第二十六話 ドロップアイテム
そして早速、この地下道の敵と対峙することになる。先にこちらから接近し、それに反応して近寄ってきた魔の卵は、今まで見たこともないモンスターに変異した。
「あれは霊体型の無限魔ね」
それは黒い外套のようなものを身に纏った、宙を浮く怪人であった。全身を外套ですっぽり覆い隠して、手も足も見えない、てるてる坊主のような姿である。頭部はフードを被っており、顔の部分には闇が広がっていて、そこに二つの光る目がこちらを睨んでいる。
第一話開始後に数分で死亡した、切ないヒーローを思い起こさせる姿だ。その外套怪人が三体、こちらと対峙した。
「あの手の無限魔は魔法を使ってくるわ! 気をつけて!」
ハンゲツがそういった矢先、その外套怪人が言うとおりに魔法による攻撃を放った。外套怪人の目先数十センチの空間に、白い光の粒子が発生・収縮したかと思うと、そこに太い氷の棘が出現する。
そしてそれらの棘が、矢のように彼らに次々と発射された。
それらの攻撃に、春明は横に走って回避。ルガルガはハンゲツの前に出て、鉞を振って、その棘を空中で叩き落とした。
「ぐっ!」
だがルガルガは、二発目までは受け止められたが、三発目は対応しきれず、その攻撃を受けてしまった。氷の棘が、彼女の胸に直撃して、四散する。
彼女の屈強な身体を、串刺しにするほどの威力はなかったが、その衝撃は胸アーマーを通って、ルガルガの肺を圧迫させて、少なくないダメージを与えた。
「ルガルガ!」
彼女に守られる形になったハンゲツが、即座にルガルガにスピードアップをかける。敵の攻撃の第二波が来る前に、二重にかけるのが間に合った。
「はりゃあっ!」
斧の動きがさっきより遥かに早くなり、氷の棘を瞬く間に叩き割った。春明の方も、それらの氷の棘を、数発は避けて、一発は刀で弾き壊して防いだ。
「春明! 私の援護が全部終わるまで、力を溜めてて!」
「おっ、おう!」
すぐにでも敵に斬りかかりそうだった春明を、ハンゲツがそう言って制止する。ゲームではこういった連携は、プレイヤー一人の意思に委ねられていたが、現実ではそうはいかないようだ。
即座にハンゲツは、二人にアタックアップとスピードアップをかける。そして攻撃力が増幅された二人が、一気に突撃する。放たれる魔法を、素早く二人が武器を素早く振り回して、全て弾き返す。
最初に間合いに入ったのは、春明であった。春明の刀が青白く光る。それだけでは終わらず、その光の刀身が、如意棒のように一気に伸びた。
これは《気延撃》という、長い刀身で、複数の敵を纏めて斬り払うスキルだ。ゲームでは主人公の全体攻撃スキルだった。ハンゲツの話しだと、この世界では、巨人などの大型の敵の身体を斬るのにも、有効であるという。
ザシュウウッ!
長い刀身が、三体の外套怪人の胴体を、纏めて切り裂いた。胴体の三割ほどが切断され、三体は大きく仰け反って後退する。
そのすぐ後に、ルガルガが遅れて(鉞の重量のせいか、走る速さは春明よりずっと遅い)攻撃した。
「大打撃!」
春明が無言でスキルを放ったのとは対照的に、こちらは技名を大きく叫ぶ。鉞が青い気功の光に包まれる。そしてまだ敵の間合いに入る前に、鉞が何もない空中に大きく振られた。
ちなみにこの時春明は、鉞の巻き添えを食わないように、姿勢を低くしていた。振られた斧の軌道から、空気が歪み、爆風のような衝撃派が発射された。
ドドドンッ!
それらの衝撃波が、外套怪人達を叩き伏せた。さっき春明に斬られた部分から、外套怪人達の身体が紙のように曲がった。
それが致命傷になったようで、外套怪人達は、あの甲冑幽霊と同じように、白い蒸気となって消滅した。
カラン!
