第二十九話 崩落
ルガルガのスキル《怯みの一撃》は、ゲームでは一定確率で、敵をスタンさせる効果を持つ技だ。こちらの世界でも、それは同じらしい。
そうしてバランスを崩した鎧巨人の背中に、春明が飛び跳ねて気功撃を放つ。
ガキィイイイン!
耳につく金属音が鳴り響いた。春明のスキルは確かに命中した、実際に鎧巨人の背中に、小さな傷がついている。だがそれだけだった。
まだ鎧巨人のスタンは続いている。春明はハンゲツからアタックアップしてもらい、さらにもう一撃。
この時は最初より、少し深めの傷がついていた。だが三撃目と行く前に、鎧巨人が立ち直る。そして自分を背後から斬った春明目掛けて、棍棒を振り回す。回避は間に合わないと判断した春明が、刀を盾にして受けに入る。
ガキッ!
「ぐうっ!」
春明の手に凄まじい衝撃が走る。彼の刀は、折れはしなかったものの、その衝撃を完全に受け止めることはできなかったようだ。春明の身体が吹き飛び、十数メートル先の石床に転がり落ちる。
「こんにゃろ!」
その間にルガルガが、鎧巨人の脚に一撃。鎧巨人の身体は一瞬震えたが、それで怯んだりはせずに、今度はルガルガに一撃を放つ。
それが当たる直前に、ハンゲツのガードアップが、彼女に付加した。
「ぐほっ!」
棍棒の一撃は、ルガルガの身体に激突した。大きな金属の棒が、彼女の顔と胸を叩きつけ、その全身を撥ね飛ばした。ガードアップの付加があるとはいえ、これはかなり効いたはずだ。
その間にハンゲツが、自分に再度スピードアップをかけて、即座に鎧巨人から距離を取る。
「こっちの攻撃が効いてねえのか!?」
「いや効いてるはずだ! 多分な! とにかく攻撃を当て続けるんだ!」
立ち上がったルガルガと春明がそう叫ぶ。
ゲームではボスモンスターというのは、大抵異常なHP数値を持っている。よってボスはそう簡単には倒れない。こちらはとにかく相手が倒れるまで、攻撃を繰り返し続けねばならない。この世界での戦闘でも、それと同じ手法をとることにした。
「ハンゲツ! 俺たちにとにかく付加魔法を! こいつが倒れるまで打ち続ける!」
「判ったわ!」
ハンゲツが今度はアタックアップを春明にかける。だがその間に、鎧巨人が奇妙な行動に出た。彼と春明達は、結構な距離を取っているのに、その場で棍棒を横に振るような動作を始めたのだ。
「あれは……やばいぞ!」
ルガルガはすぐにその行動の意図を理解するが、最早遅かった。鎧巨人が、棍棒を横薙ぎに思い切り振る。その軌道には敵はいないが、その先にはいる。
振られた棍棒の軌道から、爆風のような衝撃が放たれた。それはルガルガの大打撃に似ていた。
この広間に台風のような衝撃波が吹き荒れ、それに三人がまた吹き飛ばされ、向こう側の壁に叩きつけられた。
「つーーー! スキルも使えるのかよ、こいつ!」
「また結構効いたな! くそっ!」
あの大柄な攻撃を受けてしまった三人。最も、こちらは遠距離攻撃で、しかもエネルギーが拡散する範囲攻撃だ。そのため直接殴られるのと比べると、ダメージ量は大分少ないはず。
実際に直撃を受けた三人は、傷ついてはいるものの、瀕死には陥っていない。だが大きな痛手であることに、変わりはない。
ゲームならば、すぐに自分たちの自己状態を見るところだが、もちろんそんな余裕はない。悠長にステータスを見ている間に、敵が次の攻撃を仕掛けるかも知れないのだ。
(避け続ければいいというものではないわね。あれはどんなにスピードアップしても、逃げられないわ。なら先にガードアップを……)
そう考えたハンゲツが、ガードアップをまず自分にかける。だがその間に、鎧巨人が次の一手に出る。鎧巨人が今度は、棍棒を高々と上に掲げ、餅つきをするように勢いよく、地面を叩きつけた。
その棍棒は、気功なのか青く輝いていた。
ドォオオオオオオン!
