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第四十話 移民犯罪

 翌日の朝のこと。


「おりゃあああっ!」

「ぶぼっ!?」


 今日も多くの人々が行き交う街道の中、一人の人間が、顔から鼻血を吹き出して倒れた。

 何が起こったのかというと、街道の脇の歩道を歩いていたルガルガが、突然走り出し、その道を走っていた者を、思いっきり殴ったのだ。


 レベルを上げ、岩をも素手で粉々に出来る程の力を持った拳が、男の顔面にめり込み、吹き飛ばす。男はその場で昏倒し、仰向けになっって倒れ伏す。一応手加減はしたが、これはもう死んだのでは?と疑いたくなる。

 普通ならば、これは突然の暴力事件だが……


「ああっ! ありがとうございます!」


 その場に駆け寄ってきた男性に、何故か感謝された。最初は驚いていた通行人達も、何故か非難の視線を、ルガルガではなく、殴られた男に向けている。


 殴られた男は、金髪の白人で、どうも純粋なゲール人とは異なるようだ。駆け寄ってきた男性は、男が持っていたバッグを取り上げる。

 実はこの街道を全速力で走っていた男性は、ひったくりである。

 ルガルガが、獣人の優れた聴覚で「ひったくりだ! 捕まえてくれ!」という声を聞いた瞬間、そのひったくりらしき者に拳を構えて走り寄ったのである。


「ええ、そうです。そのひったくり犯なら、ここでのびてるわ。……え? ああ、そう……じゃあとりあえず、逃げないように足を砕いておきますね。……えっ! ちょっと何で駄目なのよ!」


 憲兵所に携帯で連絡していたハンゲツが、何故か軽い口論をしている。そして携帯をしまうと、ルガルガと春明に報告する。


「ここに来るのに20分ぐらいかかるってさ……」

「20分? 長いなおい……」

「只でさえ人が少ない上に、あちこちで似たよう事件があって、色々大変みたいね」


 大勢の憲兵達が、移民達の護衛に周り、王都内の治安の守りは、今かなり手薄になっている。それを狙って、王都内では犯罪が急激に増えている。

 しかも悲しいことに、その犯人の7割方が、守られる立場である筈の移民達であった。春明達は、目の前で倒れている者達を見下ろし、こいつをどうしようかと思案する。


「どうすんだよ……まさかその間、俺たちがこいつを見張ってるのか? まあそうすぐには目覚め……」

「大変だ! 強盗だぞ!」

「またかよ!?」


 言ってる最中に、遠くの街道から、そんな声が上がってきた。


「じゃあ、俺がまたいってくるわ!」


 ルガルガが声の聞こえた方に向かって走りだす。敵はすぐに見つかった。多くの人を無理矢理退けながら走る、拳銃と袋を持った男がいれば丸わかりだ。


「待てやこら!」

「くっ!」


 ルガルガがその男の前に立ち塞がると、その男は即座に拳銃を発砲した。フルオートの銃弾が、ルガルガの身体に放たれる。

 その内の数発が彼女のプロテクター部分に、一発が彼女の顔の眉間に命中した。この一発は普通なら致命傷であるが……


「どりゃあっ!」


 弾が頭に当たったにもかかわらず、ルガルガは何事もなく突進し、さっきと同様にその強盗を殴り飛ばす。男はそれで呆気なく倒れ伏した。






「お~い、こいつもどうするよ? 逃げないよう足の1本でも折っとくか?」

「それは駄目って、さっき憲兵に言われたわ? どうしようかしら、その辺の奴らに見張りを頼んでみる?」


 ハンゲツの言葉に、周りの野次馬が慌てて数歩下がる。皆嫌のようだ。それより春明には、もっと気になることがあった。


「ていうかお前、さっき撃たれたけど、大丈夫なのか?」

「うん? ああ全然平気だぜ。ちょっと頭がチクッて痛かったけど……」


 確かに弾が当たったルガルガの額には、傷一つついていない。拳銃程度の威力じゃ、ほとんどダメージにすらならないようだ。

 そして今気づいたのだが、あの弾丸の弾道と、当たった箇所を正確に見抜いた、自身の視覚能力も尋常じゃないことに気づく。


(レベルを上げるってのはこういうことか……このままレベルを百まで上げればどうなるのかな?)


