第三十九話 憲兵隊vs無限魔
そんな会話が、王城で成されている一方で。王都を取り囲む移民街にて、今日はいつも以上に騒がしい日であった。
「ぎゃぁああああっ!」
「何で無限魔が!? 助けてくれ!」
「どけババア! 邪魔だ!」
「どうなってるのよ、これ!?」
王都の外側に広がる、無数のテントやプレハブの中を、今までそこで過ごして来た人々が、荒波のように一斉に駆けだしている。
彼らは王都の中へ逃げようと、皆必死だ。中にはこの状態を狙って、火事場泥棒を行っている者までいる。
そんな彼らが逃げる後ろには、何と無限魔がいた。
牛ほどの大きさがある、大型タランチュラ。
人のような形をして、2本の足で歩いている樹木の巨人。
以前春明が最初に戦った、植物怪獣。
それらの怪物達が、ある日突然遠くの森の方から、この移民街に現れたのだ。当然移民街はパニックになり、阿鼻叫喚の大騒ぎである。
数十匹の無限魔達が、移民街のテントやプレハブを、次々と破壊していく。タランチュラが前足を鎌のように振り、テントを骨組みごとたたき潰す。樹木の巨人が、プレハブを腕型の枝でたたき壊す。
彼らは何故か、人を追わず、仮設住居や設備を破壊して回っているようだ。彼らの住まいや、臨時の職場だった場所が、瞬く間に無惨なガラクタへと変わっていく。
何万人もの人々が暮らす、この移民街の割合からすれば、その破壊された箇所は、ごく一部である。だが話しは次々と伝わり広がっていき、移民街全体に、いやそれどころか王都内部にも大いなる混乱をもたらしている。
しばしして、無限魔が出現した地区に、人は一人としていなくなった。無人の移民街を、ただひたすら壊していく無限魔達に、果敢に立ち向かう者達がいた。
王都の側から、次々と規則正しい足音が、一斉にそちらに近づいてくる。滅茶苦茶になった移民街の中、無限魔を対峙したのは、数十人という憲兵達である。
彼らは7割方が自動小銃を装備し、腰にロングソードを差している。残りの者は魔道杖を抱えている。
「撃てぇ!」
自動小銃を持った憲兵達が隊列を組み、無限魔達に一斉に発砲した。
ダンダン! ダダン! ダン!
点射される三十人分の銃弾が、一斉に無限魔達へ向かって飛ぶ。何体もの無限魔が、それらの金属の塊が、身体に食いこみ、体液を撒き散らす。
それによって倒れた無限魔がいたが。倒れなかった者が多かった。上手く攻撃に反応した無限魔達が、機敏に動き、ジグザグに走って弾丸を避けながら、憲兵達に向かって突進する。
勿論全てが避け切れたわけでもなく、途中で蜂の巣にされて倒れる者もいた。上手く避けられた者、少し当たったが倒れるには至らなかった者が、どんどん近寄ってくる。中には倒れた仲間を盾にするものもいた。倒れた者達も、致命には至っていないようだ。
以前春明があった、トカゲの無限魔は、最も下級レベルであったため、拳銃一発で倒れた。だがこれらの無限魔は、あれよりずっとレベルが高い。自動小銃の弾なら、十発ぐらい当てないと倒れない。
「抜刀!」
まもなく間合いに近寄られた所で、憲兵達が一斉に小銃を投げ捨てて、腰の剣を抜き放った。これから近接戦に挑むつもりである。ちなみに彼らは、既に同行していた霊術士達の力で、ステータスを増強済みだ。
その場で行われる、憲兵達と無限魔のぶつかり合い。
ある気功士の憲兵が、気功撃でタランチュラの足を切り落とす。そして別の憲兵が、タランチュラの頭を気功撃の突きで串刺しにする。
ある憲兵が樹木巨人の大きな腕で殴られて吹き飛んだ。
鎧を身に纏っている上に、ガードアップをしているので、それほど重傷にはならないだろう。
ある憲兵が、魔法剣の炎の一閃で、植物怪獣の身体を焼き切った。この手の無限魔は炎に弱いのはお約束で、植物怪獣は内部から燃えだして絶命する。
先の銃撃で傷を負った無限魔に、ステータスアップした憲兵達は、実に優位に戦っていた。それほど時間がかからず、やがて彼らは移民街に出現した無限魔達の掃討を完了させることになる。
『今朝起きた無限魔の移民街襲撃は、憲兵隊及び政府に対しても、大きな動揺を与えています。これまで活動範囲から決して出なかった無限魔が、突如これまでにない行動をとったことに関して……』
王都を伸びる大きな街道にある、とあるビルの壁に設置された、大型の街頭テレビに今朝起きたばかりの事件が、報道されていた。
道行く人には、このニュースを今始めて知った者もおり、これに驚いて街頭テレビに釘付けになっている。皆が動揺して、ニュースの内容を注視している中、何故か勝ち誇ったような顔をする者達がいた。
