第三十二話 移民街
街道を進み、どんどん王都へと近づいていく一行。途中での道には、最初に田畑と疎らに立っている民家がある。そして更に近づくと、風景は都会付近の田舎とは一変する。
(すごいなこれは……)
王都の建物群が集まっている付近の平野にあるのは、無数に並べられているテントや、プレハブのような仮住宅地であった。
日本の震災被災地に少し似ているが、規模と人の数が半端ではない。実に広い土地にそれが広がっており、まるでそこが一つの都市であるかのように、大量の仮設住宅と、何万という人々がごった返している。
屋台のような小さな商店が建ち並ぶ、市場の姿が見える。各地からは肉を焼いている煙が、モクモクと上がっている。何も知らなければ、大火事が起こったのかと勘違いしそうだ。
また各所には、無限魔の物と思われる骨が、山になって積まれていた。あちこちから生ゴミの臭いなどもし、人々の身なりを含めてみると、今まで通ってきた集落と比べて不潔な印象を受ける。
そこにいる人々は人種も衣装も、かなりバラバラだ。ゲール人の平均的な人種は、褐色肌・灰色髪だが、この仮設都市にはそういったものは少ない。
金髪や赤髪の白人系の人種もいれば、ヤギのような角・耳・足・尻尾を持つ獣人の姿もある。
服装も西洋ファンタジー的なものが多い。和服とインディアン衣装を組み合わせたような変わった衣装の者もいた。ハンゲツが言うには、前者はリーム教国からの移民で、後者はギン諸国連合からの移民であるらしい。
住居の他に、様々のものを売っている屋台が建ち並び、一つの商店街が出来上がっている。カンカンと金属を叩く音が鳴っているのは、小屋の中の鍛冶の仕事場だ。
ここは住居は簡素でありながら、独立した一つの産業・商業の流れが出来上がっているようであった。
「テレビじゃよく見てたけど……よくこいつらこんなところに住めるな? ぶっちゃけ国に残るよりも酷い生活なんじゃないか?」
「まあ、街の中に空き家がないんじゃ、しょうがないでしょうけどね。それを知らずに来る移民もいるし……。どうもリームじゃ、この状況が報道されてないみたいでさ。まあテレビもラジオもない国じゃ、情報は伝わりにくいでしょうし、愛国心も薄いから、国を捨てる決断も軽いわ」
そんな騒がしく行き交う、人々の中を突き進む一行。王都の周囲半分以上を取り囲むように広がる、この難民地区は、この国で結構な問題を抱えているものだ。
突如世界中に出現した謎のモンスター=無限魔。その個々の強さは、数などの勢力は、地域によって大きな差があった。
何を基準にして、その強さと出現地区の区分けがなされているのか不明だ。ただ確かなのは、このテツ大陸に出現する無限魔は、全大陸&諸島の中で最弱であるということだ。天者のような特別な存在でなくても、並レベルの戦士や、銃火器でも、容易に駆除できるのである。
無限魔は基本的に自分から人里には近づかず、一定区域から離れることはない。そうでなかったら、この世界の人類はとっくに滅亡していただろう。だがその法則が、いつまでも続く保証はない。
いつ奴らが、活動区域から離れて、町や村を襲撃するか判らないと、多くの人々が想像し、それに怯えていた。また農地や漁業地を無限魔に占領されて、深刻な食糧不足になっている国もある。
そんな人々にとって、このテツ大陸は、世界で最も安全な大陸に思えたのだろう。
それに無限魔が弱いせいで、彼らを狩ることによって、簡単に食糧を得ることが出来る。皮肉にも各国では食糧不足の原因である無限魔が、このテツ大陸は有用な食糧源になっているのだ。
特にこのゲール王国は、テツ大陸の中でも比較的低レベルの無限魔が多く、また元々諸外国との交流が多い国であった。そのため各国から、安全な土地を求めた多くの移民が、この国に流れてきたのである。
そしてそれがこの状態である。
移民はこの王都や、各地の大規模都市に集中してやってきた。だがどこの都市も、人々が住める居住地は限られており、弾かれた者達が、こうして仮説都市を建てて暮らしている。
こうなると食糧問題なども起きそうなものだが、先に説明したとおりにそのようなことは、この国では起きない。食肉製品に限定すれば、食糧は無限魔を狩れば、いくらでも手に入るためだ。
だがそのせいで、移民達の栄養バランスに偏りが起き、壊血病が心配されている。
だが一番問題なのは、食糧ではない。移民達が街に出て、犯罪を起こす事態が、時間が流れるにつれ、どんどん増えているのだ。
穏やかな生活を望む都民達から見れば、彼らは厄介の元凶でしかないだろう。
(しかしこれって……完全にゲームの仕様の問題だよな?)
