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第二十一話 ガルディス村

 ホタイン族とは、テツ大陸に、純人(=普通の人間)に次いで数多く暮らしている、牛型の獣人族である。

 牛のような角が頭部の両側に生えており、牛のような耳と尻尾が生えており、足も牛のような形状になっている。また全体的に、純人よりも体格の大きな者が多い。生まれつき平均の純人以上の、強靱な肉体を持っている

 その反面、魔力は弱い。また純人よりも、知性が劣るとも言われている。最もこれに関しては、明確な裏付けがなく、単なる偏見という意見がある。


 春明達はようやく、そのホタイン族が暮らす村の一つである、ガルディス村に到着した。時刻は既に九時になっており、夕食をとるには遅い時間帯となった。早々に宿を探す方がいいだろう。


「結構厳重だな」

「まあ、無限魔に取り囲まれた生活だからね。でもあんなので、何かあったときに、防げるものかしら?」


 村の周囲には、5メートル以上の、高い木の塀で覆われていた。前にの村での、区画線よりは、遥かに厳重であろう。門は鉄作りで、上部には物見櫓のようなものが立っている。


「さて、まずはこの門を潜らなきゃだけど……」


 まずどうやって開けて貰えばいいのか。本当なら門番に聞くべきなのだろうが、生憎門の前にそれらしき人は見当たらない。この状況でいるとしたら、上の物見櫓であろう。

 屋根のない簡素な木製の櫓を、見上げてもこちらを見張る者の姿が見えない。


「でも人の気配はするんだよな……」

「そうね。気のせいか、寝息も聞こえる気がするわ。ごめんくださーーーい!」


 ハンゲツが声を張り上げると、すぐに誰かが物見櫓の上に立ち上がり姿が見える。それは軽装の鎧と、一本の大剣を持った、若い男性のホタインであった。


「すいません、寝てました! 今開けますね!」

「えっ?」


 そう言って、彼は裏側から櫓を降りたのか、そこから姿を消す。ドタドタと慌ただしい音が、門の向こう側から聞こえてくる。そしてあっさりと、頑丈な門は開け放たれた。


「ガルディス村です! ようこそ!」


 RPGの村人Aのような台詞を言って、その門番は春明達を村内に入れてくれた。門番は初めて見るホタイン族だ。

 ゲーム通りに、顔の両脇にある耳は牛耳であり、頭には角が生えている。尻からは、穴の開いたズボンから、筆のような牛の尻尾が生えている。

 そして彼の脚部は、白い毛並みで覆われている。足には履き物を履いておらず、茶色い蹄のついた、動物の足となっていた。


「門番は寝てるわ、こんな身元も確かめずにあっさり入れてくれるわ、この門と塀の意味って何?」

「まあ、魔物を通したわけじゃないんだし、別にいいんじゃないの?」


 大分呆れながらも、二人は村の中へと入っていく。内部は今まで見てきた村と違って、王道なファンタジー風な村と言った感じであった。

 畑と家屋がまばらに存在している。家屋は今までの村と変わらない様式だが、大きさと数は、今までより小規模であった。もう夜であるためか、人の姿はない。ただし幽霊はいた。


「ちょっと、あんた何やってんの?」


 ハンゲツが声をかけたのは、とある家屋の壁に、何か作業をしている幽霊であった。

 姿は小さい子供で、やはり身体が透けている。透けていなければ、普通の村の子供であるし、この国では別段珍しがることではない。ただこの時間帯に、外で何か仕事をしているの珍しい。

 それで声をかけたのだが、少年はこちらを見て、少し驚いたように目を見開くと、大慌てでそこから駆けだした。


「ちょっ、ちょっと待ってよ!」

「へんだ! 捕まるもんか!」


 何か悪いことをしたかと慌てたが、どうやらそれは向こうの方だったらしい。手に何故か筆のような物を持って、村の外へ走り出す。

 そして飛び跳ねたのか、幽霊らしく浮いたのかは謎だが、村の塀を跳び越えて姿を消した。ますますあの塀の意味が分からない。


「逃げた理由はこれか?」


 春明は幽霊少年がいた、家屋の壁を見てみると、そこにはあの筆で書かれたらしい、動物の絵が描かれていた。どうやらあれは、この壁に落書きをしていたらしい。


「落書きとは随分やんちゃなこと……て、これって本当に子供の落書き?」


 そこに書かれているのは、よく小学校のお絵かき大会で飾られるような、単純な絵柄ではなかった。

 描かれているのは牛の絵なのだが、これが実に見事。体型は崩れておらず、実にバランス良く描かれ、足の太さや長さ、目や鼻を含めた顔の輪郭など、実に細かく本物に忠実に描かれている。

 まだ描きかけだったのか、下半身が出来上がっていないが、まるで今にも動き出しそうな、芸術的な動物絵である。


「すげえ上手いな! でも幽霊だから、子供とは限らないんじゃねえの?」

「そうだけど……そもそも何でこんなの描くのかしら?」


 宿を探そうと村内を歩くが、各地の建物にも、同じような落書きが頻繁に描かれていた。どれも実に優れた出来映えの絵だ。何でこれほどの腕を、こんな悪戯に使うのか?


