第四十三話 レック・ゲール3
その日の夜のこと……。ある一団が王都から抜け、移民街を通り抜け、畑を横断する街道へと出た。
その道の先には、無限魔の活動地域である森がある。以前ドーラ達憲兵隊が、大勢行方不明になったところだ。
行き先が活動地域であるため、今は人の往来が極端減った道だ。ましてやこの暗くなった時間に、そこを通るものなどほとんどいない。
その道を通る変わり者達は、二十人ほどの、完全武装した近衛兵達だ。彼らは春明達の世界の感覚からすると、実に変わった物に騎乗していた。
それは馬ほどの大きさがある、大きな軽鴨である。羽毛の色合いも、嘴の形も、水掻きのついた足も、全てが普通の軽鴨だが、その大きさが半端ではない。その鳥の背に鞍が取り付けられて、彼らはそれを馬代わりにして乗っているのだ。
この鳥は無限魔ではない。ジャイアントダックという、この世界に元からいた生き物だ。一応魔物に分類されるが、気性がおとなしく、手慣れしやすいので、こうして人の手によく利用されている。空路・陸路・水路と全ての道に対応できる、騎乗用として、実に優れた高級家畜だ。
その高級家畜たちを乗りこなす一団の中に、何とレック王子がいた。中世の騎士のような、立派な板金鎧を着ており、完全武装状態だ。
レックは一団の列の中央におり、彼を守備するように、両横にも盾を持ったダック騎兵が並んでいる。本来王城で政務をこなすはずの王子が、今こうして少数の兵を引き連れて、活動地域に向かっているのである。正直ただ事ではない光景だ。
「王子……先程から、我々を尾行する者が……」
「ああ、判っている。春明達、咎めはしないから、こちらに来い!」
王子がそう後ろに目を向けながら、そう叫ぶと、近くの移民街のテントに隠れていた者達が姿を現す。それはレックが言うとおり、春明達三人である。
「やっぱ気づかれてたか……」
「あんな下手な尾行、子供でも気づく! それで君たちは何のようだ?」
駆け寄ってきた春明を、近衛隊が取り囲み、彼らにレックがやや怒りがこもった様子で、問いかける。
「いやあ……俺たちもドーラさん達を助けるのに協力したくて……」
「何故俺たちが、憲兵隊の救援に行くと思う?」
「大体流れで、そんな感じかなと……」
春明が軽く笑いながら、そう答える。近衛隊達は、このよく判らない者達に、警戒心を露わにしている。何かあれば、今にも斬りかかりそうだ。
「そうか……。その気遣いは感謝する。だが我々の目的がそうだとしても、君たちの協力を貰うわけにはいかない。これは我々の仕事で、民間人に協力を煽るのは……」
「大丈夫ですよ。俺たちこう見えても役に立つから」
「そういう問題ではない! 君が只者でないのは知ってるが、これは我らの仕事だ! 帰りたまえ!」
結局王子からの同行の許可は貰えず、周りの近衛兵達の威圧もあって、春明達は渋々引き返すことになった。
「あ~あやっぱ無理だったか。上手くいかないもんだな……」
「まあ、当然よね。ていうかあんたのやってたゲームの王子って、どんだけ不用心なのよ?」
移民街の前で、春明達が嘆息する。他の移民街の住人達も、今し方通った近衛隊が気になって、遠ざかっていく彼らの姿を見送っている。
「まあ、いいや。後で森に入った後に追いかけよう。戦場でなら、許可とか言ってられないだろうし」
「殿下、あの者達をあのままにしてよいのですか? もしかしたら、何か知ってるかも知れませんよ?」
レック一行が進む中、一人の兵が、そうレックに問いかける。
「どうだろうな。仮に何か知ってたとしても、そう簡単に口を割らないだろうし、奴を拘束する理由もない」
「殿下に直接、面会を申し出る時点で不審で、問いただす理由があると思いますが……。どうもこの事態を予測していたとしか思えません」
さっきレックに届けられた、もう一つの報告。それはこの移民街襲撃の犯人からの脅迫状であった。
内容は、捕らえた捕虜達と交換に、今王宮にある麒麟像を、こちらに渡せというもの。そしてその引き渡しを、レック王子自ら行うようにというものである。
何故レックを指名するのか不明だが、少なくとも公になっていない麒麟像の事を知っている限り、悪戯ではないだろう。
これを知ったときに、直ちにレックが、この交渉に出ることを志願した。とはいっても、言われた通りに麒麟像を渡すつもりもない。あの危険な力を持つ代物を、そう容易く人に渡すわけにはいかないのだ。
現在彼らが麒麟像を入れているということにしてある箱には、早急に錬金術で作り上げた偽物が入っている。
引き渡し場所は、活動地域の内部の森の中。やがてその森が見えてくる。そしてその活動地域の境界に入ったときに、あること気がついた。
「魔の卵が浮いていないな……」
いつもは森の中を彷徨っている、あの異形の球体が、今日は一個も見当たらない。あの無限魔を操る装置の力であろうか?
