手や野次をするものまでいた。これにレックも、周囲を見て、恥ずかしそうに笑っていた。






 少し時間が経ち、捕まっていた憲兵達は、ほとんどが回復した。最初に春明達が、持ってきた麻痺治療の薬を、回復魔法の使い手達に飲まし、その後彼らが他の仲間に麻痺の治癒を行ったのだ。

 彼らも最初は、動けるようになった後も、身体が少し痺れるなどの症状が出たが、そう時間をかからずに消えた。この様子なら、再度救出隊を呼ぶ必要がないと、彼らは自力で帰還することにした。


「ていうか、麻痺治療した後も、すぐには動けないものなのか?」

「当たり前でしょ? あれだけ強い麻痺効果ならね」

「麻痺の強さって関係あんのか? 俺が最初に治した奴らは、すぐに動けたぞ」

「あるに決まってるでしょう。まあ最初の奴は……どうも私達がアイテムを使うと普通より……」


 春明とハンゲツが、そんな会話をしている中、レックがこちらにやってきた。ドーラは現在本部に通信で報告中だ。


「色々あって、礼を言うのが遅れたな。我々への協力を感謝する。そしてすまなかった……」

「何故謝る?」


 こちらに頭を下げたレックに、春明が首を傾げる。


「実の所私は、君のことを少し疑っていた。ドーラから報告を受けた後、各地で君たちの情報をかき集めたり、君たちを密かに監視していたりしたんだよ。ここ最近の騒動と、何か関係あるんじゃないかって。まあ……実際の所、都市観光や無限魔狩りばかりで、怪しい点など何もなかったが……」


 そりゃ怪しい点などあるわけがない。このところ時間を潰すばかりの生活だったし、自分だって己の状況をよく判ってない。


「ああ、別にいいよ。むしろこんなあっさり、こっちを信用してくれたのが、意外なくらいだし。俺たちゃ、他所からすれば、どう考えたって怪しいしな」

「ああ、その話しなんだが……。聞けば春明君は、この世界に来て、急に色々な力が使えるようになったそうだね?」

「ああ、そうだけど?」

「そのことで、少し心当たりがある。まあまだ確証もないし、長い話になるので、ここは帰ってからにしよう」


 心当たりは何だろうと、春明は更に首を傾げた。ゲームに関しては、まだ仲間以外には、何も話していないのだが…… 

 そうこうしている内に、帰還の準備が整う。最初にレックが出立してから、何十倍にも膨れあがり、大名行列のようになった一団が、この廃村を後にした。


「ところでさっき、ドーラと随分盛り上がってたけど、この後どうすんだ?」


 帰還直後に、春明がレックにそう問いかける。今は避難対策で無人になった移民街に、一時止まっていた。念には念をと、健康診断のために医者もその場に来ていた。

 ちなみにドーラは、都市の入り口近くで、駆けつけてきた憲兵隊の上官と色々と話し合っていた。


「ああ、そうだな。この件で決心がついた。近いうちに彼女に、結婚を申し出ようと思う」

「うわぁ、いきなり思い切ったな。よし、頑張れよ! お前なら、きっと上手いくさ!」

「はは、ありがとう」

「「………」」


 何故か先程から、レックとドーラの仲に、不自然に口出しする春明。この様子に、ハンゲツとルガルガは、何故か困ったような苦笑いをしていた。


 上官との話が終わったらしい、ドーラがこちらに来ようとしているのが見えた。周りを見ると、行方不明だった憲兵達の、身内と思われる者達が、多数この場にやってきている。

 まだ数は少ないが、報道機関の者の姿も見えてきた。この後すぐに、大勢のカメラマンが、ここに押し寄せるだろう。


「私も早めに、母上と市民に、無事な姿を見せなくてはな……」


 そう言って、レックがドーラの元へと歩みようとしたときだった。


「ドーラ!」


 レックでも春明でもない、謎の男の声が、ドーラの名を叫んだ。声の方を振り向くと、人を掻き分けて、こちらに向かって走ってくるザネン族の青年の姿が見えた。


「ラッセル!?」


 どうやらドーラの知り合いであるらしい。ドーラが彼の名を口にした瞬間、何と青年=レックが、両手を広げ、飛び込むようにドーラに抱きついた。


「よかった! 本当にお前がこのまま帰らなかったらと思うと……」

「うん、ごめん。でも大丈夫よ。私はこの通り全然平気だから」


 いきなり出てきた男からの、唐突な抱擁。だがドーラは、それを嫌がる様子はなく、むしろ嬉しそうに、そしてちょっと恥ずかしそうに微笑んでいた。

 それとは対称的に、この様子を見ていたレックは、目を丸くして固まっていた。


「ドーラ……」

「あっ、殿下! すいません、こんなところでっ!」

「え、ああ! 申し訳ありません!」


 レックに気づくと、二人とも即座に恭しく頭を下げる。このラッセルという男は、春明達と違って、王族に対する礼儀がきちんとしていた。だがレックには、そのような第一印象など、どうでもよかった。


「ドーラ……その者はいったい……」

「この人はラッセルと言って、私の恋人です!」


 実に明るく、ちょっと顔を赤らめて、ドーラが何の迷いもなくはっきりと、レックの問いにそう答えた。

 そしてその答えを口にしたとき、何故か春明が、ニヤニヤと笑っていた……



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