第四話 初ロード
植物怪獣の腹の中で、意識を闇に落とした少年。もし目を覚ますときがあるとしたら、冥土の世界であろうと思われた。
(うん……ここは……? 今度は何処に飛ばされたんだ?)
彼は再び意識を取り戻した。彼の身体は、何もない闇の中で立っていた。夜で周りが暗いというわけではない。本当に何もかも黒くて何も見えない、奇怪な空間なのだ。
身体の感覚も鈍く、まるで自分の身体が自分でないようにも感じる。さっきまでと違って、本当に夢の中の世界のような感覚であった。
何となく周りを見渡しても、何もない闇が、ただ大海原のように永遠に広がっていた。
そして彼の意識そのものも、どこか朦朧としていて、さっきまでの苦痛や死の恐怖で泣いていたときと違って、不思議な幸福感に包まれている。
この症状は、世界中で報告されている臨死体験者の証言と似通っていた。
(俺は……死んだのか?)
《GAME OVER ロードデータからやり直しますか? はい/いいえ》
(あれ?)
何もない闇かと思われたら、何故か彼の視界(この状態でその呼び方が適切かは不明だが……)にまたあのウィンドウ画面が現れた。
《ロードデータからやり直す》、それはゲームなどでこちらが全滅した後に、よく表示される表現である。
《じゃあ……はい、で……》
寝ぼけたようなはっきりしない意識の中、彼はその選択肢の《はい》の項目を押してみる。この世界でも感覚は鈍いが、ゆっくりとだが身体(霊体?)を動かすことはできた。
ピッ!
するとそれに答えたように、あの選択音が聞こえてきた。すると突如、何もない闇の中に太陽のような光が射し込む。
その先には白いトンネルのような丸い穴が現れ、彼の身体がそれに吸い寄せられるように飛んでいった。それと共に、彼の意識もまた、再び閉じていった。
「……うおっ!?」
そして彼は再び目覚める。パソコンの前から発ってから、三度目の不思議な目覚めである。
彼が今いるのは、自宅のパソコンの前でもなければ、あの冥土の世界のような闇の中でもない。一度目の目覚めの時にいた、あの森の中である。
(あれ~~~俺生きてんの?)
木々の葉の間から射し込む太陽の光の方角は、先程とあまり変わっていない。
森の中は、別の場所との違いを判別するのは難しいが、周りに生えている木々や、地面の地形などを見る限り、さっきと同じ場所に立っているように見える。
同じ場所・同じ時間帯と思われる所に、彼はさっきと全く同じように立っているのだ。
先程彼の身体は、あの植物怪獣に、殴られ・締められ・喰われ・溶かされ、跡形もなく消えたはずだった。
だが彼の身体も、纏っている衣服にも、何一つ損傷が見られない。涙を流すほど彼を苦しめていた痛みも、今は微塵も感じられない。狐につままれたような、妙な怪奇体験である。
(どうなってんだよ? やっぱり今までのは全部夢だった? ……いやそれだったら自分家で目覚めるよな?)
正直さっぱり状況が掴めない。一時混乱しかけたが、すぐに平静さを取り戻す。そしてさっきまでの不思議な体験を思い返してみる。
(まず最初に敵から逃げようとしても、変な強制力で逃げられなくて、やられちまった……。あの変な強制力は、やっぱりゲームの仕様だったのか?)
もしこれがゲームの世界だとしたら、それはある意味納得できる話しではある。
どのゲームでも、ストーリー上必ずこなさなければならない戦闘というものはあるものだ。そのイベント戦闘では、まず逃げることは許されない。
もし主人公が、イベント上立ち向かわなければ行けない敵に逃げ出したら、それはもう話しが成立しなくなる。
(ゲームの仕様に現実に当てはめたら、あの見えない壁が出たってのか? 何か強引だな……)
そして敵に殺された後、あの不思議な世界で見た《GAME OVER》と《ロードしますか?》のウィンドウ画面。
(ゲームで全滅したら、大抵はゲームオーバーだよな。俺はそうなったら、また前にセーブしたデータから、ロードしてゲームをやり直したわけだが……それはつまりこれがそういうことか?)
