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第二話 初セーブ

 ……とまあ、これが彼に頭にある、ここに来るまでの最後の記憶である。


(ここどこだ? 近くの公園とも違うし……。うん? 何か足が変だな)


 首を捻りながら困惑の沈黙を続ける彼だが、ふと自分のいる地点とは別の、自分の身体的な違和感に気がついた。

 彼は頭を下げて、自分の両足の足下を見る。


(俺こんな靴持ってたっけ?)


 今自分が履いているものは、彼にとって見覚えのないブーツである。彼の目から見える自分の足と比べると、かなりサイズが大きめだ。

 これだと指先から感じる靴の内部は、かなり中が余っているはず。だが何故か彼の脳が感知する足先の感覚は、このブーツとピッチリ合っているのだ。


 しかもそれだけではない。靴の中にあって、彼の視覚には入らない自分の指。その指の感覚が、何故か三つしかないのである。

 人ならば本来指が五本。だが彼が指を少し動かそうとしても、動かせる指の感覚は三本分しかないのである。しかもそれとは別に、踵の方に、指とは別の妙な感覚もあった。


(おいおい……どうなってんだよ)


 まさか指を欠損したり、踵に出来物が出たりしたのかと焦り、前屈みになってブーツを脱ごうとすると、彼は更にあることに気づく。


「……着物?」


 この場所に現れて、彼は初めて唸り声以外の肉声を発した。彼が疑問に思ったのは、靴だけでなく、自分の全身の服装であった。

 自分が着ているのは、彼にとってはあまり身近でない着物である。神職服のようの白い生地の着物に、細い軽杉。このような和風な出で立ち、彼は初めて着るものだ。

 もしかしたらずっと小さい頃に、どこかで和装したかもしれないが、少なくともその時の記憶は彼にはない。時代劇やアニメの和風キャラを見て、和装に日本刀は格好いいなと思ってはいたが、それを自分で身につけたいと思ったこともない。


(何か頭と腕にも何かあるな……)


 彼が足とはまた異なる違和感に気がつく。とりあえず頭に被っている帽子を外そうと、上に手を伸ばしたときだった。


(うおっ!?)


 彼以外には何もなかった森の中に、突然現れた何かに彼は目を見開き、驚いた拍子に前屈みの体勢から転んで尻餅をついてしまった。

 彼の視線の先、彼から一メートルに満たない近距離に現れたそれは、空中に浮かぶ小さな窓のような物体であった。いや、もしかしたらそれは、実体のあるものではないのかもしれない。


(ゲームのウィンドウ画面か?)


 それは彼にとって見慣れた物でありながら、ここで初めて見るものである。

 そこで浮かんでいるのは、横に少し長い長方形の、ガラスのように薄く、少し透けたもの。白くて細い額縁の中に、青黒い半透明の薄い何かが収まっている。映画のスクリーンや立体映像のような、実体を感じさせない窓枠だ。

 これは浮かんでいる窓と例えるより、浮かんでいる黒板という例えの方が適切かもしれない。その窓の中には、枠と同じ色の白い文字が描かれていたからだ。

 パソコンのワードで書いたような印象を受ける字体で、それらの文字は繋ぎ合わされ、確かな日本語の文章が構成されている。その文章にはこう書かれていた。


《本編が始まります。最初にセーブしますか?  はい/いいえ》


 それは彼にとって実に身近な文章だった。フリーウェアに限らず、ゲームをプレイする上で、数限りなく見るだろう文章である。

 しかしそれはあくまで、ゲーム機やパソコンのスクリーン上で現れるものだ。このような肌で風を感じるような、現実的な空間でお目にかかるものではない。


(セーブって……これって完全にゲームの文字だよな? どうすりゃいいんだ?)


 これは確かにゲームで、プレイ結果を記録するために出てくるような文章である。ゲームを記録するときはセーブ。記録したデータからやり直すときはロードである。


「ええと……じゃあセーブします」


 困惑のまま、小声で彼はそう口にする。だがこのウィンドウ画面には、何の変化も起こらない。この時自身の声に違和感を覚えたが、今はそれを気にしている余裕もなかった。

 声が小さいからかと思ったが、ふと別の可能性を思い至って、彼はウィンドウ画面に手をつけてみた。彼の右手の人差し指が、パソコンのキーボードを打つように、ウィンドウ画面の《はい》の部分に押しつけられる。


 ピッ!


