第四十一話 憲兵vs無限魔2
話すことは話して、ドーラと別れる一行。そして街に入ったときにハンゲツが問いかけた。
「ねえ……これでゲームのシナリオとやらは、上手くいってるのかしら?」
「ああ、色々とゲームと違うところもあるけど、あのフード女が出たって事は、確実だろうな」
ゲームではこれは結構単純な、勧善懲悪のイベントであった。
ある経路で、魔物を操る力を得た盗賊が、王都近くの村を襲撃し、金品を略奪だつする事件が起きたのだ。基本的にそれに対応するのが、主人公の次のイベントになるのだが……
「何だか少し政治的な問題になってるような……。まあゲームじゃ移民問題とか無かったが……」
「まあ、近くの村を襲わせるよりは、移民街の方が手っ取り早いしね。その方が、この事件にドーラを関わらせやすいし」
「そうだな……人死にが出ずに、十分騒ぎを起こせてるし。でもそうなると、ゲームでの盗賊の配役はどうなってるんだろうな?」
ゲームでは襲撃で、結構な死人が出ていた。以前のガルディス村の時と同じように、被害がソフトになっているようだ。
そうなると、このイベントでやられ役になる悪役がどうなってるのか気になるところだが。一応停滞していた、ゲームのシナリオが進み始めている。
「でもこのままゲームのまま進んでみるってのも、あんま面白くねえな……。ちょっと流れを変えてみるか?」
「えっ?」
その日の夜のこと。朝昼は特に無限魔の襲撃はなかった。ただ王都で盗みを働き、移民街に戻ってきた者の捕縛が忙しかった。
移民達の護衛についているはずなのに、その移民達を拘束するというのは、実に皮肉な話しである。だが日が沈み、夜が更け始めた頃に、事が起こった。
『出たぞ! 無限魔の群れが、ここに接近してきているぞ! 市民は直ちに都市部に避難! 憲兵隊はすぐに戦闘態勢をとれ!』
移民街各地で、拡声器でそういう声が発せられた。憲兵達は即座に動き、多くが武器を持って指定された場所に赴き、一部の者達が移民達の避難誘導を行う。割り当てられた役割を、実に迅速に行っていた。
移民街近辺の、無限魔出現地区にいた魔の卵達が、突如誰かが近づいたわけでもないのに、次々と無限魔化した。そしてそれらが一斉に移民街に迫ってきているのである。
その数は以前の比ではない。その数は数千にも及ぶだろう大群である。多種多様な異形の者達が、凶暴な唸り声を上げて、どんどんこちらに接近してきているのだ。
だがこちらも、以前と違い、予め配置されていた憲兵達が、その区画だけでも千人以上もいる。しかも移民街の端には、このために用意されていた、重機関銃の銃座が設置されていた。
最初にこちらに辿り着いたのは、飛行能力を持った無限魔達。小悪魔や鳥・昆虫などの、羽を持つ無限魔達が、無数の羽音を建てて、移民街にいち早く辿り着く。
「発砲開始!」
機関銃や小銃を持った憲兵が、敵がある程度近づいたところで、合図と共に、敵のいる空を見上げて一斉に発砲する。
春明が弓で巨大蜂を撃った時もそうだったが、空を飛ぶ者は防御力が弱い。何千と撃たれる弾丸の嵐に、無限魔達は瞬く間に撃ち落とされていく。大部分が一発か二発で即死であった。
活動地域と移民街の狭間にある畑に、大量の無限魔の死骸が、血や肉片と一緒に、ボトボトと雨のように落ちていく。
遠距離攻撃で反撃する者もいたが、全てが憲兵達に避けられるか、剣で弾き返されて終わった。
そうしてあっというまに、飛行無限魔達は一匹残らず全滅した。だがこれで終わりではない。まもなくして、陸上の無限魔達が、群れを成してこちらに迫ってきた
当然憲兵達は、そちらにも向けて一斉射撃を行う。長篠の戦いのごとく、撃たれた前面の無限魔達が次々と倒れていく。だがこれで終わりではない。
銃弾は強力なダメージを与えたが、それ一発では死なない。彼らは倒れて、後続の仲間に踏まれたりしたが、すぐに立ち上がり再突撃した。
「抜剣開始! 行けぇ!」
間合いにまで近寄られた所で、憲兵達が接近戦に切り替えて、武器を抜いて一斉に無限魔達と激突する。これまでの流れは、ほとんど最初の襲撃と同じであった。ただ規模は遥かに大きい。
憲兵達が無限魔と熾烈な格闘戦をしている中、とりわけて目覚ましい活躍をしている者がいた。ドーラである。
彼女はククリ刀を機敏に動かし、次々と無限魔達を一撃で斬り伏せる。
そのククリの刀身には、魔法による属性効果が付加されていた。赤い炎を纏い、敵の身を焼き切っていく。とりわけ植物系の敵に効果があるようで、そいつらは少し浅い傷をつけられただけで、その身体が激しく燃え上がり絶命する。
ドーラが走る所には、次々と無限魔の死体が、もの凄い速さで増えていく。やがてこの無限魔達は掃討されたが、その内の千匹近くが、ドーラが一人で倒したものであったという。
しばしして、大量の無限魔の死骸が転がる、畑の中、ドーラは携帯電話で上と連絡を取り合っていた。
ハンゲツが持っていたものより高性能なそれは、耳に当てずに会話する形式で、ディスプレイには連絡先の上司の顔が映し出されていた。
