第三十話 ソルソル
「ふぁああああああっ! ……あれ?」
「ひゃぁあああああっ! ……おう?」
「おう、お前らも無事に復活したか」
ここは井戸下の地下ダンジョン。さっき通った、あの鎧巨人のいる広間の前の、扉のある小広間である。
目の前にはあの頑丈そうな門が、初めて来たときと変わらず、そこに閉まって存在している。だがその前にいる一行の様子は、以前とは異なっていた。
ハンゲツとルガルガが、まるで地獄を見てきたかのように絶叫したと思ったら、急に我に返ったように冷静になる。一方の春明は、最初から冷静で、二人の姿を見て安堵した様子だ。
「あれ? ここってどこだ? て、ここか……」
「私達……助かったの?」
「死んだよ、あの瓦礫に潰されて。そんで前にセーブした所で生き返ったんだ。前に説明しただろ?」
三人の様子は、あの時の戦闘の傷も疲労もなく、以前この場に立ったときと全く同じ状態である。春明が以前何度も体験した、セーブ地点からの復活。
今回初めて、春明以外の者も、生き返れることが証明された。
「ああ、そうだったわね。ちょっと忘れてたわ……」
「何か変な感じだな。身体は全然大丈夫なのに、前にグッチャリ潰されたときの感覚が、まだあるみてえだ」
二人が自分の身体を見て、そう不思議そうな感じで語る。話しには聞いていても、実際に体験すると、やはり感想が違うのだろう。
「俺はすっかり慣れたもんだけどな。何か調子が良くないなら、一旦戻るか?」
「いや大丈夫だ! すぐにいけるぜ!」
「いけるって……また行くの?」
恐らくこの門を開ければ、またあの鎧巨人と戦うことになる。ゲームでは当たり前だった、ボス戦のコンティニューだ。だがそれにハンゲツは、少し意義があるようだった。
「当たり前だろ! 次は勝つぜ!」
「勝つって……別に私ら負けたわけじゃないし、また崩落に巻き込まれるんじゃ?」
「ああ~~うん……」
確かにさっきの全滅は、ボス戦で敗北したのとは意味が違う。戦闘の途中で不慮の事故で、敵味方もろとも崩落に潰されたのだ。
あの鎧巨人の戦法を考えると、また同じことが起きることは確実だ。向こうが学習して自粛してくれるなら別だが。
「ていうかさっき、死ぬ前に何かむかつく窓が出てきたんだけどよ……。あれいったい何だ!?」
「窓?」
「この事態は考えなかった~~とか何とか、ふざけてんのか、あれ?」
「ああ、あれはお前にも見えてたのか……」
時折出現していた、あの第三者のメールのようなウィンドウ。それを春明以外の者も見たということは、別に春明の気のせいではなかったようだ。
「私も見たわよ。あれってゲームマスターかしら? でもそれだと、あの崩落をどうするかは、ゲームマスターも知らないってことよね?」
「ああ、確かにな……どうしよう?」
ここで大きな問題が浮上した。如何にして、ダンジョンを壊さずに、ボス戦を攻略するか。ゲームではまずなかった難題であるが……
少しして三人は再びあの門を開けた。門の向こうには、さっきと全く同じように、あの鎧巨人の巨体と、その前にいるまだ鎧に入っていない幽霊少年の姿がある。
彼の様子もさっきと全く同じ、仁王立ちで彼らを待ち構えていた。
「よく来……はっ!?」
幽霊少年がさっきと同じ台詞を吐こうとするが、それは最後まで続かない。何と扉を開けた瞬間に、春明が勢いよく踏み込み、右拳を強く握りしめて、幽霊少年の元に突進したのだ。
いきなりの行動に、幽霊少年の対処が遅れる。走り込む春明が、すぐに幽霊少年の間合いまで近づく。そして握りしめる拳を、一気に振り上げた。
ドガッ! ゴウン!
