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第三十三話 料理屋と武器屋

 赤森料理店とは、その名の通り海の向こうの大陸にある、赤森王国の伝統料理を出している飲食店である。

 ゲール王国では多くの国の人々が行き交うため、こういう都心部ではそういった、外国料理専門店もかなり多い。


 さてその赤森料理店の一つに、一行は早速やってきた。

 その料理店は、ゲール王国では珍しいタイプの建物で、木製の骨組みに漆喰という土塗りの壁でできている。屋根には瓦という、鱗のような健在で覆われた、寄せ棟屋根であった。入り口の扉は、スライド式の木造で、気の骨組みに、障子という紙が貼られていた。

 そんな風変わりではあるが、王都にはちらほら見かける様式の建物を見て、春明は思った。


(思いっきり和風建築だな。でも純じゃなくて、俺の元いた世界の現代建築も混ざっているような……)


 この世界と元いた世界の、文明の類似点を少し考えながら、彼らは早速その店に昼食を取りに入っていった。





 店の中もまた、日本の和風な装いに、少しばかり洋風が入った、元の世界ではよくある飲食店の内装である。

 漆喰の壁に覆われ、客席は二種類に分けられている。木製の椅子とテーブルが並んだ洋風の座席。奥の方にある、テーブルと畳の床に座り込んで食事をする席である。

 入った瞬間「いらっしゃいませ!」という、若い店員の元気の良い声が聞こえてきた。その店員は、料理席の方から顔を出していったのだが、その白い髪と、ヤギのような角と耳が、妙に印象に残る人物であった。


「俺はあっちの席を希望するぜ」

「いいけど、膝が疲れない?」

「俺は慣れてるから平気だ」

「ううん? これって靴脱ぐのか?」


 奥まで進んで畳の席に移る。店の中の席は、半分ぐらい埋まっていたが、畳座席の方には、一人も客が来ていなかった。やはり異文化のあの席は、この世界にはいまいち馴染みづらいのかもしれない。

 席に着き、しばらく店のメニュー表(写真付き)を見る。やがてウェイターの女性が注文を聞きにきた。ちなみにそのウェイターは幽霊である


「私はこのザルソバをお願いするわ」

「俺はカツ丼だ」

「じゃあおれはこいつと同じで……」


 一人だけ文字が読めない春明が、ルガルガと同じメニューを指定して、ウェイターはメモを残して向こうへと行った。

 このやりとりは、完全に元の世界の飯屋と同じである。春明はメニュー表の写真を見て、何だか懐かしげだ。


「これが赤森料理か……まんま日本の料理だな」

「そんなに同じなんだ?」

「ああ、文化とかどうなってんだこれ? 偶然か?」

「意外と繋がりあるかもよ。この世界の人間は、元々異世界から移住してきた奴らの子孫なわけだし」


 その話は予備知識として春明も既に知っていた。黒の女神ワタナベ・コンが『人妖(じんよう)』というモンスターの脅威に晒された各世界の人々を、安全なこの世界に移住させたというものだ。


「でもそれって何千年も前の話だろ? 俺の世界に昔そんな話が合ったなんて、聞いてねえぞ?」

「あんたの世界そのものじゃなくて、あんたの世界と似た時空の並行世界化もしれないわね」

「並行世界って……そんなのもあるのか?」


 世界地図や月の大きさなど見ると、明らかにこの世界は地球ではない。だが他の世界には、春明と同じ地球から生まれた世界もあるということなのだろうか? 確かに女神の名前は、漢字を当てれば日本人ぽいが。


