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第三十八話 レック・ゲール

 ドーラに会ってから数日の間、春明達はただ時間を潰すだけの生活を送っていた。王都の中の飲食店を食べ歩いたり、気まぐれに外に出て無限魔狩りをしたり、競馬などの催し物に出てみたりと。

 ほとんど普通の観光客のような時間が過ぎていった。


 春明達が遊び歩いている一方で、ドーラの方は慌ただしい生活を送っていた。

 王都の中央部、高級住宅街と憲兵隊の設備に囲まれたその場所に、この国の政治の要である王城がある。レオノーラ城という、赤い石造りの立派な白だ。

 中央中庭には、綺麗に整えられた木々と、美しい池がある。城と城壁の間には、憲兵隊とは異なる形式の装備を持った、鎧で身を固めた兵士達=近衛隊が見回っている。ある場所には、いつ敵に襲われてもいいよう、砲台などもある。

 その王城の一室に、何故か憲兵であるドーラが訪れていた。


「……というわけで、件の謎の像に関しては、未だにどのような意図で使われるものなのか不明で、現在も継続して解析中です。ただあれほどの高エネルギー発生装置を生み出せる者は、私達が認識している限りでは、天者及び緑人達以外に考えられないので、是非政府より赤森王国への情報交換を提案します」

「判った。こちらの用意が整い次第、できるだけ早く、赤森王国へ問いただしてみる。それでガルディス村の地下道に関しては?」

「調査した憲兵隊からの報告では、あれは古くても一ヶ月以内に生成されたものであろうと言うことです。恐らく錬成型の術式で、短期間で作られたのかと」

「ふむ……あれほどの地下道を、術で短期間で生み出せる者など……相当数が限られるな。やはり緑人の仕業か? 少なくとも、付近住民の仕業ではないだろうな……」


 王城の一室。赤いソファーで床が覆われ、壁や天井には様々な装飾が施された、高貴さがいかにもな感じで表現された部屋の中。

 ドーラが目の前の、立派なテーブルと椅子に座っている人物に、憲兵所からの報告を読み上げていた。


 その人物は、年齢は二十代後半ほどの男性で、髪や肌の色は典型的なゲール人である。身なりも映画に出てくる西洋の大将軍のように立派だ。

 顔立ちも端正なもので、それを含めての気品溢れるオーラは、いかにも人々の人気を集めそうだ。


「あのレック王子……報告とは関係ないことを聞いてよろしいでしょうか?」

「何だいドーラ?」


 報告を受けていた人物=レック・ゲール第一王子は、困惑しているドーラとは対照的に、朗らかな笑顔で聞き返す。


「何故こんな報告を聞くために、わざわざ王子自ら立ち会うのでしょうか? しかもお一人で……。今はリーム大使の件で、かなりお忙しいと聞かれましたが?」


 あまり失礼のないような言い方で、ドーラは率直な疑問を投げかける。

 一部地域で起きた、列車破壊工作の件で、近々来日するリーム教国の使者と、直に彼は会談する予定である。

 あの件を、リーム教国の新しい破壊工作だと、国内で批判の声が上がっている。以前から、リーム教国は、このゲールを初めとした各国で、嫌がらせとしか言いようのない行いを数々行っているのだ。


 特に酷いのは、この国の医療団体が何百年も前から使っている紋章を変更しろというものだ。

 赤い手裏剣のようなその紋章は、ワタナベ・コンの故郷世界の、悪徳政党のマークに似ているという理由でである。それを断ると、ゲールをその極悪政党の同類の危険国家だと名指しし、ことあるごとに罵声を浴びせている。

 それはリーム教国が、各国から国交・通商を立たれ、ゲールが最後の交易国となった今でも続いている。国民達の間でも、何故さっさとリームと手を切らないのかと、強い不満の声が上がっているのだ。その上今回の列車破壊である。これではいつ反リームの暴動が起きてもおかしくない。

 

 つまり今回予定される会談は、今後リームとの交易を続けるか否かを問う、かなり重大な会談になる。本当なら、こんなことで彼が時間をかけている余裕はないのだが。


 最もドーラには、列車の件に関しては、リームは無罪だと思っているが。


「事が事だから仕方がないだろう? リームの件は、上手くいかなかったからといって、今すぐどうなるわけでもない。例え最悪の事態になったとしても、この国にそれほど大きな損害はないしな。だけれどあの麒麟像に関しては、下手をすればすぐにでも国に災厄を与えかねない。何より優先して事を当たらねば……」