異なる二つの音が、二連続で発せられた。
最初の音は、春明が幽霊少年の顔面を、思いっきり殴った音。次の音は、顔が半分潰れてぶっ飛ばされた幽霊少年が、その勢いのまま後ろの大鎧の足に、脳天から激突した音であった。
まるで鐘の音のような、いい音が鳴る。
ゲームではできなくて、現実にはできることが、たった今一つ判明した。それは敵が臨戦態勢に入る前に、こちらから先手を打って攻撃できるという事実である。
「よしっ! 次は後ろのでかいのだ!」
「うぉおおおおおっーーー!」
幽霊少年が倒れたのを見て、春明とルガルガが、後ろにある大鎧に飛びかかった。幽霊少年が憑依していない状態の大鎧は、意外と強度が低く、大鎧は瞬く間にバラバラに解体されてしまった。
「……これいくらなんでも酷くないか?」
静かになった広間の中、顔が潰れて変形した幽霊少年が、一行に怒り気味に呟く。
「まあ、俺もちょっとずるいと思うけどよ~~。でもさっきみたいに崩れた天井でミンチになるのも嫌だしよ」
「崩れた天井? どういうことだ?」
ルガルガの言葉に、何故か幽霊少年が不思議そうに応える。
「何って、さっきやり合ったときに……もしかして覚えてないのか? さっきお前、あの鎧に入って、俺らと戦ったろ?」
「覚えてないって……? 俺はお前とは今初めて会ったんだけど?」
「う~~ん、そうか……じゃあ俺の勘違いだな」
ルガルガが他の二人に目を向けると、二人もやや戸惑いながらも頷いた。どうやらセーブ&ロードの法則は、こういうことのようだ。次にハンゲツが、彼に対する質問を引き継ぐ。
「それであんたは何なのかしら? さっきの様子だと、私らがここに来るの待ってたみたいだけど? 村での悪戯もそのため?」
「まあな。後俺はソルソルだ。村で適当に騒ぎ起こして、レグンと霊術士が来たら、この地下室で一戦やれって言われたんだよ」
「フード被った、背の低い女に?」
「知ってるのか? ああ、そうだよ」
大当たりだった。まあここまで行くと、さほど驚くような話しでもないが。
「その女、何者かしら?」
「さあな。いきなり出てきて、さっきのことを頼んできたんだよ。俺ははぐれ幽霊でさ、前の霊術士からは大分前から離れたんだ。そのせいでこの世界に留まる力も、もう限界になってきたんだわ。そしたらその変な女がいきなり出てきて、俺に魔力を補充してくれてよ。その礼に、こっちの頼みを聞けってさ。それがさっきの話しさ……ああ、そうだ!」
そこで幽霊少年=ソルソルは、何かを思い出したようで、そこで手を広げる。そこから魔力が集約されると、ハンゲツが霊を召喚するのと似たような感じで、空間がねじ曲がる。
そしてそこに、霊ではない何かが召喚された。
「これって……幸運の麒麟像?」
ソルソルが出したのは、一個の動物の象である。それは虹色の輝く、麒麟の像であった。
「“封印の麒麟像”だそうだ。そっちのホタインがぶら下げてるのと似てるな」
ハンゲツが呟いたように、確かにそれは、今ルガルガが装備している、幸運の麒麟像によく似ていた。
ただしそちらとは、顔の造形・体型・角の形が微妙に異なっている。そして大きさも幸運の麒麟像よりずっと大きい。人の掌に丸ごと持ち抱えるほどで、とても首飾りに出来るものではない。
「何か俺がお前らに負けたら、これをやれってさ。これって何なんだ? 何か凄い魔力があって、俺も気になってたんだけどよ……」
ソルソルの問いに、何故か三人が難しい顔をする。答えられないと言うより、答えにくい質問であった。
「ああ……うん。知ってるっきゃ、知ってるわね。春明の話しじゃゲームで……」
「ここでネタバレはよせよ……。とりあえずこれはありがたく頂いて置くぜ」
そう言ってソルソルから、封印の麒麟像を受け取り、それをアイテムボックスに仕舞う。一応これでゲームにおける、ここでのイベントは終了した。
「で……結局お前ら何なわけ? 俺何も知らずに、こんな意味不明なことやらされたんだけど……」
そういうソルソルからの問い。ゲームでの設定では、かつてこの地に眠る秘法を守っていた番人が、ふとした拍子で暴走して、村人を襲ったという設定であった。
だが彼はどう考えても、そのような背景の人物ではない。しかもこの麒麟像も、別に昔からここにあったわけでもないようだ。こんな茶番をさせられた本人からすれば、確かに意味不明なことであろう。
「まあ、俺もよく判んねえんだよ。何か知らん内に、変なゲームをやらされててな。まあ結構楽しんでるけど」
「ゲーム? ふうん……」
「じゃあここの用も終わったな。お前、もう変な悪戯はすんなよ」
「言われなくてもやらねえよ。もう約束は果たしたんだ。じゃあお前らも、気をつけろよ。あっ、そうだ!」
ソルソルが非実体化して消え去ろうとしたとき、何かを思い出したようだ。
「あのフード女、他にもちょっと気になること言ってたな。何か無限魔を再封印するのに、必要な儀式だとか」
「儀式? “再”封印?」
また謎のキーワードが出た。儀式とはこの変な茶番のことだろうか?
「まあ、何か知らんがそのゲームっての、大事な気がするわ。じゃあ、今度こそさよならだ」
そう言ってソルソルはその場から消え去る。もうここにも自分たちにも、興味はないという感じであっさりと。
「よしじゃあ行くか?」
「そうね。しかしあの像をあと三つか……」
ちなみにこのダンジョンの無限魔は、ソルソルがいなくなった後も存在していた。ダンジョン脱出アイテムもなく、彼らはまたもう一度無限魔と戦いながら、このダンジョンをしばらく彷徨うことになる。




