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第四十二話 レック・ゲール2

『昨夜起きた事件の犯人を、捜索に向かった憲兵隊ですが、未だに帰還も連絡も無く、全滅の可能性が考えられてきました。これに関して、政府の方でも早急な対策が提案されており……』


 事件から翌日の朝のこと。それなりに値の高い、宿の食堂の中。壁や床が綺麗に塗装されており、天井からは豪華なシャンデリアがぶら下がっている。

 そんな高級そうな食堂部屋の中で、春明達がテーブルを囲って食事中だ。そして食堂の壁側にかけられたテレビから、今一番の話題を聞き入っている。


「ゲームのシナリオ通りになったな。問題なのは、消えた憲兵の中に、ドーラがいるかどうかだが……」

「多分大丈夫よ。だってさっき携帯かけたけど、全然繋がらないし」


 先日の事件で、無限魔達を操っていたと思われる召喚士の存在が確認された。逃走する犯人は、無限魔の活動範囲の森林に入り、それを大勢の憲兵達が追って突入した。

 だがそれ以降、彼らからの連絡はプッツリと切れたのである。偵察に向かった幽霊達も、また同様に帰ってきていない。

 無限魔を人が操っていると言うだけでも、衝撃の事実であるのに。そこで大勢の憲兵の失踪である。あまりに重大なニュースに、その食堂にいた他の者達も、そのニュースに聞き入っている。


「後は敵の脅迫状が、憲兵隊に送られるのを待つことだな。でもそれって公表されるか?」

「多分ニュースじゃ、すぐには報道されないわね。こっちから調べてみないと……」


 順調な経過に、三人がのんびりと話していたが。


『たった今、新たな情報が入りました! 憲兵隊が今すぐに、救出隊を編成し、活動地区に突入するとのことです!』

「あれっ?」


 だが途中で入ってきた新情報に、春明がポカンと軽く驚く。どうやら想定外の展開であったようだ。


「すぐに救出に向かうってさ……春明の話と違うな」

「ああ……ゲームだと政府も憲兵も、ここで捕まった奴を見捨てるんだよな。何でだ?」


 ゲームのシナリオではこう。自分を追ってきたドーラ達憲兵を捕らえた盗賊は、彼らを人質にして、憲兵隊に莫大な身代金を要求するのである。

 無限魔を操る力を持つ上に、ゲール最強級の戦士であるドーラを負かした相手に、政府は危険を冒せないと、彼らの救出を諦める。だがレック王子がそれに納得せず、独自にドーラの救出に向かう。

 その途中で主人公達と出会い、彼らと行動を共にして盗賊退治に向かうのだ。


 だが今テレビで起きていることは、全然違う。犯人から何か要求が来る前に、憲兵隊は実に迅速に対応し、彼らの救出隊を派遣しようとしているのだ。


「私思うんだけどさ……これって去年の一斉摘発が原因じゃないかな?」


 筋道が狂い始めたことに、春明が混乱する中、ハンゲツが冷静に事態を考えていた。


「一斉摘発って……ああ、そんな話しもあったな」

「確かハンゲツも、それでクビになったんだっけ?」


 少し前まで、王都の役所や憲兵隊は、かなり酷い汚職や怠慢で、堕落しきっていた。

 だがそれをレック王子が扇動した、大掛かりな調査で、それらが一気に露見する。そして各地の役所・憲兵所で、実に大掛かりな掃除が行われたのだ。

 これにより犯罪者や、振る舞いに問題のあった者達は、全て失職し、代わりに真面目で活気のある者達が、大勢登録された。

 それによって、この国の中枢は、短期間で大きく生まれ変わったのである。


「もしかしたらゲームマスターは、この事態を想定していなかったのかも知れないわね」

「その摘発が、計算外だったってか?」

「ええ……。前の憲兵隊なら、行方不明になった仲間を、見捨てることぐらい平気でしたかもね。多分そのゲームも、その時のことを想定してシナリオを作ったんじゃない? だからここに来たとき、憲兵に物を盗られるイベントも起きなかった。……とまあ、そんな感じじゃないかしら?」


 確かにそう考えれば納得がいく。その当時からシナリオを考えてから、ゲーム製作期間&配布してからの期間を考えれば、そういった元になった舞台の環境の変化は、充分に考えられる。