殺された後、何らかの力で生き返ったのか? それとも良くあるタイムループ作品のように、時間が巻き戻ったのかは判らない。
だが判るのは、今彼の現状が、殺される前の状態と、そっくりそのまま元に戻っているということだ。
「ええと……出す場合はどうすれば……ウィンドウ出てこい! 出たっ!?」
試しに喋ってみたら、本当にあのウィンドウ画面が三つ出てきた。形はそれぞれくっついて、全体の面積をなるべく最小限に収めるような、四角い形になっている。
《アイテム スキル 装備 セーブ ロード》
画面にはこれらの文字が縦一列に並んでいる。その隣の二つ目の大きなウィンドウ画面には、さっきも見た春明という名前(彼自身?)の顔写真と状態データがある。
その画面には彼と同じデータを表示可能な、数人分の空きがある。
そして最初にあった縦一列のウィンドウの下には、三つ目の一番小さなウィンドウ画面がある。その画面にはこれまた変わった数値が書かれていた。
《86142247 ゼーニ》
《ゼーニ》とはゲームにおけるお金の単位である。これがゲームの仕様と同じだとしたら、この膨大な数字は、現在の彼の所持金全額の数字と言うことになる。
この件も含めて、今まで彼が見てきたものは、若干の差異はあるものの、全て彼が直前にプレイしていたゲームに準じているように見える。だとしたら今のこの現状にも、ある程度理解できなくもない。
(ロードしたデータからやり直したから、あの時セーブした所に戻ったっていうことか? だとしたら……)
そこで彼はある事実に思い当たり、その直後に森の向こうからある気配を感じ取り、彼は恐怖で全身を震わした。
「またあれが出るって事かよ!? 冗談じゃねえぞ!」
彼は二度目のリベンジ……などは当然考えず、まもなく現れるだろうそれに怯え、再び一目散に逃げ出した。
彼はあの時確かに見た、あのウィンドウ画面の忠告を思い出していた。
(“イベント戦闘”からは逃げれないってこたあ、要するに戦闘が始まらなきゃ逃げれるってことだろう? ……よし! あの変な壁は出てこねえ!)
しばらく走ってみたところ、以前激突したあの見えない壁が出てくる様子はない。彼を阻む障害は、無数に生える森の樹木と、たまに転がっている倒木と、時々視界を遮る高草のみ。
その程度の障害、避けるなり飛び越えるなり踏みつぶすなりすれば、どうとでもなる。彼は鹿のような軽快な動きで、森の中を直進していった。
(何か身体の調子がいいな? これも異世界に来たボーナスか?)
この異常事態になってから、初めて彼は全力で身体を動かしているのだが、自分の身体が実に軽く、そして力強く動けていることに気づく。
元の世界でもそれなりに体力に自身がある方だったが、ここまで高い運動能力は持っていなかった。
(そういやさっき画面にLv20とか書いてたような……)
ゲームと同じ理屈で考えるなら、序盤でこのレベルはかなり高い。パソコンの前でプレイしていた鶏勇者の主人公の初期レベルは1だったように思える。
この世界の一般人のレベルがどの程度か知らないが、自分はかなり高身体能力の持ち主なのではないだろうか? 何しろ、さっきからずっと全力失踪しているのに、身体に疲労感を全く感じないのである。
そんなゲームシステム的なことを真面目に考えているが、本来もっと先に考えるべき事=逃げた後どうするのか?という問題を、彼は何も考えていなかった。
ただ彼は、あの気持ち悪い生き物から、とにかく離れたいという気持ちだけで動いていた。
(しかし結構走ったな。これだけ引き離せば大丈夫か? あの怪獣結構のろそうだったし……)
そう考え始めたときだった。彼の走る先、樹木の生育密度が低めで、草が結構生えている場所。そこの草を踏み分けて越えたときに、そこに実に会いたくないものが丁寧にこちらを待っていた。
(てええっ!? 何で!?)
それは異臭を放ち、奇怪な触手を何本も降りながら、こちらに真っ直ぐに飛び込んでくる獲物を歓迎していた。
それはロード前に彼をいたぶり食い殺した、あの植物怪獣と全く同じ姿をしていた。別個体か同一かは謎である。
彼は勢いをつけた走行を止めきれなかった。彼は走るのはとても速かったが、速く走った分、車と同じくすぐには止まれない。
まるで恋人に抱きつかんとするように、その植物怪獣の胸元に彼は飛び込んでいった。
その後、彼はどうなったかは……多くは語る必要はないだろう。
そして再び彼は、あの闇の世界にいた。
(またここか……)
ついさっき来たばかりの不思議空間に、再び訪れた少年。今回は最初と違って、ある程度意識がはっきりとしている。
だが既に一度見た光景なので、それに驚いたり困惑したりといった感じはない。
《GAME OVER ロードデータからやり直しますか? はい/いいえ》
(へいへい……)
また同じ事の繰り返し。もしここで《いいえ》を押したら、もしかしたら元の世界に戻れるのだろうか? それともさっきみたいに復活できずに、本当に死んでしまうのだろうか?
何も判らないまま、未知の選択を踏もうという大博打をする度胸は彼にはない。一瞬悩んだものの、すぐに彼は《はい》を押す。
そして再び彼の目の前に、あの光のトンネルが現れようとしていた。