第四十四話 電気海月
「やはり出たか! だがこちらも対処済みだ!」
このクラゲの無限魔達の存在と、その能力は、直前の救出隊からの映像で既に認識していた。このクラゲは、強力な電気攻撃を放つことが出来る。しかもその電撃には、敵の神経に影響を与え、敵の身体を運動麻痺状態にすることができる。
その電撃を受けて、憲兵達が次々と倒れていく光景が、その映像に映っていた。今捕らえられている憲兵達が動けないのも、それが原因であろう。
ちなみにモンスターではない本物のクラゲは、電気など出さない。クラゲが人を痺れさせるのは、電気ではなく毒針の成分が原因だ。
だがこの無限魔の能力は、どうも漫画的イメージで能力が与えられているように見える。
このクラゲの事を知っていたレック一行は、当然対策をうっていた。今彼らが着ている甲冑には、麻痺効果を妨げる効果を持っている。これがあれば、麻痺攻撃など怖くない。
「どうかしらね? やりなっ!」
女が声を上げると、クラゲたちが一斉に頭の傘を広げ、そこから幾筋もの電撃が発せられた。大量の電光の線が、網目のように放出され、レック達に襲いかかる。
「くうっ!」
その電撃の一斉放射を、レック達は受け止めた。その鎧に電撃を浴びる。電気が金属製の鎧を伝導し、彼らの全身に流れ込む。
精鋭である彼らの身体強度と比べると、その電撃自体の威力は大したことはない。ダメージは小さく、この程度なら大したことないと、レック達が電撃の嵐が止んだ瞬間に、武器を構えて二人に突撃しようとした。
「かかれっ! ……なっ!?」
走り込もうとした瞬間に、レックはすぐに自分の体調の異常に気づく。動こうとした瞬間に、脳に強い痺れの感覚が走り、同時に身体に思うように力が入らない。
痺れの感覚は一瞬で全身に走り、彼はその場で片足をついてしまった。レックはまだマシな方で、他の近衛兵や、騎乗していたダックたちは、身体が石像のように動かなくなり、バタバタと倒れてしまっていた。
ガチャガチャと剣や鎧が地面に落ちる音が鳴り響き、レック一行は、一閃も攻撃をせぬままに、あっけなく全滅してしまった。
「馬鹿な……何故だ!?」
身体に力が入らなくても、唯一かろうじて声を上げられたレックが、訳が分からずそう嘆く。麻痺の対処はしっかりしていたのに、この有様である。
その様子に、装置を持った女が高笑いを上げた。
「残念ね! こいつらの能力は、麻痺攻撃専門でね。貧弱で普通に戦えば弱っちいけど、麻痺能力だけは、ずば抜けて高いのよ! あんたら程度の装備じゃ、こいつらの力を完全には防げなかったみたいね!」
そう言って、女は再び無限魔を召喚する。それはあの石の巨人であった。どうやら同種の無限魔を何度でも召喚できるらしい。
石の巨人がのしのしと歩いて、レックに近づくと、その大きな腕を振りかざし、レックを上から叩きつけた。
ドンッ!
石の張り手で叩かれ、レック王子の身体が、少し地面に埋まる。そして更に、下から掬い上げるように、更なる張り手が繰り出され、レックの身体がボールのように飛び跳ねる。
数メートル宙を舞い、地面に落ちたレック。幾ら屈強の戦士で、鎧を着ているとはいえ、今までのダメージは重傷だ。というか、能力者でない常人なら、とっくに死んでいる。
美しい輝きを放っていた鎧はすっかり汚れ、仰向けの姿勢で首を曲げて、こちらを見るレックを、女は実に心地よさそうに見下ろす。近づいてきた石の巨人が、また更に彼に一撃を加える。
「くそっ、お前ら! こんな事をして、何がしたいんだ!?」
口から血を撒き散らしながら、レックが女に向かってそう吐き捨てる。
「うわっ、頑丈な奴! こんだけ叩いて、まだそんな大声出せるんだ! んじゃもっと殴らないとね」
そして更に石の巨人が、レック王子を殴りつける。
「何がしたいんだって? そんなの判りきってるでしょうが! この国に寄生しているウジ虫共を追い払うためよ!」
ウジ虫=移民のことであろう。彼女の声は快楽の笑みから、怒りの表情に変わっていた。