「もしかしたら、村から頼まれて、壁絵を描いているのかしら?」

「じゃあ、何で逃げたんだよ?」


 そしてもう一つおかしなこと。


「何で道ばたにこんな石ころがあるわけ?」

「ホタインの風習とかじゃ、ないんだよな?」

「さあ? 村の風習なんて、村によって色々違うし……」


 村内を伸びる道々には、何故か数十キロはありそうな、大きな石が、そこら辺に無造作に置かれている。明らかに通行人の邪魔である。これが村の芸術的風習ならば、実に村外の者に迷惑な風習である。






 このホタイン族の集落であるガルディス村の、ゲームでのイベント内容はこうである。

 ある日から村の中に、人を襲う亡霊が現れる。その亡霊は、多くの人々を傷つけ、死人まで出す。村の者も立ち向かおうとするが、亡霊は人を襲った後、すぐに村の外に逃げ出してしまう。

 その亡霊は、かつてどこかの霊術士が召喚したのもので、長い年月現世に存在しているうちに、魂が強化され、霊術士から魔力を貰わなくても、実体化して現世を彷徨っている、はぐれ幽霊であった。

 そのはぐれ幽霊が、森の中にどこに隠れているのか判らず、討伐は困難になっていた。憲兵隊に頼もうとしたが、結界と思われる不思議な力で村が覆われ、外に助けを呼ぶことが出来ない。

 この村に訪れた主人公(主人公補正の不思議パワーで、結界を通り抜けた)は、その村で出会ったホタイン族の少女と意気投合し、そのはぐれ幽霊の討伐に向かう。

 森の中の廃寺の井戸の底に、奴のアジトを発見。そこで共に協力し、そのはぐれ幽霊を見事討伐。そして元々冒険に憧れていたホタインの少女も仲間になり、彼らは村を後にする。






 村の中の宿にありつけた春明達。ここも宿と飲食店が一緒になっている感じの店であった。

 ただし以前泊まった所よりも、少し小さい。また飲食店の方も、時間のせいなのか、元より客足が少ないのか、現時点彼ら以外の客の姿がない。


「いやあ、驚いたよ! まさかこんな村に、旅人が来るなんてさ。泊まりの客なんて久しぶりね!」


 飲食店で少し遅い夕食をとる春明とハンゲツ。あまり広くはない、木製の床と壁に覆われた食堂の中。椅子二つの小さなテーブルに向かい合って、二人は食事を取る。

 食べているのは、豚肉の照り焼き。何故かこの店では、豚肉料理が妙に安かった。そして食べている途中で、店のコックも兼ねていた中年女性のレグン族の店員が、こちらに話しかけてきた。


「やっぱ、ここに来る人あまりいないんですか?」

「そうなのよね~~。今この村、活動地区に囲まれちゃったからね~~。皆この村の道を避けていくのさ。おかげで外から入ってくるのが随分減って、逆に中からどんどん人が減って、本当大変なのよ……」

「それ今時珍しい話しじゃないけどね……」


 無限魔活動地区に、近いか遠いか。そして出現する無限魔の強さはどの程度か。それによって、各集落の人々の行き来が大きく変化した。

 一方の集落が、無限魔を恐れてどんどん寂れる。それとは別の一方の村が、もう一方の集落から人が流れて、どんどん人が増える。そんな集落の差別化が、今世界中で起きているのだ。

 このガルディス村は、不幸なことに前者となってしまったようだ。


「それでお客さん達は、何でこんな村に? 何だか迷い込んだってわけでもないし、霊術士と赤森のレグンの組み合わせなんて変わってるし……」

「えっ? ああ、ええと……」


 物珍しげに聞いてくる店員に、春明は返答に悩む。ここに来て、まずどのような行動を取るかも、全く決めていなかったのに、まさかいきなりこのような問いかけをされたのだ。


(え~~と、どう説明しよう? まさかゲームのシナリオ通りに来たので、何も考えてません!なんて言ったら、怪しまれるよな……。いっそゲーム通りに記憶喪失設定で……)


