第百三話 大怪獣春明
崩れ落ちる魔王城の最上階。天井にあった巨大なドラゴンの像は、見事に壊れ崩れ落ちていく。
大量の瓦礫の下の大地に雨霰と降り注ぐ。今まで魔王城の光景で、最も異彩を放っていた像はなくなったが、今はそれ以上の異彩を持つ者が、入れ替わるようにしてそこに立っていた。
「うわぁ……相変わらずでかいわね」
事態を察知して、先に外に飛び出した仲間達が、呆れながら下界からその光景を見上げている。
壊れた魔王城の最上階。その天井がなくなって、剥き出しになった決戦場ホールに、ある者が立っていた。
それは巨大な鶏だった。
軍鶏のように細くて真っ直ぐな体格を持ち、全身が白い羽毛で覆われ、恐竜のような鋭いかぎ爪を持つ、いかにも戦闘力がありそうな鶏。
しかもその巨大さが半端ではない。真上にぴっしり伸びた体高は、ゆうに百メートルを超えている。この魔王城の三分の二ぐらいの高さである。
天井が壊れたは、あの巨大生物が室内に出現したためだ。あんな巨大生物が立ち上がって、よく決戦場ホールの床が崩れない物である。
ドン!ドン!ドン!ドン!
「「ぎゃぁあああああっ!」」
巨大鶏がその場で地団駄を踏むように、決戦場ホールの床を、何度も足で叩きつける。
一見遊んでいるような光景であるが、やっていることは結構えげつない。巨大鶏は、決戦場ホールに残っていた赤森兵達を、その巨大な足で踏みつぶしているのだ。
突然の事態に気後れした赤森兵達が、次々と逃げる暇もなく潰されて、卵のようにグチャグチャと鳴り響く。
上に向かって銃を撃ったり、足を剣で傷つけたりする者もいたが、与えられた傷の深さは、この巨体からすれば微々たるものである。
ドン!ドン! ガラガラガラッ!
何でできていたのか不明だが、何千トンの体重かも判らない、この巨大生物の踏みつけに、今まで耐えていたホールの床も、ついに限界が訪れる。
円形のホールが、煎餅のように叩き割れて、下階へと崩れ落ちていく。それと同時に巨大鶏の身体も下階に沈み、足下が下の階へと沈んだ。
「変身だと!? これは……鷹丸のガルゴと、同質の能力か……」
ちなみにあのホールでの戦闘は不利と、巨大鶏出現直後に、ホールから外に飛び出して何を逃れた者がいた。それはガストンであった。
飛行装置で魔王城から少し離れた、見晴らしの良い大地に降りて、あの巨大鶏の姿を、驚愕しながら見上げている。
『うっしゃぁっ! 残ったのはお前だけだな!』
突如巨大鶏から人の声が聞こえてきた。その声は少々残響が入っているものの、間違いなく春明の声である。
魔王城外の地面に降り立っているガストンを見下ろし、そこへと飛び降りた。あの巨体にもかかわらず、自分の身長分ほども飛び上がり、そのまま隕石のごとく、ガストンのいる地面目掛けて、魔王城から飛び降りる。
ズウン!
無事に着地した巨大鶏=春明。大地が地震のように揺れ、春明の巨大な足が、少し地面に沈んでいる。
ガストンは瞬時に、連続後方飛びでそこから離れていたので、何とか踏みつぶされずにすんだ。彼女は刀を構え、突然異形な巨大化変身をした春明を、高く見上げている。
「何だそれは!? それもお前の力か!?」
『ああ、そうだ! “レグン覚醒”ていって、俺の最強のリミットスキルさ。あんまりでかくなるもんで、周りを勝手に壊しちまうから、使い処が難しいけどな』
これが春明の持つ、TP100%を消費して発動するリミットスキルである。
他の仲間の最大リミットスキルとは、あまりに飛び抜けた力に、初使用の時は皆から驚愕と羨望と少しの嫉妬を受けていた。
だがあまりに強大すぎるせいで危なっかしく、今までは開けた平野などでしか使えないスキルであった。
『この力は三分しか使えないんでな! 早々にケリを付けさせて貰うぜ!』
「何だそのウ〇トラ〇ンのような力は!?」
『お前実はオタクか?』
「うるさい! 喰らえ!」
春明を見上げる、鋼鯱の仮面を被ったガストンの頭から、空間の揺れが現れ始めた。それが波紋のように広がったかと思うと、光線のように一直線に伸びる。鋼鯱の持つ特殊能力の一つの、超音波攻撃だ。
イルカのように発せられた超音波は、あらゆるもの粉砕する力があるはずだった。それが円形に、春明の頭を覆うぐらいの断面的に拡大し、超極太ビームのように春明に襲い来る。
『うん……』
だが春明はそれでは全く堪える様子はなかった。鳴り響く狂音を空気の振動を頭に感じながらも、全く効果無し。しかも春明はその状態で、嘴を大きく開き、ガストン目掛けて何かを吐き出した。
ゴォオオオオオオッ!