「成る程確かに……しかし何故、私に報告の指名を?」


 王子の尤もな回答に頷いたものの、ドーラはすぐにもう一つの疑問を投げかける。


「それは勿論、例の像を最初に報告してきたのは君だからさ。第一報告者からの意見が、元も参考にされると私は判断した」

「……そういうものでしょうか?」


 最初の問いの答えには納得したが、二番目の答えには大いなる疑問を、ドーラは浮かべていた。


「ところでその像を君に渡した、例の異世界人に関しては、何か判ったかい?」

「春明君達ですか? ええ、一応は。最初は気にしてなかったのですが、色々おかしな点がありまして、後を追って報告する予定でした」


 ドーラは、つい先日会った彼らに、変な詮索をしたことに罪悪感を感じながらも、現在判っていることを報告する。


「彼らに関して、別の憲兵所からも報告を纏めました。同行者の二人に関しては、ほぼ素性は判っています。ハンゲツ・マックギニスは元憲兵で、数ヶ月前に職務違反で解雇された後、国内各地を点々としていました。ちなみに彼女は、私の元同僚でした。ルガルガ・サウスはガルディス村出身で、現地の在学生でしたが、無限魔の影響の過疎化で、通学していた学校は現在休学中。それ以降は、怠惰な生活を送っていて、家族を困らせていたそうです。どちらも旅に出て、春明と同行しても、別に不思議はない身分ですが……疑問が残るのは春明君の方です」

「春明“君”?」

「それは気にしないでください。春明君に関しては、素性が全く不明です。まあ異世界人を名乗ってるなら当たり前ですが……それにしては最初に姿を現した村の宿で、平然とこの世界の通貨を支払った点が疑問が残ります」

「それは確かに……。途中で誰かから借りたのか?」

「おかしな点はもう一つあります。例のガルディス村で発見された、謎の女性の腕。現地近くの憲兵隊の調査だと、指紋がハンゲツ・マックギニスのものと一致しました」


 あの謎の腕に関しては、既に身元が判明していた。だがその結果は、憲兵隊を困惑させるものであった。


「ハンゲツさんなら少し前に会いましたけど、腕は普通にありました。ということは復元治療をしたということになりますが……」

「復元するより、切れた腕を持ち帰って接合した方が、治療費が安いはずだろ? 何故腕を捨てていく?」

「ええ……あの人は、少々お金の扱いに拘る人だったので、これは色々と謎ですね……。そもそもあの村で、ハンゲツさんの身に何があったのか……」


 失われた四肢を回復させる復元治療には、かなり優れた魔道士による、大掛かりな治療が必要になる。勿論それにかかる出費は甚大だ。勿論それが行える術者自身も、その辺にすぐ見つかるものでもない。


「春明さんが何かしたのかもしれません。異世界人だから、何かすごい力を持ってたりとか?」

「……とにかく彼らのことも、きちんと調べて警戒しておきたまえ。彼の身なりからして、もしかしたら赤森王国が何か目論んでる可能性もある」

「……判りました」


 彼は赤森の民族衣装の着物を着ており、しかも現在赤森の人口の半分を占めるレグン族である。

 勿論赤森に近い文化の国や、レグンという獣人族は、別の世界にもいる。だがこの二つの特徴が、両方揃っていて、それで赤森人じゃないというのは、かなりおかしな話しに思えてくる。赤森との関連を疑うのは、当然のことであった。


「さて、これで一応話しは終わりだが……ところでドーラ、君はこの後時間あるかい?」

「いえ、ありません」


 仕事の話しから、がらりと変わったレックの問いに、ドーラは即答する。別にレックを嫌ってるとか遠慮してるとかではなく、素直に真実を口にしただけだ。

 最近は無限魔や移民関係のトラブルで、憲兵隊はかなり増員したにも関わらず、いつも忙しい。


「……そうか。そろそろ昼食の時間だから、ここで食事を振る舞おうと思ったんだが。そのくらいの時間ならとれるだろう? 城の一流の料理を振る舞って上げようかと……」

「いえ……それはいいです。前のパーティーに出たとき……私の口に合わなかったのか、あまり料理によい感想がありませんでしたので……」

「えっ!? そっ、そうか……それは余計な誘いだったね」


 何気なショッキングな言葉に、動揺するレック。実は今の王宮の料理人は、実力ではなく、身分の高い家系の者から輩出されている。そのため、あまり料理の腕がよくない者が多い。その料理を、王族は昔から何の疑いもなく食べているのだが……


「では失礼しました」

「うむ気をつけていきたまえ。最近はおかしな事が、立て続けに起こっている。君のような優秀な隊員が傷つくことは、この国にとっても大きな痛手だ。何かあったら、すぐにでも相談してくれ。望むなら、君の功績に見合った邸宅も紹介するよ」

「大丈夫ですよ。私より立派な隊員は、他にもいっぱいいますけど、皆何も恐れず頑張ってますから」

「…………」


 レックの言葉に特に深く考えず、ドーラは一礼して退室していく。彼女を見送ったレックは、しばしして大きく息を吐いた。


(彼女はいつまであんな生活を続けるつもりだ? あんなみすぼらしい団地で、下々の料理で身を満たして……。彼女にはあんな所より、もっと相応しい居場所があるだろうに……)



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