第四十六話 スケルトン
「まあ、いいや! 行くぜ!」
考えるのは後にして、春明は刀を構えて突撃する。クラゲたちは再び電撃を向けるが、レベルを上げ、高い装備をつけた春明には、ほとんどノーダメージ。
クラゲたちが次々と、刀で心太のようにスパスパ斬られていく。頭部の傘から真っ二つになった、黄色半透明の身体が、校庭の地面にベチャベチャと落ちて、倒れていく。
春明の前では全く相手にならないクラゲたちは、瞬く間にそのほとんどが斬り伏せられた。
「確かにこいつら、麻痺以外じゃ、滅茶苦茶よええな。子供でも殺せそうだ」
「そうかい! じゃあこれはどうだ!」
切り札であった筈のクラゲたちが壊滅しても、女は戦意を失わない。すぐに別の無限魔を召喚した。
それは動く骨であった。表面が薄汚れた、人間の全身骨格である。筋肉も神経もないのに、骨同士がきっちり繋がっており、2本の足でしっかり立っている。左手には丈夫そうな金属の盾が、右手にはカットラス型の刀が握られている。
「うおっ、スケルトンだ! いかにもファンタジーぽいのが出たな! あれも霊術士の使い魔か?」
「いいえ。どういうわけかしんないけど、無限魔にはあんなのもいるのよ。井戸下であったフードの幽霊もそうだったけど」
離れた所で退避していたハンゲツが、そう春明の問いに答える。今まで麻痺対策がされていないため、離れた所で傍観していたが、戦況が変わったので彼女も前に進み出る。
敵の数は二十匹。それが一斉に襲い来る。十五匹が春明とハンゲツへ。五匹がルガルガの方へと走り出した。
同時に二カ所で始まる乱戦。ステータスアップした春明が、何匹ものスケルトン達と、一対多数の剣戟を繰り広げる。
その後ろでハンゲツが、ゴーストアタックで、春明の援護をする。ルガルガは斧を豪快に振り、スケルトン達を弾き返す。一閃の大振りの一撃が、四匹のスケルトンを纏めて吹き飛ばす。
だが残りの一匹が、大振りの一撃を放った後で隙だらけのルガルガの身体に一閃。一瞬仰け反るが、頑強な肉体を持つルガルガがそれでへこたれることはなく、もう一匹を吹き飛ばした。
さっこ吹き飛ばした四匹は、相当骨が丈夫らしく、それ一撃で倒されることはなく、再び立ち上がってルガルガにかかっていった。
二カ所の攻防は白熱を演じたが、徐々に両側ともスケルトン側に不利になっていた。スケルトン達が、骨に再起不能の損傷を受け、次々と倒れ、数が減っていく。この調子だと、全滅も時間の問題だろう。
(くそっ、ここまでね! だったら最後に一人ぐらい……。なるべく人を傷つけない約束だけど、こうなったらもう知るか!)
女が最後にもう一匹だけスケルトンを召喚する。これが彼女に召喚できる、限界である。あれは一時期に召喚できる頭数が限られているのだ。
女は最後の手駒に指示を与えた。狙いは春明達ではない。さっき自分に斬りかけて、現在倒れているドーラに向けて、攻撃命令を出した。
(げっ、やべっ!)
一体のスケルトンが、倒れて身動きがとれないドーラの元へ駆けるのを見て、春明達が焦る。戦況が有利と言っても、今すぐ助けにいける状態ではない。
あっというまに辿り着かれ、スケルトンのカットラスが、ドーラの首目掛けて振り下ろされる。
ドンッ!
「ぐはっ!?」
無抵抗のまま、ドーラの後ろの首に、スケルトンの剣が叩きつけられた。あわや斬首かと思われたが、ドーラの首はまだ繋がっている。さすがは高レベル戦士。身体も恐ろしく頑丈である。
だが喉が衝撃で圧迫され、皮が刃で斬られて血が出ている。致命には至らずとも、相当なダメージとなったはずだ。
スケルトンが再び剣を振り上げる。そして溜の動作をすると、剣の刃が、黒い闇の魔力を纏い始めた。次はスキルの剣技で止めを刺す気だ。そして再び、その刃がドーラに振り下ろされようとしている。
「ぬぁああああっ!」
そこへ横から飛び出る者がいた。それはさっきまで死にかけだった。今でも全身血みどろの、レックであった。
剣が振り下ろされようとした直前、彼が横からスケルトンに体当たりをする。スケルトンはそれでよろめき、ドーラへの攻撃をし損ねる。
だがそれでスキルが不発になったわけではない。剣に溜め込まれた闇の魔力は、まだ残っている。そしてスケルトンは、自分の邪魔をしたレックに、狙いを変えた。
ザシュッ!
「ぐうっ!」
スケルトンのスキル技が、レックのボロボロになった鎧を、いとも容易く切り裂く。彼の胸から鮮血が飛び、彼はそこでよろめき倒れそうになるが……
「はぁあああっ!」
だが気合いを上げて、踏みとどまり、そのままロングソードをスケルトンに叩きつける。盾で受け止められる、レック王子の剣。
だがそれで勢いは収まらない。かなりの手傷を負っているにも関わらず、幾重もの剣撃をスケルトンに放つ。手傷のためか、素人のような力任せの剣技だが、勢いの強さはスケルトンを遥かに超えていた。
(馬鹿なっ!? 何故動けるのよ!?)
その攻防を見て、女は当惑していた。先程あれほどまでに痛めつけたのだ。恐らく全身の骨が、おかしくなっていたはず。
さっきルガルガが、彼に回復役を飲ませていたが、常識ではこれほど早く回復するはずがない。
(あいつが飲ませたのはいったい? 何か特別な回復役だというの!?)
実の所回復役が特別なのではなく、飲ませたのがルガルガであることが原因だったのだが、彼女にそれを知る術はない。
女は近くで倒れている仲間の元へと進む。そして脇に落ちている小銃を拾い上げた。ドーラに斬られる直前に、既に弾倉の入れ替えを完了している。そしてその小銃を、スケルトンと格闘中のレックに向けた。
「死ね! クソ王族が!」
女の手が、小銃の引き金を引こうとしたとき……
ガンッ!
派手な音と共に、女がその場で倒れ落ちた。そして地面に、薄汚れたしゃれこうべが、ゴロゴロ転がっていく。
(やった! ナイスシュートだぜ!)
何が起きたのかというと、春明が倒したスケルトンの頭を拾い上げ、女目掛けて思いっきり投げつけたのだ。
その投擲は百メートル以上離れたところまで、ボールのように飛んでいき、女の後頭部に見事ヒット。女はその衝撃で意識を失い、あっさりと気絶してしまった。
「たぁああああっ!」
召喚者が倒れても、無限魔はいなくならない。胸から大量の出血をしながらも振るったレックの渾身の一撃が、スケルトンの盾を払い飛ばした。そしてそこでスケルトンの細い足を、蹴りつける。
それで片足をついたところで、レックの魔法剣が炸裂する。聖なる光の魔力を纏った剣撃が、スケルトンの頭を瓦のようにかち割った。レックの勝利である。
そして同時に、レックも倒れる。その場には、激しい運動に伴って、大量に放出された血液で、校庭の土が赤く染まっていた。
「おいおい……やばいだろあれは!」
ようやくスケルトンを全滅させた春明が、明らかに危険な状態のレックの所まで、慌てて駆け寄った。




