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第十一話 初宿屋

『さて次のニュースですが、最近増加している、リーム王国及び、ギン諸国連合からの移民ですが……』

(ええっ!?)


 宿屋と思われる所に入ったとき、彼はそこでおよそファンタジー世界には似つかわしくない声を聞いて、目を丸くしてその声の方角を見た。

 玄関から入ると、宿屋の中にはまず正面に客を受け入れるためのカウンターと思われる所がある。そこに座り込んでいる二十代ぐらいの若い女性店員が「いらっしゃませ」と言って、優しく挨拶してくれた。ちなみにその女性店員は幽霊である。


 カウンターの直ぐ隣に上への階段があり、恐らくその先に、客席があると思われる。右手の側の道の先に、食堂と思われる部屋が見える。

 カウンターに一つ挨拶して、そっちの方に入ってみる。そこには結構広い部屋の中で、多くの木製の椅子と机が並べられた、レストランのような部屋がある。そこには時間帯が合っていないのか、今は客は一人もいない。

 そしてその部屋の一角、多くの客席から見えやすいような位置に、何とテレビがあった。少し小さめの薄型テレビで、元の世界にもありそうなデザインである。

 そこは今電源が入っており、そこにはゲール人と思われる褐色肌の若い女性が、紙面を読み上げながら、色々喋っていた。どうやら今はニュース番組をやっているらしい。


(何か当たり前のようにテレビがあるんだけど……ファンタジーぽさが一気に落ちたような……いや別に変じゃないんだけどね)


 ゲームの時にも、この世界には機械文明が発達している設定の国があった。そこには機械型のモンスターなどとも戦ったものだ。

 だが少なくとも序盤に冒険する、ゲール王国には、そのような機械文明の影は微塵もなかった。


(まあ……当然だよな。一部の国にだけロボットを作れるだけの技術があって、他の国は全部原始的な生活を送ってるなんて、普通はありえねえし)

「お客様、どうされましたか?」

「ああっ、すいません!」


 カウンターの女性の声に我に返り、彼は慌ててカウンターに戻る。入ってきて、いきなり変なところを見せてしまった。


「予定はまだ決まってませんが、しばらくここに滞在しようと思ってます。とりあえず十日分とろうと思ってますが、幾らになりますか?」

「十日分ですね? でしたら1500ゼーニになります」


 この世界の市場は知らないが、宿に10日はいるということは、結構な額になるはず。だが彼は余裕であった。

 彼はウィンドウ画面を開き、お金が開いている覧を押す。すると引き出し金額を決めるウィンドウが出て、彼はそこから1500の数値を入力した。


 ジャラジャラ!


 カウンターの机の上に、何もない空間から落ちてきた、虹色の貨幣が、ジャラジャラと落ちてくる。

 この虹色の貨幣には、表面にこっちの世界のセーラー服のような服を着た少女の姿が描かれている。これは「ワタナベコン硬貨」と言って、一枚で100ゼーニの単位である。

 だから机の上には、全部で十五枚あるはずだ。これを見て、何やら女性は目を大きく開けて驚いている様子だ。


「ええと……これでいいですよね?」

「えっ!? ああ、はい! 大丈夫です!」


 ちょっと心配になったが、女性の言葉に春明は少しホッとした。ゲームでは何処の国に行っても、使用するお金は共通だった。それがこの世界にも適用されるのか判らなかったが、どうやら大丈夫のようだ。


「ええと……今のって? 何か四角い変なのが浮いてましたけど?」

「!?(これって他人にも見えるのか!?)……まあ、魔法みたいなもんです」

「お客様はレグン族のようですが、魔法を……いえっ! 失礼しました!」


 一応それで納得させて、彼は鍵を受け取り、自分のしばらくの拠点となる部屋へと足を進めた。






 鍵に記された番号通りに入ると、そこは一人部屋の個室。灰色の壁に覆われた小さな部屋に、テーブルや椅子があり、白い毛布が敷かれたベッドがある。

 一人部屋だから当然だが、昔止まった日本の旅館と比べると、かなり狭い部屋だ。ちなみに聞いた話だと、この宿には風呂はない。入浴したい場合は、村の中の銭湯に行くのだそうだ。