今までとは比べものならない振動が、このダンジョン内に響き渡る。棍棒が石床を叩き割り、衝撃で土埃を舞い上がらせる。
青い光の衝撃波が、先程のルガルガの大打撃と同じような感じで、広間の地面を波紋のように拡散して広がっていった。
「「うわぁあああああっ!」」
隙をついて鎧巨人にスキルを叩きつけようとしていた三人が、その地響きで足下のバランスを崩し、その場で転倒してしまった。
今の鎧巨人の技は、ゲーム的に言うならば、全体スタン付加攻撃になるのだろう。そこへ更に、鎧巨人が衝撃波を放つ。再び吹き飛ばされ、先程と同じように、壁に叩きつけられる一同。
「くうっ!」
ハンゲツがよろめきながらも、他の二人にガードアップをかける。これで次同じ攻撃を喰らっても、今よりはダメージを軽減できるだろう。
だが今までので、かなりダメージを受けた。HPは半分ぐらいは減っているかも知れない。
「大したスキルを使うわね! ならこっちもとっておきのスキルをくれてやるわ!」
「使い方判るのか?」
「何となく感覚で判るわ!」
ボロボロになりながらも立ち上がったハンゲツが、杖を掲げる。するとそこからは、今までとは違う緑色の光が放たれた。
そして空間が歪み、そこから霊が召喚される。だがそれは攻撃用のお化けや、ステータス付加の動物霊とは違っていた。それは一頭の牛だった。闘牛にも劣らない立派な角を持つ、象に匹敵する巨体を持つ、大型の猛牛の霊である。
(あれは結構迫力があるな……)
実物を始めて見る春明は、それを見て少し驚く。ゲームでもあった技だが、それに牛の霊の姿は表示されず、敵に打撃攻撃のモーションが出るだけの技だった故に。
それは召喚されるやいなや、鎧巨人目掛けて、ロケットのように突進した。鎧巨人も黙って受けたりはしない、棍棒を盾にして、守りの姿勢に入る。
ゴウン!
猛牛の立派な角と、鎧巨人の棍棒に激突する。鎧巨人はその勢いを押し切れず、そのまま後ろに押し進められる。
後方に押されている鎧巨人の足が、ガリガリと地面を削る。そして鎧巨人は背中から、後方の壁に叩きつけられた。その直後に、全ての力を使い切った猛牛は消滅した。
「凄い……本当に出たわ」
鎧巨人を押し返したパワーに、何故かハンゲツ自身も驚いている。ステータスのスキル覧には出ていたが、彼女自身もこの技のことを、よく知らなかったのだ。
今ハンゲツが放った技は《ゴーストバイソン》というリミットスキルである。
鶏忍者というゲームでは、SPを消費して発動させる通常のスキルとは別に、《リミットスキル》というもう一つ別系統のスキルがある。
キャラクターの自己状態にはHP・SPの他に、戦闘時のみ表示される、TPというものがある。
それは戦闘開始時は、必ず0で始める。だが敵に攻撃を加えたり、逆に攻撃されたりすると、徐々にこのTPが蓄えられていくのだ。最大数値はレベル関係なく、必ず100と決められている。
そのTPを消費して放つ技が、このリミットスキルである。通常のスキルよりも強力だが、戦闘終了後にTPは必ずリセットされるので、溜め置きができない結構不便な技だ。
レベル45になったときに、ハンゲツはこの技を会得したが、何故かハンゲツはこれに訝しげだった。どうもリミットスキルという技は、この世界では一般にはない存在らしい。
そのうち試そうという話しもしたが、今までの敵は、TPが溜まる前に片づけてしまったので、試す機会がなかったのだ。
「よっしゃあ、次は俺だ!」
ハンゲツのリミットスキルの威力を見たルガルガが、ならば自分もと勢い込めて、自分のリミットスキルを放とうとする。
壁に叩きつけられて、動きに隙が出来た鎧巨人に、ルガルガが鉞を構えて突っ込む。
「待て! まず回復を!」
「待ってられるかよ!」
ルガルガの鉞の刃が、ハンゲツの時と同じように、緑色の光を放つ。そしてそれを鎧巨人の腹を目掛けて叩きつける。
鎧巨人が棍棒を振り上げて応戦しようとするが、それよりルガルガの一撃が速かった。
ドンッ! ゴキッ!