何故このテツ大陸にいる無限魔が、世界中で最弱なのか? それは多くの人々が疑問に思っていたが、春明にはそれがゲームだからという理由に思えてならなかった。
RPGでは、主人公が最初に冒険する土地では、出てくるモンスターは世界中で最弱というのが、お決まりのパターンである。
主人公は最初に弱い敵を倒し続け、冒険を続けながら少しずつ強い敵を相手にしていき、成長していくのだ。Lv50でないと倒せない強さの敵が闊歩している土地に、Lv1のプレイヤーを放り出したら、それはもうクソゲーである。
この世界でも、そのルールが適用しているとすれば、このゲール王国は理不尽な巻き添えをくったことになる……
「おい……あれって赤森人じゃねえか?」
「どう見たってそうだろ……。この国に何の用だ?」
「ちぃ! あたしらがこんな生活してる時勢に、てめらは暢気に観光かい!?」
この仮説都市は、元々王都の住民が横断することも多い。そのため普通ならば、移民以外の者がいても、さほど目立たない。
だが何故か、春明にだけは、移民達が奇異の目線を向けている。中には妬みなどの悪意のある視線も多くあった……
(うわぁ感じ悪っ……こっちに聞こえるように話してねえか?)
(我慢しなさい! 変に突っかかって、揉め事を起こしちゃ駄目よ!)
何やら凄い居心地悪いものを感じながら、一行は急ぎ足で、その仮説都市を抜けていった。
都市の外とは違って、都市の内部はそれなりに清潔であった。都市の内部には、この国独自の民族である褐色肌とホタイン族の姿が多い。
街の中は数階建ての大きめの建物が立ち並び、居住地には集合住宅が多くあった。街道は広く、多くの人々がお祭りのように行き交っている。また一般の人が通る歩道の他に、今までの集落にはなかった、自動車専用道路まであった。
一行はそんな街中を、何やら落ち着きない様子で進む。時折見かける、憲兵の姿に、かなり注目しているようだ。これは別に、初めての王都に浮き足立っているわけではない。
「何か……何事も起きずに、街に入れちゃったわね」
「おう。何か変だな……。ゲームのシナリオだと憲兵と一悶着あるのに……」
「それは別にいいんじゃねえか? 何もない方が平和だし」
「そうだけど、それだとゲームのシナリオが進まないんだよな」
春明はアイテムボックスから、以前ソルソルから貰った、封印の麒麟像を取り出す。そして近くを通りすがった憲兵に駆け寄った。
「すいません! これなんだと思います?」
「えっ? なんだいそれは?」
「ちょっと前の村で変わった物を見つけたんです。封印の麒麟像っていうらしいんですけど」
「封印の……ああ」
唐突に意図の判らない質問をされて、憲兵は困惑する。だがその名前を聞いて、何か思い当たったようだ。
「最近変な噂になってるあれか? 世界を救えるとか何とか、胡散臭い話しな」
「世界を救える? 本当に?」
「まさか。無限魔信仰者か只の愉快犯か、どこぞの迷惑ものが、また何か言い出したんだろ? 君、それを誰からもらったか知らないけど、あまり本気にしちゃ行けないよ」
そう言ってにこやかに笑いながら、憲兵は去って行った。それを春明は、何やら微妙な様子で見送る。
「一応、噂としては流れてるんだな」
「でも只の噂止まりみたいね。こんなんで国が動くわけないけど」
ゲームでは王都に入る直前に、ストーリー上重要なイベントが発生していた。王都に入ろうとすると、主人公が憲兵隊に、いきなり囲まれるのだ。
そして重要器物として、主人公が持っていた封印の麒麟像が、その場で奪われてしまうというイベントだ。
だがこの世界では、そのようなイベントが起こる兆候が全くない。憲兵もゲームであった悪印象がなく、随分親切な様子だった。
「まあ、何もないんじゃしょうがないわね。ゲームマスターの采配を期待しましょう。とりあえずもう昼だし……」
「飯にしよう! 腹減った!」
「ああ、そうだな。俺も賛成だ」
ハンゲツが言い終える前に、ルガルガが先んじて賛成の声を上げる。春明と、春明がパーティーを組んだ二人は、普通の能力者にはない不思議な体質を得ていた。
それはSPが驚くほど回復しやすくなったということだ。ゲームの仕様であった、通常攻撃だけでSPが回復するというのは、元々この世界にあったのかとハンゲツに聞くと、そもそもSPの概念がよく判っていなかった。
ともかくそのおかげで、SPを回復し続ければ、飲まず食わず休息無しで永遠に戦い続けられるのでは?と思うぐらいである。ただし精神的な疲労や、空腹感による苦痛はあるため、未だ試していないが。
「そんじゃまずどこに行くかしら? ここは飯屋なんて星の数あるから、選ぶのも大変……」
「赤森の店に行きてえ! 前にテレビで見てから、ずっと行きたかったんだ!」
「じゃあ、俺もそうする。赤森料理っての、ちょっと興味あるし」
「ああ、うん……そうしましょう。元気ね、あんたら……」




