第二十八話 装備変更
ダンジョンの中にいるのは、無限魔だけではなかった。以前ガルディス村への街道にあったのと同じ、アイテムが入った宝箱も、ダンジョンの各所で見つかった。
ちなみに最初にこれを見つけたとき……
「寺(=公共施設)の下に勝手に穴彫ったあげく、物を不法投棄とかって、ゲームマスターって、結構やばい犯罪者じゃね?」
という何とも耳が痛いコメントを残してくれた。
それらの中には回復用のアイテム等が多かった。だがその内の一つには、いい感じの装備アイテムが見つかる。
「これって服だよな?」
「ええ、和服っていう赤森の装束ね。今あんたが着てるやつでしょ?」
魔の卵が浮いていない、ダンジョンのとある行き止まりにあった宝箱。そこを開けてみると、中には綺麗に折りたためられた、一組の赤い和服が入っていた。
春明はそれを手に取り、アイテムウィンドウで、これの詳細を見てみる。ウィンドウには各アイテムの詳細も、表示されるようになっているのだ。
《火霊の着物:火の精霊の力が宿った着物。火属性攻撃に一定耐性を得る》
少なくとも呪われたアイテムとかではなさそうだ。となるとこれの扱いは決まっている。
「あんたこれ着てみたら? 今着てる安物よりは、ずっといいんじゃないの?」
「ああ、ちょっと着てみるわ」
ゲームでは装備品を身につけるときは、ウィンドウで防具の各欄をセットするだけで済んだ。だがこの世界では、装備品は普通に着込む必要がある。
春明は和服の着付けの仕方を知らなかった。だが戦闘の時の動作と同じように、自然と頭の中に着付けの仕方が流れ込んだので、何の問題もない。早速春明は、今着ている麒麟柄の着物を脱ごうとしたが……
「おいお前ら……」
「何?」
「何だよ?」
「お前ら……何故見ている?」
着物の帯に手をかけたところで、自分をじっと見ている二人分の視線に気がつき、春明はやや怒気の篭もった声で指摘する。
言うまでもないが、このダンジョンに、更衣室などと言う親切な設備はない。
「うん? 見ちゃ駄目か?」
「当たり前だろうが。男の着替えだぞ、お前ら!」
「何? 恥ずかしいの? 別に私は気にしないからいいよ」
そういうハンゲツの目は、気にしないと言うより、むしろ見たがっているように感じられた。家族以外の異性に肌を見せたことがない春明は、これにかなりムカッとくる。
「俺は気にするんだよ! あっち行け!」
「あっち行けって……このダンジョンの中で、ばらけるのは駄目じゃないの」
「じゃあ、あっち向いてろ! 絶対に見るなよ!」
「やれやれ我が儘な子ね……」
まるで小さな子供の我が儘のように言い捨てて、二人は言われた通りに、後ろを向いた。
(何だよこれ? 普通は逆だろ? 何故俺が覗きに気を遣う? ていうか今の俺の姿って、ここまで子供扱いされる程、幼くないよな? 顔が童顔過ぎるからか? くそう……俺にこんな思いをさせやがって……。もし今度こいつらが装備を替えるときゃ、俺の方が遠慮なく覗いてやる!)
様々な思考を巡らせながら、彼は着替えを始める。ゲームでは装備品の入れ替えは、どこにいても一発で切り替えることができた。だがこの世界ではそうはいかず、新たな難題が浮上したようだ。
「おし、いいぞお前ら」
着替えを終えた春明が、そう二人に声をかける。二人が振り向くと、先程見つけた新しい着物に着替えた、春明の新しい姿が目に入った。
赤い生地の着物には、巻き上がる炎を象った模様がついている。下半身には紫色の襟三が履かれている。着物の形や大きさは、今まで着ていた白い着物と変わらないが、色と柄が変わっただけで大分印象が変わってくる。
「結構は派手な服だな。まあ確かに火に強そうだな」
「ステータスはどう? さっきより上がったかしら?」
「今見てみる」
《攻撃力/800 防御力 638 魔力 99 敏捷性 67 感覚 64》
見てみると防御力が大きく上がっていた。今まで低性能の身体防具を身につけていたせいで、防御力が不足しがちだった春明。それは同レベルの魔道士である、ハンゲツにも劣っていた程だ。
だがこれで一応、彼の防御力に対する不安は払拭されただろう。
そんなこんなで三人は、上手く力を温存しながら、ダンジョンの中を探索し続けた。迷路となっている道を、少し迷ったりはしたものの、何度か繰り返すとある程度道順が判るようになっていく。
そしてとうとう、このダンジョンの最奥と思われる地点にまで到着した。
「何かいかにもな感じね? ここにいるのかしら?」
「ゲーム通りならそうだな」
目の前にあるのは、地下道の中で少しだけ広くなった行き止まりの前。そこには木製の大きな扉。鉄の骨組みがあって、城門のように、いかにも頑丈そうな扉である。
ゲームではボス戦の前に、それが判るようにダンジョンに特徴的な地形やオブジェクトを置いていた。それはこちらでも適用のようだ。
「鍵穴も錠もないけど……開くのかしらこれ?」
「ゲームじゃ特に問題なく開いたけどな。でも気をつけた方がいいな」
「ああ、開いた途端いきなり襲いかかってくるかもな」
ゲーム的には、何のイベントもなくそれはないと思うが、確かに用心は必要だろう。