「ええ、大昔は人妖のせいで、沢山の並行世界が消えたり増えたりしたそうだし……そこにあんたの生まれた国と似た国があったのかもね」


 やがて彼らの元に、料理が届けられる。早速ルガルガが手をつけるが……


「うわっ、何だよこれ……使いづらいぜ」

「こうやって、指に挟むんだ。うっかり力入れすぎて折るなよ」


 ハンゲツとルガルガは、使い慣れない箸での食事に四苦八苦していたが、春明は元の世界と同じように、慣れた手つきで食事をしていたのであった。





 この店には彼ら以外にも客がいた。春明が店に入ったときに、珍しいレグン族の客に、皆一様に注目したが、少しするとすぐに興味をなくした様子だった。

 だが一人だけ、彼らに顔を背けながらも、目線を移し、こっそり聞き耳を立てている者がいた。


「ドーラ……あの人達がどうかしたんですか?」

「えっ!? ああっ、うん……」


 カウンターの近くの席にいた彼女=ドーラが、奥の調理席で料理をしていたヤギ獣人の店員に声をかけられ、少し動転する。

 このドーラという女は、憲兵の制服を着ていた。どうやら仕事の合間をぬって、ここに外食をしているらしい。

 年齢は二十代前半ぐらいだろう。この国特有の褐色肌だが、髪色は少し珍しい赤色である。腰には黒い柄と黒い鞘に収まった、ククリナイフが帯刀されている。

 その女性憲兵は、知り合いらしい店員に、向こうに聞かれないようにか小声で話す。


「あそこの畳の席の人なんだけど……何かおかしくて」

「ああ、確かに今時、赤森のお客様なんて珍しいけど……だからってそんな風に言っちゃ失礼じゃないですか」

「まあ、そうなんだけど……話聞いてる限り、あの人達赤森人じゃないみたい。それに何故かハンゲツさんも一緒にいるし……」


 ピリリリリリッ!


 その時、彼女の懐から、妙な機械音声が鳴った。ドーラは素早く、懐からある機械を取り出す。その機械の姿は、春明が見たら間違いなく“携帯電話”と称するだろう。

 彼女はそれを耳に当てて、そこから聞こえる声と対話する。


『ドーラ! 〇〇〇地区で、また移民共の暴動だ!』

「またっ!? 今週で三度目よ!? 判った今すぐ行くわ!」


 彼女は電話を切り、即座に食事を済ませる。あまり味わえていない、飲み込むような行儀の悪い作法で食べ終え、彼女は急いで店から飛び出した。






 腹ごしらえを済ませた一行は、当初から予定していた、装備品の買い物に向かっていた。


「でっけえな……ゲームじゃこんなでかい武器屋はなかったぞ」

「そうなんだ? まあこのご時世だからね。武器屋はかなり儲かってるのよ」


 彼らが訪ねたのは、王都で最大級の武具店。それは茶色いレンガ造りで、六階建ての大型の建物である。元の世界のデパート以上の大型店である。

 街道からの入り口も立派で、まるでお城の門のよう。門の前や、周囲には、完全武装した傭兵達が一帯を監視している。扱っている商品が商品なだけに、かなり厳重な警備である。

 一行は門番に来店の許可を貰い、内部へと入っていった。


「まあ、このぐらい大きな店でないと、春明の服は見つけられないだろうしね」

「俺の? 何でだよ?」

「この国には赤森の着物を着てる奴なんて、あんまり多くないのよ。だから大抵の店では、在庫はないわ」

「成る程……」


 ゲームでは次のステージに移る度に、装備品を購入する店のある集落も変化する。その店では大抵、今仲間にいるキャラクターに必要な、次の装備品は必ず全部売られていた。

 面白いことに、現時点仲間に装備できる者がいないタイプの装備は、まず売られていないようになっている。まるで主人公達のためだけに、在庫を用意したかのような品揃えである。

 だが現実には、店はこちらの都合に会わせてくれる筈もないだろう。





 店の中には、多くの棚やテーブルに、様々な武器が並べられている。一階は銃器置き場のようだ。

 小銃・拳銃・機関銃・ロケット弾など、元の世界なら確実に通報されるだろう、物騒な代物が、まるでスーパーの野菜のように平然と並べられていた。


「銃刀法がないって怖いな……」


 元の世界では、銃器犯罪が社会問題になっている国があることを考えると、この国のフリーな武器市場は怖くなってきた。


「そう感じるの? あんたがやってたゲームではどうだったの?」

「いや、ゲームでもこんな感じだったな……そういえば」


 鶏忍者でも、規模はこれより小さいが、武器屋ではこんな風に、当たり前に武器オブジェクトが並べられていた。そしてそれを客のNPCが平然と見学していたりもしていた。

 鶏忍者に限らず、RPGゲームの世界観では、大抵銃刀法というものはない。一般人設定であるはずの主人公でも、金さえ払えば何の手続きもなく、容易に武器を得ることができていた。それはゲームでは当たり前の仕様であった。

 だがこうして現実に置き換えた風景を見ると、どのゲームでも、かなり物騒な世界観を持っていたことに気づく。


 現パーティーに銃を必要とする仲間はいない。一行は二階以上にある、各々の得意武器が置かれている売り場に向かっていった。



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