「何か難しい話になってんな? そんでどうすんだ? 王子様と一緒に、そこ行かなきゃ話し進まないんだろ?」

「……ああ、どうしようか?」


 確かにこれは困った話だ。憲兵隊が真面目に動いてくれてる以上、王子が独断で救出に向かう理由はないし、自分たちと手を組む流れも出来ない。


「う~~ん、このまま救出隊も消えれば、憲兵隊も捜索を諦めて、敵が身代金を要求して、王子が動いたりするかな?」

「そう上手くいくかしらね? その前に犯人が、金を取らずに逃げるんじゃないの?」

「そうだよな……。出てきた無限魔達、ゲームと違って憲兵に簡単にやられたりしてるし。他に手があるとしたら……俺たちが自分から王子に会いに行くか?」


 ドーラの時と同じ手段である。向こうから会ってくれそうにないなら、こっちから会いに行けばいい。だがこれにハンゲツは呆れ顔だ。


「ちょっとちょっと……ドーラの時とは違うのよ。王族にどうやって会うのよ。まさか城に行って、直に会わせろとか言い出すんじゃないでしょうね?」

「……そうだな。やるだけやってみるか? 何かやばくなったら、またロードすればいいし」






 かつてドーラが報告を行った、レック・ゲール王子の執務室。今日はドーラとは異なる、別の客が訪れていた。

 それは春明達三人である。春明とルガルガは平然としているが、ハンゲツはやや落ち着かない様子だ。


「何だハンゲツ? たかが王族に会うぐらいで、お前らしくないな?」

「らしくないって……じゃあどうすれば私らしいのよ?」

「うん? 気に入らなきゃ、権力者でも問答無用でぶん殴れるぐらい? 特にこういうキザでむかつく感じの奴とか」

「私をどんな暴虐女など思ってんのよ!? 王子に会おうって言いだしたのも、びびったけれど、まさかこんなあっさり会えるなんて……」


 ここまで行くのに、何の作戦も必要なかった。城門に行って、守衛に面会を頼んだら、何とすぐに許可が下りたのだ。

 作戦も何もない、当たって砕けろの方法が、まさかの成功である。


「君たちのことは、王宮でもそれなりに話題になってるんだよ。私も個人的に君たちに会ってみたかったんだ。まさか君たちの方から来てくれるとはね」


 彼らの前のテーブルと椅子に座り込むレック王子がそう言い放つ。先程の春明の失礼な発言はスルーし、レックは春明達を鑑定するように、その姿を視界に映す。


「話題? 俺たち何かやばいことしたっけ?」

「別に罪を犯したとか、そういうことじゃない。君たちにも色々聞きたいことがあるが……。とりあえず君たちの用件を先に聞こうか?」

「そんじゃ王子。お前ドーラのことが好きなんだろ? 自分で助けに行かないのか?」


 あまりに直球なルガルガの発言。今まで紳士的なオーラを放ち、余裕の表情で対話していたレックの顔が、急に引き攣る。それはハンゲツも同じであった。


「……本当に率直に聞くね。その話は、大衆の間でも、かなり広がってるのかい?」

「それは……」


 一瞬返答に迷う春明。異世界人であることは普通に他人にも話したが、ゲームシナリオのことは隠す方針にしていた。

 まさかゲームであなたのキャラを知ってるとかは、ちょっと言えない。だがすぐに、春明は別の理由付けを思いついた。


「そっちのハンゲツから聞いたんだよ。お前のこと色々……」

「ちょっと!?」

「確か、最初に無限魔が出たとき、お前が阿呆にも、活動地域に一人で突っ込んだんだよな。何か英雄気取りで、馬鹿みたいだって(ハンゲツが)言ってたぜ。そんで結局死にかけて、駆けつけたドーラに、かっこ悪く助けられたんだったか? それから何かある度に、理由をつけてドーラに会いにきて、まるでストーカーみたいでキモイ奴だって(ハンゲツが)言ってたぜ」