「うん? 何だこれ?」
外套怪人を倒した直後、敵が消滅した直後の地面に、何かが落ちる。それは透明なクリスタルのような鉱石であった。両端が尖った四角柱型の石が、カラカラと石床を転がる。
「それは魔石ね。この手のモンスターを倒すと、よく落とすのよ」
ハンゲツが解説してくれたその名前に、春明は聞き覚えがあった。
「どうもこの霊体の、力の核らしくてね。その部分を壊さずに上手く倒すと、こんな風に、消えた後にポロリと落ちるのよ。とりあえず拾っておいたら? 街で売れば、そこそこの金になるし」
更に続けられた説明に、春明はようやく気がついた。
(それってドロップアイテムのことか!? そういや、今まで考えたことなかった!)
鶏勇者というゲームでは、よくあるRPGとは違い、敵を倒しても金は手に入らない。倒した敵が落とすドロップアイテムを、街で換金して金を稼ぐ方式であった。
最初にあった巨大蜂の場合は『飛行中の羽』。トカゲの場合は『爬虫類の鱗』と一定確率で『尖った爪』。そしてさっき倒したような、ゴースト系モンスターの場合は『魔石』。もっと上位になると『魔導石』が入手できた。
ゲームの時はそれらは、戦闘勝利後に、自動的に手に入っていた。だがこの世界では、どんなに敵を倒しても、そういったアイテムがこちらに転がってきたことはない。
今回初めて、ゲーム通りに敵がアイテムをドロップしたのだ。
(最初から金をいっぱい持ってたから、あんまり気にしてなかったけど……どうしてこいつだけゲーム通りにドロップしたんだ? 他の敵は何も落とさなかったし、死体も残ったままだったし……)
とにかく考えても仕方がないので、春明は言われた通りに、その魔石をアイテムボックスに収納した。
「便利だなそれ。どんなに重い荷物でも、楽々じゃん」
ルガルガがアイテムボックスの性能に感心している中、春明が今の全員の獲得経験値を見てみる。グッドBGMが流れなかったから、まだレベルは上がっていないはずだ。
《春明 経験値 35003/100000》
《ハンゲツ 経験値 16388/160000》
《ルガルガ 経験値 7403/32000》
経験値の上昇量を見て春明は少し驚く。各々の経験値は、前の時よりも一人につき2000も上がっていたのだ。幸運の麒麟像を装備したルガルガに関しては、6000も上がっている。
敵は三匹で、こちらは三人だったから、計算が丁度釣り合って、一匹につき2000の経験値が入ったことになる。確かにさっきの敵は、外にいた者よりもずっと強かった。そのせいか、経験値の量が遥かに多い。
(このダンジョンは……かなり実入りがいいな。それなら……)
春明は早速ダンジョンの奥を散策しようとする二人を呼び止めた。
「ちょっと待って、みんな! しばらくここでレベル上げをしよう!」
ゲームでは例え新しいダンジョンに踏み込んだとしても、すぐに奥まで進まなければいけないというルールはない。
ダンジョンの入り口近くで、経験値や金を稼ぐために、ひたすら敵を狩り続けるというのが、普通に行われる。例えそのダンジョンの奥に、囚われのお姫様が、今か今かと勇者の救援を待っていたとしても、別に問題にはならない。
そんなわけで一行は、あの悪戯幽霊の件は一先ず放っておいて、井戸の入り口近くで無限魔を狩り続けていた
。都合のいいことに、敵は倒すと、死体を残さず消えてしまう。そのため敵の死体で足下が悪くなることはなかった。
ただしこれまでと違って、気をつけなければいけない点が二つあった。それはダンジョンの崩壊の危険性。
「うわぁ……今の結構いったな」
「ルガルガ……さっきも言ったけど、なるべく派手な技は避けてくれよ……」
土埃の舞う地下の中で、ルガルガがあっけらかんと言葉を放ち、春明が少し焦り顔で突っ込む。
先程ルガルガの大打撃が、勢い余って地下の壁にぶつかってしまった。その時に地下内が、小さな地震が起きたかのように、少し揺れたのだ。
こういったことに、あまり派手にやり過ぎると、この地下道が崩れるのではないかと、春明は一抹の不安を抱いていた。
ゲームでは狭いダンジョン内で、どんなに戦っても、別にそれでその場が崩壊することはない。
例え洞窟や建物内でどんな攻撃をしても……例えば大爆発を起こす魔法や、空から隕石を落とす魔法(どういう理屈で、室内に隕石が侵入できるのか謎だが)を使っても、別に何の問題も起こらない。
だがこの世界では、今自分たちがいる場所を崩壊させないために、かなり気を遣う必要があるようだ。
「ああ、なるべく気をつけるよ。でもすぐ近くに井戸あるんだし、壊れてもすぐ逃げれるだろ?」
「まず壊れること自体がまずいんだが……」
もう一つの問題は、こちらの消耗だ。ここの敵はかなり強く、こちらもあまり余裕を持った戦いができない。残りSPなど気にせず、がんがんスキルを使い続けなければ、まず勝ち続けることは不可能だった。
ゲームの時のお馴染みの方法であった、通常攻撃を使い続けてSP回復→永久的に戦闘継続という手法は、今の時点では無理である。これはゲームの方でもあることであったが。
だが今に関しては、別の方法でそれは一時解決である。何故なら春明は、ここに来る前に、大枚はたいて大量の回復アイテムを購入していたからだ。
ゲームならばダンジョンと街の宿を、盛んに行ったり来たりしていたが、今は大丈夫である。金に余裕があるというのはいいことだ。
(それにしてもスキルポーションって、こんなに回復が早かったかしら?)
