第四十五話 麻痺避け
ドーラやこのテロリストが言ったことは、決して彼女らだけの不満ではない。
食糧不足や、身近にいる魔物の脅威、国政への不満等々の、多くの理由があって移住を始めた。これは最近の話しではあるが、国からの暴力的な搾取も行われ始めているという。
だがリーム教国が、自らの業で、殆どの国々との国交・交易を切られたため、移民達は皆、このゲールに集中して流れていった。
移住者がどんどん増えて、移り住む居住地は、すぐに不足してしまった。そこでやむを得ず、王都含む主要都市周辺に、仮住居の集落を与えたのだが、これが移民達の怒りを爆発させた。
「わざわざ家を売ってまで、ここまで来てやったのに、何だこのふざけた歓迎は!」
「お前らはこんな可哀想な俺たちを見捨てるのか! 外道国家が!」
といった非難が、連日政府や憲兵隊に嵐のように押し寄せてきている。ちなみそう言ってきているのは、ほとんどがリーム人だ。保護される側なのに、かなり不貞不貞しい。一方のギン大諸島からの移民は、それほど傲慢な者は少ない。これは各国の民度の差が、大きく現れている。
この状況に誰もが少なからず、移民達に反感を抱かせているのだ。以前移民街を通った春明が、赤森人と思った彼を、多くの移民が妬みの視線を送ったが、これは別に赤森人に限った話しではない。彼らは誰に対しても、大抵は気に入らない奴なのである。
「そうかい。でも結局何もしてくれないんじゃ、どっちみち同じよ」
近くを漂っていたクラゲたちが、ふわふわと風船のように空中を移動し、ドーラへと近寄ってくる。ドーラのすぐ数メートル先には、操り主である女がいる。
女が巻き添えを受けるのを危惧してか、クラゲたちはすぐには攻撃してこなかった。だがそれも時間の問題である。女がドーラから距離を取ろうと、一歩後ろに下がったとき……
「ドーラ……私に構うな……すぐにそいつを……」
石の巨人によって重傷だったレックが、ここで声を出した。地面に少し埋まり、全身を血で濡らした彼の声は、実に弱々しかったが、確かに聞こえる声でドーラに語りかけた。
「こいつ!? まだ口が……」
「待てっ! 殿下を殺したら、すぐにでもお前を斬る!」
止めを刺す指令を出しかけたところを、ドーラの言葉に反応して、即座に口を止める。状況は一触即発。どちらが先に仕掛けるかで、全ての状況が決まる、緊迫した状況が出来上がっていた。
「こいつを…野放しにしてはいけない……そのおぞましい装置は…絶対に……」
「ええい、黙りなさい!」
「殿下の言う通りよ! その装置は何なの!? あなたが持ってるその恐ろしい装置……いったい誰が、あなたにそんなものを……」
「ええい、うるさいと言ってるでしょ!」
激昂した女が、周囲に漂っているクラゲたちに指令を送った。攻撃指令を送られたクラゲ達が、一斉に電撃を放つ。
「かぁああっ!」
「ぐうぅ!」
幾重もの麻痺の電撃を受けて、ドーラが絶叫する。そして案の定、近くにいた女にも、その余波が届いてしまう。
稲光が消えた後、同時に倒れた二人。元々も弱っていたドーラに、更なる麻痺電撃を受けたことで、もはやまともに動けない。顔を地面に埋めながら、全身を痙攣させて、ほとんど動けない。
一方の女の方は……
「はぁ、はぁ……確かに凄い力ね。麻痺避けをつけておいて良かった……」
女も麻痺が働いて、膝をついて弱っているが、全く動けなくなるほどの重傷ではなかった。彼女に当たった電撃は、運良くそれほど強力なものではなかったようだ。
それでもドーラより遥かに身体強度が劣る彼女のダメージは相当なものであったようだが……。女は何とか足を上げる。よろよろと病人のようにふらめきながらも、どうにか立ち上がることができた。
「私の勝ちよ……。はぁ、一時はどうなるかと……」
「そうかい、それじゃあ次は俺たちが相手だ!」
最悪の結末が迎えようとしたとき、唐突にその場で、快活な声を上げるものが現れた。声が届いた方向。校庭の入り口近くにいるのは、先程レックが同行を断られた、春明とハンゲツであった。
「何よ、あんたら……」
「怯みの一撃!」
ドンッ!