「しかし今いってもういいのか? まだ取り残しの宝箱がどこかにあるかも……」
「もういいよ! 同じ所グルグル回るのも、もう飽きた!」
ルガルガは、レベルを上げるのはいいが、探索は好きでないようだった。
門は内側に開くようなので、ルガルガがさっさとそれを押してみる。ギィ……と鈍い音を立てながら、何の問題もなく、その大扉は開かれた。
その扉の向こうには、大規模な広間があった。この地下道の中では、一番の広さであろうか? 学校の体育館の数個分はある。高さもそれなりにあり、天井が十メートルぐらいまである。
入り口の井戸は、そこまで高くなかったので、ここはどこかの山の内部なのかも知れない。
そしてそこには、大きな鎧があった。
体型の太い重装甲な鎧で、兜にはT字型のような目穴がある。頭の両側には、鬼のような細い角がある。首元から巻かれた、黒いマントも羽織っていた。そして足下には、赤い棍棒と思われる武器が置かれている。
それがお屋敷の飾りのように、その広間の真ん中に立っている。だが飾りにしては、それはあまりに大きい。背丈は7メートルぐらいはある。手を伸ばせば、天井にまで届きそうな、超巨大鎧だ。
とても人間が着られる物ではない、巨人専用鎧である。これを見たとき春明はその迫力に、一瞬巨大ロボットが現れたのかと思った。
「よく来たな! お前ら待ってたぞ!」
ちなみにその鎧の足下から数メール先には、例の幽霊少年が腕を組んで仁王立ちで立っているのだが、後ろの鎧の印象が大きすぎて、彼の存在感が大分薄れてしまっている。
「うん? ああ、お前いたの?」
「確かに待たせたわね。多分三日ぐらい? 悪かったわね」
ハンゲツが自分の過去の経験から、一応謝罪を口にする。図星だったのか、幽霊少年の顔が引き攣る。血色のない幽霊でなかったら、顔を真っ赤にしていたかも知れない。
「とにかくお前ら、ここに何しに来た! 俺を討ちに来たのか!?」
「討ちにって別に……そういや俺らって、何しにここに来たんだっけ?」
春明の言葉に相手がすっ転びかけた気がした。
そもそも彼らは、ゲームのシナリオ通りに来たが、別にこの幽霊少年に別段因縁などない。村の者達も、あまり深刻に受け止めてはいないようだった。
「まあとりあえず……あの変な悪戯やめてくんねえ? 別に壁に描かなくても、絵の仕事とかってできるだろ?」
「ていうか別に茶番いらなくない? あんたここに何してんのよ?」
「お前らを待ってたんだよ! お前ら俺と一戦やりに来たんだろ!?」
「いや別に……無理して戦う必要もなくないか?」
「ええい話しが進まねえっ! こっちからいくぞ!」
これといって話し合いもしない内に、幽霊少年からうって出るようだ。
幽霊少年が透けた身体が、青い光の塊へと変化する。すると幽霊少年の姿が、粘土のように歪み、収縮し、青い光の塊となる。大きな人魂形態だ。
それが蛍のように飛び、後ろにある鎧巨人の頭部へと飛ぶ。そして目穴の中に入ると、その兜内部が青い光で照らされる。こちらか目穴の内部に、青い光球が浮かんでいるのが見える。それはまるで青い眼球の、一つ目巨人のようだ。
ガゴン!
鈍い金属音が鳴った。今まで静止状態であった、あの鎧巨人が動き出したのだ。足下にあった棍棒を拾い上げ、その巨体が春明立ち目掛けて足を進め始めた。
「ボス戦だ! 気合い入れていくぞ!」
「おうっ!」
ルガルガが言われた通りに、気合いを込めて斧を振り上げた。ハンゲツも即座に、ステータス魔法の準備にかかる。今ここで、ゲーム通りのイベントボス戦が始まった。
最初にハンゲツが、ルガルガにスピードアップ。どんなときでも、一番動きが鈍い彼女の敏捷強化が優先だ。
その直後に、走り込んできた鎧巨人が、彼らの所に棍棒を横から振り払ってきた。彼らはその攻撃を、後ろから飛び跳ねて躱す。最初の走り込みの間に、隙があったので、多少容易に避けることができた。
だが次はそう上手くいかないだろう。そして各自バラバラになって、鎧巨人の脇を通り抜ける形で、走り抜ける。そうしている内に、ハンゲツが自分にスピードアップ。
「ハンゲツ! ルガにアタックアップだ!」
「!? 判った!」
春明がそう叫ぶ。意図が判らないが、ハンゲツが言われた通りに、アタックアップをルガルガにかけた。ハンゲツのステータスアップを脅威に考えたのか、鎧巨人はハンゲツに狙いを定めた。
ドン!
振り下ろされた棍棒の一撃が、ハンゲツがいた石床にめり込む。その衝撃で、地下の広間内が地震のように少し揺れた気がした。
そしてすぐにハンゲツに二撃目を加えようとする。さっきはギリギリで避けれたが、次は上手くいくかどうか微妙な所だ。
「怯みの一撃!」
だがその前に、ルガルガの一撃が、鎧巨人を背後から襲う。気功の光を纏った鉞の刃が、鎧巨人の右足の関節を、後ろから叩きつけた。
アタックアップの付加が入った、超強力な一撃だ。
ドウンッ!
命中したと同時に、鉞の刃から、鎧巨人の脚に、青い光の衝撃波が、波紋のように広がる。すると鎧巨人の右足の関節が曲がり、そこから身体が右向きに崩れる。世に言う膝カックンである。