赤い液体が入った、小さな栓付き瓶=スキルポーションの中身を飲み干したハンゲツが、そんな疑問を抱いていた。
ゲームでは回復アイテムを使うと、HPもSPも、一定量が即座に回復していた。現実に考えれば、これはとんでもない即効性である。
この世界で、彼らが使う回復アイテムは、ゲームほどではないが、通常より遥かに越える速さで、彼らに回復の恩恵を与えていた。
「もう済んだわ! じゃあいくわよ!」
先程の戦闘で、SPが心許なくなったハンゲツだが、もうSPが全快した。そして一行は、次の魔の卵に激突した。
《ルガルガのレベルが上がりました》
「おお、やったぞ! またいったぁ~~~!」
レベルアップの音声を聞いて、舞い上がるハンゲツ。レベルの話しは半信半疑だった彼女だが、ここで無限魔を倒し続け、最初のレベルアップをしたときに、ようやく信用した。
春明以外のパーティーメンバーも、問題なくレベルアップができたのだ。無限魔を殺し続けるだけで、どんどん強くなっていけるという状態に、彼女は進んでレベル上げ作業に没頭している。ちなみに今の一行のレベルと獲得経験値は以下のよう。
《春明 Lv40 経験値 94587/100000》
《ハンゲツ Lv42 経験値 75972/160000》
《ルガルガ Lv39 経験値 1153/80000》
レベルアップしたのは、現時点ルガルガだけである。彼女は初期レベルが一番低く、尚且つ幸運の麒麟像の効果で、一番レベルが上がりやすかったためだろう。
そして今のルガルガのステータスは……
《ルガルガ Lv39 HP 410/480 MP 112/190》
《可能装備 武器/斧・大剣・鈍器 身体 和服・洋服・和鎧・洋鎧・プロテクター》
《武器/狩猟用大斧 身体/ガルディス産プロテクター 装飾1/幸運の麒麟像 装飾2/ 装飾3/ 》
《攻撃力 1075 防御力 540 魔力 70 敏捷性 11 感覚 60》
数値だけを見れば、確実に力が伸びている。鍛錬によって、力が伸びることはあるが、僅か数時間戦っただけで、ここまで力が伸びることは普通はない。
原理は不明だが、春明とパーティーを組むと、こんな風にゲーム式に力を伸ばすことができるようだ。
「ねえ……そろそろ休憩しない?」
もう百回近くは戦闘を繰り返しただろうか? 延々と同じ作業を繰り返す行為に、ハンゲツは少しやつれた様子で、そう口にする。SPの残り値など、理論上ではまだまだ戦闘をすることができるのだが、やはり精神的な疲れというのものがあるのだろう。
「おいおい、だらしねえな。俺はまだまだいけるぞ!」
「俺も少し疲れた。これ以上やると、集中できなくなって、敵にやられるかもよ?」
「ん~~しゃあねえな。じゃあ上の寺で休むか」
春明の勧めもあって、ようやく休憩時間がとれる。最初に井戸に入ったときは、ルガルガが一番乗り気でない風だったのに、今はすっかり立場が逆転していた。