再び激しい衝撃音が鳴る。今の一撃の威力で、鎧巨人の身体が、壁に更にめり込む。ルガルガの一撃は、鎧巨人の腹部の装甲にめり込んだ。
今までは浅い傷しかつけられなかったのに、今回初めて鎧に穴を開けられたのである。
「ようし、やっ……ごはあっ!」
確かな手応えに自信を持ったと思ったら、突然ルガルガが血を吐いた。噴水のように放射された赤い液体が、目の前の鎧巨人の足下を赤く濡らす。
ちなみにさっきの一撃の時に、鎧巨人ではなくルガルガの方にも、嫌な音が少し鳴っていた、反動で骨が少しいったのかもしれない。
今のルガルガが放ったのもリミットスキルで《命の一撃》という。
ゲームでは敵の通常の五倍の威力の攻撃を放つ技だ。こっちの世界での倍率は不明だが。TPを30消費して放つ技で、かなりの高威力ではあるが、その代わりの自分のHPの三割が削られる。
当然残りHPが三割以下だった場合、当然使ったキャラは倒れる。戦闘不能状態=死を意味するこの世界では、まさに名前通りに命をかけた攻撃である。
「馬鹿野郎! 自分がどんだけやられてたか忘れたか!」
「あぐっ……」
駆けつける春明の叫びに、ルガルガが何か言おうしているが、身体の状態が深刻で思うように声が出ない。
今の一撃で敵が怯んでいる隙に、春明はルガルガの身体を抱えて、そこから離れる。そしてすぐに彼女に気功治癒を施す。瀕死状態だったルガルガが、それで多少は持ち直す。
「ありがとう……でも俺の斧が……」
ルガルガの鉞は、あの鎧巨人の腹にめり込んだままだ。ゲームでは戦闘中に武器を落とすことは、システム上あり得なかったが、この世界ではあるようだ。
持ち直した鎧巨人が、腹の鉞を放置して、再びあの全体スタン付加攻撃を放つ。再び洞窟内に地震が起き、三人は足下をとられた。
「くうっ!」
足下を震えて、次はどうするかと悩んでいる隙に、思わぬ次の攻撃が飛んできた。
ゴウン!
「「!?」」
突然春明達の目の前に、巨大な岩が落下してきた。鎧巨人並みの岩隗が、石床をその重さと岩の硬さで凹ませる。後一メートル前にいたら、間違いなく下敷きになっていただろう。
てっきり敵が岩を投げたのかと思ったが、そうではなかった。
「何か落盤してねえか、ここ?」
「してるよ! 今まさに、ここ崩れ中!」
この広間の中に、天井から次々と、大小数多くの石の雨が、散々と降り注ぐ。岩石の出所は、上の天井の素材そのもの。
つまりこのダンジョンそのものが壊れているのだ。
「まあ、あれだけ派手にやったらな。当たり前か?」
これは鎧巨人も想定外だったようで、落ちてくる石の雨に打たれながら、慌てているような動作をしている。
「ちょっ、ちょっと! どうすんのよこれ!?」
「どうしようもねえよ。ゲームじゃこんなことなかったし。だから前に、派手にやるなって忠告したんだ。まあ敵さんは知らないか……」
絶体絶命の危機に、二人が泣くような悲鳴を上げる中、春明だけは冷静であった。
《悪い! この事態は考えてなかった! どうすりゃいいんだ!?》
「俺が知るかよ」
久しぶりに登場した、ウィンドウ画面からの何者かが送った文章。それに冷たく返した直後、頭上から大きな岩の影が、春明を覆った。