「あいつらのせいで、私は何もかも失ったのよ! ウジ虫共が私の家に八回も盗みに入ってきたのよ! おかげで私の家はスッカラカンの一文無しよ! 何でも私の家は、移民街の近くにあって、何か金を持ってそうな雰囲気だったんだとさ! 憲兵隊に何度訴えても、全然何にもならないし! それどころか、あいつらも生きるのに必死で、可哀想な奴らだから、大目に見ろとか言ってきやがる! 私にはどんどん物を失うのに、あんたらはあいつらを追い出さないばかりか、ウジ虫共に金をばらまいてるじゃないの! 自分の国民より、他所から来たウジ虫の方が大事なのか、あんたらは!?」
彼女が叫んでいる間にも、石の巨人は何度もレックを叩きつける。彼の鎧は見る影もなくボロボロで、周りには飛び散った血で、赤い雨模様が出来上がっている。
攻撃を途中でやめたが、その時にはレックは既に死にかけである。
「誰だか知らないけど、こういう便利な物をくれた奴がいてね。そいつでウジ虫共の巣を潰してやったのさ。本当は皆殺しにしたい所だけど、あまり人を傷つけるなって言われててね。でもばれちゃったから、金目をもらって、この国から出て行こうと思ったのよ。元々あんたらのせいで、私は金を全部なくなったんだ! あんたらが代わりを払ってくれるのは、当然よね! ええ、これで話すことは全部よ! 答えて上げたけど、これであんたは満足かしら?」
石の巨人が、再び腕を大きく振り上げる。止めの一撃のつもりなのか、力を溜めている様子だ。
「それじゃ、さよならね。この国のグズな王族!」
そう言って、レックに最後の一撃が振り押されようとしたとき……
ボウン!
突然女のいる付近の地面が爆発した。その衝撃で、女がうっかりその場で転げ落ちる。
「なっ、何!?」
「やべえぞ、おい!」
見ると拘束した憲兵達のいる方角から、一人の女がこちらに向かって突進してきていた。それはククリ刀を構えたドーラである。血走った目で、猪のように真っ直ぐこちらに突進してきている。
「くそっ、死ねぇ!」
男が自動小銃をドーラ目掛けて発砲した。一弾倉分の弾丸が、正面から真っ直ぐに突っ込むドーラに、そのほとんどが命中した。
「ぐうっ!」
全身に弾丸が激突して、苦悶の声を上げて、倒れかけるドーラ。常人ならこれで即死であろうが、高レベルの魔法戦士である彼女は、身体が頑丈で、この程度では倒れない。
男が弾倉を付け替えようとしている最中に、ドーラは至近距離に近づき、男をククリで切り伏せた。
男が倒れ、血で染まったククリを持ち、ドーラは次に女の方に再突撃しようとしていたが。
「待て! それ以上動くな! 動くと、あの馬鹿王子をぶっ潰すわよ!」
女がそう叫ぶと、流石にドーラも動けない。石の巨人は、瀕死の王子の前で、止めの姿勢に入ったままである。
ドーラはククリを構えたまま、動けない。しかもその全身は、痙攣しているかのように震えている。人一倍頑丈な身体を持つドーラは、他の憲兵達より、誰より早く、麻痺が回復していた。
だが全快ではない。先程の爆発は、ドーラが放った魔法であるが、痺れのせいで攻撃を外してしまったのだ。
「こんな事、もうやめなさい! さっきの話しで、あなたの身元はすぐに判るわ。私達から金品を奪って逃げても、すぐに捕まるわ!」
先程話した、八回もの空き巣の件があれば、この女の素性はすぐに割れるだろう。だが忠告された女は、特に動揺した様子はない。
「全然大丈夫よ! この装置があれば、あんたらがどれだけ追ってこようが、簡単に返り討ちよ! 実際にあんたら、無様に負けて捕まってるじゃないの!」
この言葉に、ドーラが屈辱で顔が引き攣る。確かに女の言うとおり、あの装置の力は強大すぎる。本人の言うとおり、本当に国外への逃亡を許してしまうかも知れない。いやそれどころか、あの装置を使って、国外でどんな悪事を働くかも判らない。
「あなたの気持ちは分かるわ。でもこんなやり方は……」
「はいはい、ありがちな説得台詞ね。あーだこーだ言って、結局ウジ虫共は可哀想な奴らかだから、ちゃんと大事にして上げましょう、なんて言うんでしょ?」
「そんなこと思ってないわ! あいつらには私だって、日頃から腹を立ててたのよ! 何度力尽くで追い出したいと思ったか!」
唐突に、あまりに彼女らしくない、暴力的な発言をするドーラ。どうも日頃から溜めていた部分が、この状況でやや漏れ出てきたようだ……