口から吐き出される、いかにも大怪獣らしい、赤い大熱線。それが小さなガストン目掛けて襲い来る。
ドォオオオオン!
その瞬間、この大地が消し飛んだ。起こったのはメガトン級の核爆発をも凌ぐ、巨大なエネルギーが弾ける瞬間。
ギリギリ回避したガストンがいた大地は、その熱線を受けた瞬間に、瞬く間に蒸発し、巨大なエネルギーの波と衝撃波があたり包む。真っ赤な光と嵐が、このハガネ大陸に吹き荒れる。
変身した春明の体重にすら耐えていた、頑丈な魔王城も、それによって爆砕した。光が一瞬で収まると、そこには直径四キロ近い、見事なクレーターが出来上がっていた。
「うわぁあああっ! 派手にやったわね……。前よりレベルが上がった分、パワーもとんでもないわ」
「ここが人のいる土地だったら、どうなっていたことか……」
十キロ以上離れた場所で、高台から春明の仲間達が、この光景を見渡していた。そのあまりに凄まじい力に、呆れながら見ている。
「ガストンはどうなった? 死んだか?」
(むっ!?)
大量の煙に巻かれたクレーターの中に立っていた春明。その時、自分の背中の上を、暴走列車のような速度で駆け上がる者がいることに気がついた。
それに気がついたときには、それから繰り出される攻撃を、回避する暇はなくなっていた。
ドン!
春明の首に強い痛みが生じる。彼の背中を山登りのように駆け上がったのは、何とガストンであった。
羽毛だらけの背中を、豹をも凌ぐ高速で走り抜け、ベルトの必殺技ボタンを発動させた。
彼女の刀が白く発光したかと思うと、エネルギーの刃が伸びて、刀の刀身が二十倍以上に伸びる。そしてその如意棒のように伸びた刀で、春明の首を斬り付けたのである。
春明の体格と比べると刃は細いが、その威力は十分であった。山をぶった切ると言われる、その強大な一撃が、春明の長くて狙いやすい首に当たり、羽毛を切り裂き、皮と肉に斬り込む。
春明の身体から血が飛び出て、そこに確かなダメージを与えていた。
(ぐぅ……ほりゃあっ!)
ダメージを与えられたからと言って、それで倒せるかというと、話しは別である。どうやら春明の首は、山よりも頑丈であったらしい。春明は己の首を、ブンブンと振り回す。
大技を撃ったばかりで、身体のバランスが悪くなったガストンは、それで彼の首から振り落とされた。傷口から飛び出る大量の血と共に、ガストンが彼の首から地面に落下する。
(くうっ! まだだっ!)
地面に落下する前に、ガストンは鋼鯱の飛行装置を発動させた。足下から光のリングが生まれ、浮遊能力を経て、地面に浮き上がるが……
カン!
まるでアルミ缶を叩くような音が鳴った。首を振った後、その巨体からは信じられない、身体速度で、春明はガストンに攻撃を加えたのだ。
バランスを立て直して、空中に浮き上がったガストンに、彼の嘴が激突する。人と虫程の体格差からの、直接物理攻撃。嘴の先端が、ガストンの腹を叩きつける。
重力を下げた浮遊状態であるため、彼女の身体強度は常時と比べて、陸上動物と鳥ぐらいの差で脆くなっている。
その一撃を喰らって、内臓が破裂しそうな痛みを味わいながら、彼女の身体が隕石のように勢いよく地面に飛ぶ。
ドン!
凄まじい速度で地面に激突したからか、クレーター内部の地面が、地雷を爆発させたかのように吹き飛び、衝撃でそこに新たなクレーターを形成させる。
ガストンはその新しいクレーターの中に、身体が半分埋まった状態で倒れていた。あの攻撃を受けて、まだ身体が原型を残しているどころか、まだ息がある当たり、鉄鬼という兵器の凄まじさが判る。
だが今ここでは、春明の方が上である。
『これで終わりだ!』
春明の嘴が、青く輝き出す。それは気功の攻撃力増幅効果と、同じものであった。そしてその必殺の嘴が、動けないガストン目掛けて、振り子のように振り下ろされた。
ドン!
その一撃で、そこにあるクレーターが更に大きくなった。春明が地面に潜った嘴を引き抜く。見るとそのクレーター、中心部がとてつもなく深くなっている。
まるで地獄の底に届きそうなほど、春明の嘴は、地面を貫いていたのである。今の一撃で、ガストンは影も形もなく消滅した。半緑人であるために、肉体は後から再生できるが、破壊された鋼鯱は修復できないだろう。
『時間切れか……』
春明の身体が、突如虹色の光に包まれた。変身の時と同じ光である。光に包まれたかと思うと、春明の巨体がどんどん縮み、そして一定まで小さくなった後弾けた。
あっというまに、あの城のように大きな巨体が、この場から消えたのである。そしてその巨体の足下にあった地面には、無傷の春明が立っていた。先程の怪物が彼だったなどと、信じられない平常通りの姿である。
「よしっ、大勝利だ!」
敵はもうどこにもいない。春明は機嫌良く、そう言ってガッツポーズを上げた。