「ちょっと、ちょっと、ちょっとぉ~~~!」


 ルガルガ以上に直球で喋りまくる春明に、ハンゲツが顔を真っ赤にして叫んだ。


「何だよ? 実際お前言ってただろ?」

「だからって、こんな本人の前で……うわぁああああっ!」


 王子の視線を見て、今の自分の発言に対して絶叫するハンゲツ。つまり本人のいないところでは、王子のことを、ぼろくそ言っていたということである。

 話を聞いていたレックは、意外にも怒っている風はない。ただ妙に疲れた顔で、深く息を吐いていた。


「そうだな確かに君の言うとおり、私の振る舞いは愚かすぎて、恥ずかしい限りだった……。そんな風に陰口を叩かれるのも、仕方がないな……」

「うん? じゃあ今はストーキングしてないの?」

「あんたは少し黙れ!」


 ハンゲツが激昂してルガルガの頭をぶっ叩く。そんな様子を気にせずに、レックは言葉を続ける。


「一応今は自制しているよ。ただつい最近またやってしまった……。麒麟像の報告を、ドーラに指名してね。きっと彼女もとっくに気づいて、私に呆れていただろう……」

「そうなのか?」

「う~ん、多分それは無いんじゃない? あの子って生真面目すぎて、そこんとこ鈍感だし………はっ!? いえ、ドーラ少佐は多分、まだお気づきになられていないかと!」


 素に戻りかけた自分の口調を、慌てて直すハンゲツ。レックの方はもう慣れたのか、特にそのことで反応はない。


「さっき助けに行かないのかと言ってたね? 本当のところは、私もそうしたいのだ。かつて無限魔に殺されかけたのを救われた命。今度は私自身で、恩を返したい。だが私にも立場というものがある。王子が女を助けるために、自ら戦地に赴くなんてのは、物語の世界だけで許されることだ。昔は無限魔相手に、武功欲しさで自ら出陣しておいて、こんな事言うのは言い訳にしか聞こえないだろうが……」


 一応正しい理屈だ。無限魔の件は、本来憲兵が請け負う仕事であり、王族が出陣する理由もない。むしろ王位継承権が近い彼の身を、戦地で危険に晒すなど、愚行でしかないだろう。


(まいったな……これでどうやってイベントを進めるか? こいつと一緒にドーラ救出に行かないと、話しが進まないんだよな。無理矢理連れてっても、ただの誘拐だし)


 王子と行動を共にする理由が見つけられない。このままだと、ただ話をして変えるだけで終わってしまう。春明が思い悩むその横で、ルガルガがレックを力尽くで連れ出そうと、手を出しかけたとき……


「「大変です!」」


 その時後ろの出入り口のドアが、強引に開け放たれ、二人分の声が重複して発せられた。それは王城に勤務している近衛兵だった。

 どうやらそれぞれ別件だったようで、互いの顔を見合わせて動揺している。


「いったいどうしたと言うんだ? まず右の奴から言え」


 レックがただ事じゃない雰囲気に、顔を険しくして問う。近衛兵は、部屋にいる珍客に怪訝に思いながらも、レックに報告する。


「先程活動地区に向かった救出隊からの連絡が途絶えました! 受信された映像から、無限魔が襲来したらしき様子が出た後に、すぐに無線が切れ、その後の消息は判りません!」

「それが起こったのは、いつ頃だ?」

「十分ほど前です!」

「くそっ! 悪い予感はしていたが、本当にこうなるとは! それで襲来した無限魔の特徴は!?」

「黄色いクラゲ型です! こちらに映像が!」


 何やらレックと近衛兵が、救出隊のことで、慌ただしく会話している。後回しにされたもう一人は、それをそわそわしながら、自分の番を待っている。そんな彼に、春明が話しかけた。


「なあ、お前が持ってきた報告って何だ?」

「……? どのような来客か知らないが、これは機密事項になり得ることだ。教えられん!」

「でもさあ……あいつ俺たちの前で、でかでかと喋ってたぞ?」

「「!?」」


 春明のその言葉が聞こえたようで、レックともう一人の近衛兵が、瞬時に向き直る。何やら「しまった」と言いたげな顔だ。

 確かに今の報告も、本来ならまだ秘密にすべきことで、部外者に聞かれてはいけないことだ。


「すまない君たち……今の会話は外部に黙っててくれないか? 多分そう時間がかからず公表するだろうが、あまり早すぎると、どんな混乱が起こるか判らないからな」

「ああ、判った」

「それと重要な話しなので、一先ずここはご帰宅願えないか? 予定外の事があって、面会を中断することになるが……」

「……判った」


 こうして春明達は、話しを中断される形で、王城から出て行くことになった……



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