女が何か言いかけたときに、再びそこに何者かの声と轟音が鳴る。声と音が鳴った先は、レックと石の巨人がいた辺り。そこには斧を振りかざしたルガルガが、石の巨人を吹き飛ばしているところであった。
叩きつけられた斧から、同時に発せられた衝撃波で、石の巨人の巨体がその場で盛大に倒れる。柱のような胴体が、大分削られ、石の欠片が辺りにパラパラと飛び散った。
怯みの一撃で敵がスタンした隙に、ルガルガがレックを抱えて、校庭の捕虜達が並んでいる所まで走り込む。
「よ~~し! こいつらは俺が守ってやる! 思いっきりやりな!」
千人以上の動けない憲兵達を背に、ルガルガがそう言い放った。
「回復役だ。飲め」
そしてレックを下ろし、懐から青い薬品の入った瓶を取り出し、動けない彼の口に強引に流し込んだ。
「くそっ! 何よ、あんたら! 赤森人か!?」
人質を取られたことに、腹を立てながら、女はさっき中断された質問を、ようやく言い放つ。
「赤森人じゃねえっ! 俺は異世界から来た勇者だ! つまりここは勇者らしく、お前をぶっ倒して、あいつらも全部解放させてもらうぜ」
「調子いいことを! あんたも痺れな!」
十匹以上のクラゲたちが、一斉に春明に電撃を放つ。先程ルガルガのパワーを見せられたので、こいつも只者ではないだろうと、手加減など一切しない。
「どわっ!」
春明はそれらの電撃を、避けようとも弾こうともせずに、仁王立ちで正面から受ける。彼の小さな身体に、無数の電撃の光が集中して輝き出す。常人ならショック死してしまうほどの麻痺電撃だ。
ちなみにハンゲツは、春明が勇者云々と言いだした辺りから、少し離れたところに移動していた。
「ほぉ……」
「なぁっ!?」
だが稲光が消えた後の彼は、全くの無事であった。身体から僅かな煙が立ちこめ、春明が小さく息を吐く。そしてその全く効いていない様子に、女は驚愕した。
「ど派手な割に、威力の弱い魔法だな。状態異常優先だからか?」
「嘘でしょ!? 何で効かないのよ!?」
「それは勿論、この麻痺避けの腕輪のおかげさ!」
袖を捲し上げ、右腕に嵌められている腕輪を、得意げに見せつける。これは以前、ガルディス村への道中の、宝箱で見つけた物だ。見た目は市販で売られている、麻痺避けの腕輪と同じであるが……
「ふざけるな! そんなもので、このパラライズムーンの攻撃を、防げるわけないでしょうが!」
「ちゃんと聞いてたか? 麻痺避けなんだから、防げるに決まってんだろ!」
「これは近衛隊の麻痺防備すら突き抜けたのよ! そんな市販の防備で、何が出来るって言うのよ!?」
「はぁ?」
春明は女の発言と動揺ぶりに、違和感を感じ取った。何故これほどまでに驚かれているのか?
この麻痺避けの腕輪は、市販でも売られていて、効果は広く知られているはずである。
実はここで、春明のゲーム感覚と、この現実の世界の認識で、大きなずれが起きていた。
ゲームでは麻痺避けの腕輪というアイテムの効能は《麻痺耐性100%》と表示されている。100%ということは、どんな麻痺攻撃でも、絶対に防ぐことができると言うことである。
実際ゲームでは、ラスボス級の敵の麻痺攻撃も、確実に防ぐことが出来た。逆に言えば、こういった麻痺効果への対策をしていない場合、どんなにレベルを上げても、麻痺の状態異常にかかる可能性がある。
レベル90のプレイキャラが、レベル10相当の雑魚モンスターからの攻撃で、麻痺にかかってしまうことも、ゲームの仕様上有り得るのだ。何しろゲームでは、状態異常のかかる有無は、全て確率で決められているからだ。
また一度麻痺にかかれば、その効果は“数ターン、キャラが一切の行動をとれなくなる”というもの。それがどんな敵が出した麻痺で、かかったのがどんなキャラであっても、その効果は全て共通だ。
またゲームでは“重度の麻痺”と“軽度の麻痺”の差異は存在しない。ゲームでは麻痺に“かかった”と“かからない”の二択しかないだけに。
だが現実であるこの世界では、麻痺という症状の特性は、ゲームとは大きく異なっているのだ。
そんなゲームと現実の齟齬から、どんな麻痺攻撃でも無条件で無効化できる対策、というものに、女を動転し、春明はその様子に逆に困惑していたのである。