 機械的な小さな起動音が鳴ると、突然そのウィンドウ画面が、カーテンを引くように一気に縦に縮んで消滅した。

 その直後に、さっきとは別のウィンドウ画面が、カーテンを開けたように唐突に現れる。二つ目に現れたそれは、さっきのものより、ずっと大きい。


(やっぱりセーブ画面だな、これ)


 そこには二つの画面が右横・左横に並んでくっついていた。

 左横の画面には《セーブ1・セーブ2・セーブ3・セーブ4………》と言った具合に、セーブという文字列が、上下にずっと並んでいる。

 そのセーブの文字の下に、また不自然な画面の空白がある。そしてもう片方の画面には、現時点何も表示されていない。

 彼は試しに、セーブ1に指を当ててみる。するとまたピッ!という選択音と思われるものがなると、今まで空白だったセーブ1の項目に、何かの文字が表示された。


《セーブ1 ゲール王国の森林1 エリアA》


 そこには書かれていたのは、この場所の地名だろうか。少なくともゲール王国などと言う国名は、日本では知られていない。

 そして隣の全く空白だった画面にも何かが表示されている。それは履歴書のような、人の顔写真が張られていた。

 そこにあるのは帽子を被った童顔の少年。紛れもなく、今ここにいる無表情の彼の顔であった。そしてその顔写真の隣にも文字が書かれている。


《春明 Lv20 HP160/160 SP60/60》


 とまあ普通の人ならば、意味不明の文字が書かれている。最初の文字は《はるあき》とでも呼ぶのか、人名のように見える。

 そしてその顔写真と文字は、右画面全面に表示されているのではない。縦長の画面の上の方にあり、その下には更に数人分の空きがある。


(ゲール王国? それに春明? それって確か……)


 だが彼にはこの名前には両方に覚えがあった。片方は実際に存在する地名ではなく、自分がプレイしたゲームの中での知識で。


(確か……麒麟勇者で最初に冒険する国だったよな? それに春明ってのは、主人公の名前だし。てことはやっぱこれはゲームのセーブ画面? プレイ時間は書いてないけど……)


 それはフリーウェアのソフトで行うセーブの手法と全く同じ。セーブするとこうして、セーブ地点の名前と、プレイしているキャラクターの名前と状態が表示されるのだ。

 不思議に思いながら彼は、その画面に表示された自分の顔を見てみる。


「誰だこのガキ? いや……よく見るとゲームのキャラ絵に似ているような……」


 何故か彼は、そこに表示されている自分の顔を見て、疑問を口にしている。まるで他人の顔を見ているような口ぶりだ。それはさておき彼は、再び考える。


(確か2週目やろうとしてたんだよな? あの時、少し眠たかったし……もしかして疲れてパソコンの前で寝ちまって、自分がゲームキャラになった夢を見てるとか?)


 彼にとって、今一番可能性の高い事態を思いつく。だとしたら大変だ。ゲームしたまま、パソコンの前で寝るなどはしたない。すぐにでも起きなくては。


(そういやこれ、どうやって消えるんだ?)


 未だに目の前に表示されたままのセーブ画面。ゲームではウィンドウ画面を消すとき、彼はいつもパソコンのXのキーボードを押していた。

 だが今の場合どうすればいいのか? 試しに画面の適当な所を触ってみても、何の変化も起こらない。


(この場合念じればいいのか? ええと……消えろ!)


 ピッ!


 適当にそう考えて、適当に念じるような思考をしてみると、ウィンドウ画面はまさに、ゲームと同じような風に消えてくれた。

 今まで存在していた、不可解な異物は消えて、森の中に再び彼しかいなくなる。


(しかし夢と考えるにしては、妙に現実感があるな。いやむしろ現実よりも感覚が高いような……)


 森の中を流れる空気の流れ・地面の土の匂い・近くを歩く虫の足音。それら全てが、実に鮮明に五感を通して彼の脳に伝わっていく。

 以前山の中を歩いたときは、これほど自然の息吹を鮮明に感じ取れることはなかった。現実よりも夢の世界よりも、感覚能力が上がっているように思える。


(まあこれが夢か現実かはさておいて……ゲームの世界の最初の場所なら、まずここから……)


 彼がゲームの序盤の展開を思い出そうとしているとき、まさにここで王道的な展開が訪れようとしていた。

 何かが、こちらに近づいてきている。以前よりも五感が上がった彼は、足音が聞こえるよりも前に、それの存在に気がつき、そっち方面に目を向ける。何かしら、生ゴミのような嫌な匂いも感じる。


(おいおい……まさか、来るのか?)


 何か大きなものがこちらにノシノシと接近している。山の中で出会うものと言ったら、鹿や猪、熊などが定番である。

 鹿ならばともかく、猪や熊はかなり不味いだろう。まあ熊は音を立てれば、向こうから逃げていくというが、今の場合はどうであろうか?


 やがてそれは彼のすぐ近くまで寄り、大木の木の幹の影から、その正体を見せる。


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