「報告にあった無限魔を操る装置らしき物が、魔の卵を追い払えるのなら、任務とは別の意味でもどうにか入手したい物だな……」
最初の激しい戦闘になると思われた、活動地域の進行は、何事も起こらず、スムーズに行った。森の中をどんどん進み、やがて森の中の目的地に辿り着いた。
そこは村だった。ただし人の気配は全くない。田畑や家の庭には何の手入れもされず、雑草が生えまくって草原地帯となっている。今時珍しい光景でもない。
その村の1軒の大きな建物。かつては学校であったところの校庭に、彼らが探していた者達がいた。
それは千人も及ぶ人数の、憲兵達である。彼らは目を開けていて、意識はあるようであった。だが様子がおかしい。
別に縛られているわけでもないのに、彼らは皆そこに座り込んで動かない。まるで運動会の待機中の生徒達のように、大勢の憲兵がそこにずらりと密集して座り込んでいるのだ。
彼らはレック一行に気づき、そちらを凝視するが、何の声も発してこない。中には口を魚のようにパクパク開閉させる奇行を行っている者もいる。
ただ二人だけ、その校庭で立ち上がっている者がいた。それは動物の被り物のような仮面をつけて、顔を隠している。そして一人の手には、報告にあった召喚装置らしき物が抱えられていた。
「望みの物を持ってきたぞ! 渡し次第、彼らを解放させてもらおう!」
彼らがこの事件の犯人だろうと、当たりをつけたレックが、彼らにそう高らかに声を上げるが。
「うるせーーーーー!」
だが返答は、一方的な罵声であった。
「お前らが持ってきたのが、偽物だってんのは判ってんだよ! 開けた瞬間破裂させて、眠りの粉を撒き散らして、その隙に私らを捕まえる気だろう!」
「!? 違う! 何故そう思う!」
彼女が言っていたことは、実は正解である。だが何故、敵はこちらの作戦を、既に知っているのか?
「私らに色々くれた魔道士が教えてくれたんだ! 人質の命より、金の方が大事か!?」
「金!? 待て、お前らはあれが何なのか知ってるのか?」
「知らないわよ! 凄い値打ちのある虹光石の像だって聞いてたけど……まあいいわ。持ってきてないなら、あんたらの身ぐるみを剝いで、金にさせてもらう!」
召喚装置を掲げる女。すると装置の宝石が輝き、以前ドーラが見たときと同じように、そこに召喚の門が現れる。
ただし今回は一つではない。校庭とレック一行の間の畑に、何十もの門が現れて、そこに無限魔が召喚された。
召喚された無限魔は一種類のみ。それはクラゲであった。全身が黄色く発光しており、キノコの傘のような頭と、長くて無数の触手が生えて下に柱のように伸びている。そしてそれらは人間以上の大きさがある。
そんなクラゲの怪物が、水中を泳ぐように、空中を浮いて、その場に群れを為して出現していた。