 部屋の壁の一角には、長方形の大きな鏡や、丸時計も設置されていた。彼はその鏡の前に立ち、自分の顔をマジマジと見つめる。この世界に来てから、自分の顔をはっきり見るのは、今が初めてである。


「やっぱりこうなってたんだな……これなら俺の理想を正当化できるか?」

《この変態が》


 隣でウィンドウ画面が突っ込んだ気がしたが、彼は別にそれを気にすることはなかった。






 太陽がすっかり沈み、暗くなった時間。この世界の時刻の計り方は、元の世界と同じだった。現在七時四十分の時刻である。

 春明は先程も見た食堂に足を運び、そこで一人で椅子に腰掛けて、この宿から出される料理を食べていた。

 フォークを器用に動かし、皿から口に運んでいるのは、元の世界で言えばスパゲッティに相当する料理。こちらの料理の名前は、元の世界と違っていたが、メニュー表に写真が載っていたので、問題なく注文することができた。


『無限魔による食肉製品の供給過多は続き、政府では国民の狩りを制限すべきという意見も……』


 物を食べながらも、食堂のテレビからもたらされる情報はしっかり聞いている。この世界の情報も、可能な限り知っておくべきだろう。

 ちなみに今この食堂には、他に十人ほどの客が食事をしていた。この店は、宿泊と飲食店の両方の商売をしているらしい。春明が見たところ、今この宿に部屋を借りているのは自分しかいない。他の客は、ただ食事だけをしに来た客だ。なお部屋を借りる代金と、食堂での食事代は、別払いであった。


 その他の客であるが、春明がテレビに注目している一方で、客の方はその春明に関心があるようだ。先程からチラチラと、彼に目線を向ける客も多い。それには春明も気づいている。


(憲兵所での話しがもう噂になってるのか? まあ、そうでなくてもこんな珍しい身なりの子供が、一人でこんなところにいたら変か……)


 実は先程の憲兵との会話で、うっかり質問し忘れたことがあった。今から人に聞いてみようと思ったが、初対面の客にいきなり話しを投げかけるのも、変に思われると彼は躊躇する。

 料理を食べ終えて、彼はカウンターにお金を支払う。彼は受付の女性幽霊に、当の質問をしてみた。


「すいません、ちょっと聞きたいことがあるんですけど。この辺りに、長く使われていない、廃墟の建物とかありますか?」

「廃墟ですか? まあ、ありますよ」

「どんなところです?」

「昔の王都のほうの富豪の方が使っていた別荘です。持ち主が手放したのか判りませんが、もう十年ぐらい何の手入れもされていないのですが……最近変な人が住み着いているみたいで」

「どんな人です?」

「王都から来られた霊術士らしいです。あんな所に籠もって、何をしているのか、色々噂になってますけど」


 この話は女性幽霊も、色々不思議に思っているらしい。だが春明はこの話を聞いて、内心喜んでいた。


(ビンゴ! ゲームの展開通りだ。レベル上げをしたら、早速そこに行こう! 早く仲間が欲しいところだけど、その前に強くなっておかないとな)


 部屋に戻り、少し早めの就寝に入ろうと、着物姿のまま布団に潜り込もうとする。その際に、ふと思って自分の状態を見てみた。


《春明 Lv20 HP 122/160 SP 21/60 》

(あれ? さっきより回復している)


 先程この村に辿り着いたときは、HPが100で、SPが8であった。どうやら通常攻撃をしたり、宿屋で眠らなくても、時間経過で状態は回復するらしい。

 まあ宿屋に一晩泊まっただけで、どんな瀕死状態も全快する、ゲームの仕様の方がおかしかったのだが。


(この様子なら、レベル上げも問題ないな。館に行く前に、思いっきり経験値を溜めておこう)


 イベント前にレベルを上げておく。ゲームでは、それは普通のことであった。すっかりゲーム的な現象に慣れた彼は、そういった寄り道も、この世界でも問題出来ると、根拠もなく思っていたが……



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