『何てことだ……では例のフードの女の言葉が当たってしまったというのか?』
「ええ、そのようです。まさかとは思いましたが、本当に起こるなんて……」
電話から送られた映像を上司に見せ、驚く彼と会話しながら、ドーラは移民街の方へと歩いて行く。
『その女は何者だ? 君に薬を飲ませた人物と、同一人物なのか?』
「顔を隠しているので微妙ですが……声からして間違いないかと。前回同様に声色を変えているようでしたが……。ほとんど私の勘ですが、体格や身振りからして、もしかしたら彼女は赤森の天者の佐藤しょ……ちょっと待ってください。今何か発見がありそうです」
言葉を途中で切り、彼女が神妙な面持ちで見つめる先には、一軒のテントがあった。
元々ここにいた移民達は、現在別の場所に避難中で、今ここは見張りの憲兵が二人いるだけだ。だがそのテントからは、不審な人の気配が二つ分、ドーラは感じ取っていた。
テントの中には、二人の男女がいた。二人とも褐色肌・灰色髪の、一般的なゲール人である。
女の手には、何やら妙な物が抱えられている。機械的なデザインの台座のような物に、青い宝石のようなものがついている。いかにも何かありそうな装置のように見える。
そして彼らが見る先には、空中に表示された立体画面があった。画面に映し出された場所は近くの畑。そこの無数の無限魔の死骸と、それを見張る憲兵達の姿がある。どうやら近くの風景を、生中継しているようだ。
「案外あっけなくやられちゃったわね。特にあの女、えらく強いわ……」
「そうだな。こんなんで大丈夫なのか?」
「別に負けたからって、失敗になるとは限らないわ。これで更に移民共の動揺を誘えたはずだ、このまま繰り返していけば、奴らを国から追い出すのも、そう難しくないかもね」
「あまりに聞き捨てならない会話ね。貴方たち……」
「「!?」」
会話の途中で、テントの中にいない誰かの声が聞こえたと思ったら、テントの布の扉が、一瞬で切り裂かれる。
布が落ちた外には、その男女に明確な敵意を向け、ククリ刀を持って戦闘態勢のドーラが立っていた。
「ちいっ!」
女が持っていた謎の装置の宝石が、強く光り出す。狭いテントの中なので、その光はとりわけまばゆい。するとそこに霊術召喚の時と同じような、次元の穴が発生し、そこから魔の卵が現れた。
(無限魔の召喚を!? くうっ!)
ドーラは即座にククリ刀で斬り付けようとするが、その前に魔の卵が変異した。
「なっ、何だ!?」
周辺を見回っていた憲兵二人が、突然の出来事に動揺する。突如一軒のテントが、内側から破裂したかのように粉々に砕ける。そして同時に、そこから巨大な無限魔が出現したのだ。
それは以前、春明達がガルディスへの街道で遭遇した、石の巨人の同種個体であった。そして同時に、そこから飛び出すように、テントの瓦礫から出てきたのは、先程テントに入ったドーラであった。
(無限魔の召喚が出来るの!? それにこのタイプはテツ大陸にはいないはずなのに)
石の巨人の巨大な腕が、ドーラ目掛けて振り下ろされる。だがドーラは、それを難なくかわし、石の巨人の足下まで踏み込んだ。
彼女のククリの刃は、風の魔力を纏って、緑色に発光している。
ドン! ザシュッ!
石の巨人が地面を叩く音と、ドーラが風の刀で巨人の足を切り落とす音が、同時に発せられる。
以前春明達が、どんなに攻撃しても、ほとんど傷をつけられなかった石の巨人。それがドーラの刀に、あっさりと足を切断される。
足を斬られたことと、攻撃を外した反動で、石の巨人はその場で右横に倒れ込む。そこをドーラが追撃を駆けた。
風の魔力を纏った刃が、エネルギーを膨張・具現化させる。するとククリの刃が、元の三倍以上にまで伸びた。
ザシュッ!
その大技のスキルで、あっさりと勝負はついた。石の巨人の柱のような胴体が、まるで大根のように、真っ二つに切断されてしまった。
(あいつらは!? やっぱり逃げてる!)
先程の二人はどうしたのかと周囲を見ると、いつの間に召喚したのか、一頭の狼型の無限魔の背中に乗り、移民街の外へと疾走しているのが見つかった。
「事件の犯人と主悪人物を発見! 今から特徴を伝えるから、ただちに取り押さえて!」
連絡を受けた各部隊が、一斉にその犯人を追った。畑の中を走る人を乗せた狼の姿は目立つので、皆すぐに見つけられた。
犯人達は、王宮からどんどん遠ざかって逃げていき、それを大勢の憲兵が追う。これがただの無限魔ならば、後ろから平気で発砲しただろうが、今は人が乗っているので無理だ。
霊術士のスピードアップで、追跡速度を速めても、狼との距離は中々縮まらない。
「おいおい! 後ろの奴ら、どんどん増えてきてるぞ!」
「大丈夫! もうすぐ森よ!」
やがて犯人達は、無限魔の活動地域である、王都近郊の森の中へと飛び込んだ。普通なら危険地帯で、誰も入り込まない場所であるが、彼らには関係ない。
ドーラ含む、百人を越える憲兵達も、彼らを追って、その森へと飛び込んでいった。