 未来の自分の強さに大きな希望を見た春明だったが、それと同時にほんの少しだけ、その力に対する恐怖を覚えていた。






「ご協力ありがとうございます。……でも、何も私の所まで連れてこなくても……」

「元々あんたには用があったからね。そのついでよ」


 多くの憲兵達が見回っている移民街の中、呼び出しを駆けられたドーラが、春明達の元へと来てくれていた。

 ちなみにルガルガの両手に、手一つずつ気絶した男が掴まれている。春明の手にも、女が一人、足が曲がって泣き顔で掴まれていた。彼らは捕まえた犯人を、わざわざここまで引き摺ってきたのである。

 ちなみに一人増えてるのは、あの後また似たよう事件があったから。


 早速周りにいる憲兵達が、その捕縛した犯人達に手錠をかけて、連行していった。その様子をドーラが、何やら微妙な表情で見送っていった。


「あの人達、三人とも移民街の人達みたいね……」

「そうみたいね。また移民街の風辺りが強くなるわね」

「これがもし作戦だったりしたら、犯人はかなり頭が回るよな」

「ええ、確かに……て、もしかして知ってるんですか!?」


 春明の言葉に、ドーラが驚いて声を荒げた。


「知ってるって何をだよ? 適当に言っただけだけど?」

「えっ? ああ、ごめんなさい! それで私に用件とは?」

「前に渡したあの麒麟像の話しだよ。あれからどうなったのかなって……忙しいところ来ちゃって迷惑だったかな?」


 常識で考えれば、こんな状況で、私用で勤務中の憲兵を訪ねるなど、あまりに礼のない行動である。

 だが春明には、ゲームシナリオのために、どうしても彼女と会う必要があった。


「それは……まだ調査中です」


 ドーラが口調を整えて、事務的に言う。あの麒麟像に関しては、まだほとんど判っていないのは本当だ。

 ただとてつもないエネルギーを発生させる力があることぐらいだ。何か判ったとしても、それを人に話すことは出来ない。しかも目の前の相手は、レックから警戒するよう促された人物だ。


「そうかこんな時に来て悪かったな。……ところでさっき、知ってるのか?とか変なこと言ってたけど?」

「えっ? ええ、ちょっと変な話を聞いてたから、つい……」


 別に隠すような話しでもないと、ドーラはあっさりと、事情を話すことにした。


「私がフードの小柄な女に、変な薬を貰ったことは、前に春明さん達にも話しましたよね?」

「ああ、そいつにまた会ったのか?」

「ええ、そうなんです。昨日の夜に、ふらりとここにやってきて、私が色々話してきたんです。何でもこの事件は、無限魔を操る人間の仕業だって……」


 もしそれが本当だとしたら、これは立派な刑事事件である。それに無限魔を操る手段など、今までにない事であるため、そっち方面でも重大な事項だ。


「それってマジなのか?」

「それは何とも……。何しろ言ってきたのは、素性も顔も判らない人物ですから。まあその人が言うには、今日の夜にまた襲撃があると……」

「それ、上には言ったのか?」

「言いましたが、あまり本気にしてないみたいでした。まあ私も半信半疑ですけどね」

「そうか……ところで話しは変わるんだが」


 春明がそう言って取りだしたのは、さっきルガルガを撃ったあの拳銃であった。その拳銃を差し出して、春明はルガルガが掴んでいる男に目を向ける。


「この拳銃、こいつが持ってたんだけど。これでルガルガが撃たれた。別に怪我はなかったが……」

「そうでしたか。ではそれも押収しましょう」


 ドーラは特に驚くこともなく、春明からその拳銃を受け取った。他に言うことなどなく、一般人が銃を持っていた事実に関しては、別に何とも思っていないようだった。


(おいおい、やばいだろこの世界! 俺は何か不思議な力があって死なないからいいけど。そうでなかったら、絶対に住みたくないな、この世界……)


 ゲーム世界とは、こんな風に色々と怖い世界であることを、改めて思い知らされる体験であった……

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