 彼が悩み始める横で、先にハンゲツが口を開いた。


「私達は二人で世界を回る旅を始めたのよ。いずれは別の大陸にも行く予定よ。でも二人だけじゃ、何か危ないんじゃないかと思ってね。今の時代、無限魔とかがいて物騒だからね。そう思ったら、近くにホタインの村があるって聞いて、こっちに寄ってみたのよ。ホタイン族ってのは、腕っ節が強い人が多いですからね。そこでなら旅に付き合ってくれるような人が見つかるかも知れないと思ったの。この村で、それなりに戦いに自身があって、旅に付き添ってくれそうな人っているかしら? こっちの事情で、できれば女性がいいんですけれど」


 すらすらと答えてくれるハンゲツ。言ってることは、全てが嘘ではない。その上、仲間集めのフラグも、きっちり作ってくれていた。


「成る程ね……。まあ村を出たがってる人は、沢山いるけど、ここには出たくても出られない事情の人が多くてね。……あっ、そうだ!」


 店員が、いいこと思いついたという風に、明るく声を張り上げた。


「サウスさんとこのお嬢さんがいいよ! あの子、腕はそれなりだけど、怠け者でだらしないし。連れていってもらうと、むしろこっちが喜ぶぐらいだしね!」

「ひどい言われようだな……」


 もう遅い時間帯なので、彼女を訪ねるのは明日にすることにする。もう一つ気になるのは、本来この村で起こるイベントのことだ。それもハンゲツが、先に質問してくれた。


「そういえばこの村って、幽霊のことで何かあります? さっきおかしな子供の霊にあったんですけど……」

「ああ、あの子ね……。最近この辺りに来て、変な悪戯ばかりしてるのよ」

「悪戯ですか……」


 あの芸術的な絵は、やはり悪戯の落書きであったらしい。


「よく人のいない時間帯に出てきては、あちこちに落書きしたり、道にどっかから拾ってきた石を置いていったりって、本当に困った子よ……。まあ落書きの方は、むしろ気に入ってそのままにしてる家も多いけど」

「はあ……討伐とかは?」

「何度か捕まえようとはしてるけど、何とも逃げ足が速くてね。多分森のどこかに隠れてるんだろうけど、それがどこかも判らなくて。だからといって、この程度のことで、遠くまで行って憲兵を呼ぶのも、何か気に引けるし」


 一応最後の部分だけ、ゲームのシナリオに即してはいた。






 食後春明達は、二人分の部屋を取った。先程の戦闘で、疲れもあるので、早めに寝ようかと思ったが、何故かハンゲツが、妙に不思議そうに口を開いた。


「何か変ね……どうも納得いかないわ」

「今さらなんだよ? あちこち変なのは、お前だってもう充分判ってるだろ?」

「まあ、そうなんだけどね。でも今回のことで、また思うことがあってさ。この村で起きてる幽霊騒ぎ、あんたの言うゲームと比べると、随分被害が優しくなってない?」

「まあ、それは俺も思ったけど……」


 ゲームではこんなチマチマした悪戯ではなく、直接人的被害が出ていた。作中の台詞から、死人もかなり出ているようであった。

 だがこの村では、幽霊が騒ぎを起こしているという点以外、イベントの内容ががらりと変わっている。


「まあゲームマスターも、さすがに人死にはやばいと思ったんじゃねえのか?」

「そう! 判らないのは、そのゲームマスターよ! この世界に無限魔が出たとき、尋常じゃないぐらいの人死にが出たわ。もしこれがゲームマスターの仕業だとしたら、そいつは目的のためなら、犠牲が出ても構わないっていうマッドな奴になるわよね? それだったら、そのゲーム通りに、人を襲わせるぐらい、平気でしそうだけど……」

「まあ……言われてみれば……」


 無限魔の出現と、今自分たちがやらされているゲームは、実は無関係なのだろうか? そもそもゲームマスターは、こんな茶番をやらせて、一体何がしたいのか?

 はっきりしないことが多く、色々もやもやしたものが残ったまま、二人は一泊することになる。


「ところでハンゲツ。何で俺とお前と、一緒の部屋を取ったんだ?」

「何でって、その方が宿代安いからだけど?」


 一部屋に二つのベッドで横たわった状態で、春明が素朴な疑問を口にするが、何故かハンゲツの方がそれが当たり前と不思議そうだ。


「いやいや……一応男と女だぜ? いくら仲間でも、ここは部屋を分けるべきだろうが!」

「子供が随分変なこと気にするわね……。私は別に構わないからいいじゃないの」

「子供? いや俺は……まあいいや」


 そのまま春明は、黙って眠りにつく。そうして夜は、静かにふけていく。


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