「はははっ……上手い具合に騒ぎが起きてるわね」
「ああ、移民共の泣き叫ぶ姿が最高だったしな。それも早く映してくんねえかな?」
身なりはどこにでもいる一般人の男女。だが彼らのコソコソ話す内容は、どうにもただ事ではなかった。
「でも少し足りないわね……。やっぱり直接人を襲わせた方が、インパクトは上がったんじゃないの?」
「いや、殺しをはやばいだろう! あいつからも、なるべく人を傷つけるなって言われてたし……」
「ちょっと! ここでそんなこと大声を言わないでよ! 早く行くわよ!」
周りに自分たちの会話を聞いている者がいないか、注意深く確認した後、彼らはそそくさとその場を後にした。
その夜のこと……。今朝とは違って、今度は王都内の各地で、悪い意味での賑わいが広がっていた。
『現在路上を不法に占拠している方々! 直ちに移民地区に戻りなさい! 破壊された箇所には、政府より直ちに新しい住まいを提供しておりますので!』
憲兵が拡声器で呼びかけているのは、近辺の路上や公園に、無断でテントを張って泊まり込もうとしている者達。即座に憲兵隊から支給されたテントを、彼らは王都の中の、違反地区に張っているのだ。
これに憲兵隊が駆けつけて、彼らを説得している。今朝起きた事件は、襲撃されたのはごく一部の地区だけだったが、それでも移民街各地で大きな動揺を与えた。
無限魔が駆除された後、王都に避難した移民達は、別の地区の移民街に戻っていったが、中にはこうして王都の中に居座ろうとしている者達もいた。
「ふざけんな! 外にでて、化け物共の餌になれってか!」
「俺たちに死ねってのか!? 外人だからって差別すんのかよ!?」
『憲兵隊が護衛についています! どうか安心して、戻ってください!』
移民達と憲兵の口論が始まる。今にも衝突が起きそうな気配である。この様子に付近住民達も恐れて、一部の物好きな野次馬や記者を除けば、皆この場に近づかないようにしていた。
結局この後、憲兵隊の魔道士が放った拘束魔法で、彼らは全員取り押さえられ、移民地区に強制連行されていった。
今朝方事件が起きた移民地区。仮住居が滅茶苦茶になって散らばっているその地区で、大勢の憲兵と鑑識官が、この現場を調べている。
転がっているのは設備の残骸の他に、駆除された無限魔の死体が転がっている。まるでドラマの殺人事件の現場のように、その死骸を囲って憲兵達が右往左往していた。その中の一人に、ドーラもいた。
「現時点、特に発見は無しか……何か無限魔を引き寄せるものがあったりしなかったのかな?」
「そんなものがあったら大発見ですよ。奴らの行動原理は、今でも謎だらけなんですから……」
無限魔達の斬られたり焼かれたりした、無惨な死体を見渡しながら、ドーラがそう嘆息する。
「ここは私達に任せて、ドーラ少佐は他の移民地区の護衛を頼む。何かあったとき、お前の力が必要なのは、そこだろう」
「ええ、判りました。では……」
上司からそう言われ、ドーラは持ち場を離れて、指示された場所に向かう。襲撃があれ一度だけとは限らない。各移民地区で、大勢の憲兵達が、彼らの護衛に当たっていた。
(麒麟像の件で凄いことになってる中で、まさかこんな事件が起こるなんて……。もしかして何か関係ある?)
今まで活動地区から決して離れなかった無限魔達の、突然の奇行。これは近々、世界中で大きく報じられることは間違いない。
無限魔が最も弱いと言うことで、ここが一番安心と思い込んで、多くの移民達が流れ込んできた。そんな場所で、無限魔が集落を襲う事件が、世界で一番最初に起きたのである。
実はこの件で、この国の移民が止まってくれるのではという期待の声が、既に一部で流れてきている。危機的状況が起こったはずなのに、何ともおかしな話しである。
この国に流れてきた移民は、この国に少なくない負担を与えていた。彼らには住居こそ簡素であれ、可能な限り仕事や生活保護を与えていたのだ。
それだけでも結構な負担だが、中には治安の悪化に繋がる事件も起こっている。一部の移民達が、街に入って、窃盗や暴力沙汰を起こす事件が、頻繁に起こっているのだ。
そのため当然のことながら、移民達を疎んじる者も大勢いる。
「ちょっとそこの人! ドーラさん!」
(えっ!?)
移民街へ入った直後、ドーラは唐突に名を呼ばれて立ち止まる。そして即座に声のある方向に振り向いた。
そこには移民達が行き交う中で、こちらに顔を向けている、見覚えのある仮面とフードの人物がいた。




