第百話 介入者
「それで捧げるって、どこにやればいいんだ? ……おっ?」
決戦場の広間の空間に、謎の光球が現れた。円形の決戦場の四方、高さ一メートルの位置に、ホログラフのような光球。
それは薄い膜の、ガラス球のようなものである。大きさは、春明達の麒麟像を、すっぽり覆えそうだ。
「もしかして……この中に像を入れるのか?」
四つという数と、シチュエーション的にそうだろう。皆がそれで納得する。
「そうね。これで最後の仕事なのね。それじゃ春明……」
「ああ、判った……」
春明がアイテムボックスから、四つの麒麟像を取り出す。そしてその内の一つを、その宙に浮く光球に重なる位置に、持ち上げてみた。
(おおっ!?)
すると麒麟像が、春明の手から勝手に離れた。重みが急になくなり、風船のように浮き上がり、光球の中にすっぽりとはまる。
すると麒麟像の目の部分が、怪しく発光。光球全体の色も、鮮やかな極彩色に変化した。どうやらこれに麒麟像を重ねるのが正解だったようだ。
(よし……それじゃあ残りもさくさくと……)
春明が残り三つの光球に、残りの麒麟像を捧げようとしたときだった。
「悪いがそれはやめてもらおうか……」
春明達以外は、無限魔しか生息していないはずの魔王城の中。その中で、封印を行おうとする春明に、明らかな意思を持った、第三者の声がかけられた。
(はぁっ!?)
唐突な言葉の横やりに、一行は驚きながら、その声の方向に向く。そこにはいつの間にか人がいた。この決戦場ホールの出入り口。その先に階段があるだろう通路に、数人のレグン族がいる。
灰色の着物の上に赤い羽織、腰には刀を差した、新撰組の色替えバージョンぽい衣装。これは赤森王国の軍服である。
腹部には、特撮番組の変身アイテムのような、機械的なベルトが巻かれている。しかもよく見ると、それは数人ではなかった。
「この魔王城内部は、とうに我々が占拠している。疲れているところに、失礼だろうが、大人しくしてもらおうか」
彼らの後ろから、続々とそのベルトを装備した大勢の兵士達が、通路からなだれ寄せる。そして左右に並び、春明達を取り囲むように陣を組む。一挙にそこに、二百人以上の赤森王国兵士が、この決戦場ホールを占拠状態にしてしまった。
「何だよこれ? こんなのゲームにはなかったぞ?」
「ああ、そうだな。これは完全に、ゲームシナリオを、ぶち壊しにしかねない行動だな」
最初の台詞といい、どう見てもこちらに友好的には思えない、赤森兵士達。
さっき喋っていたのは、この一団のリーダーと思われる、レグン族の女性兵士である。ポニーテールで、身長180㎝を越える、大柄な女性である。
「失礼。俺は赤森王国軍総軍大将のガストンという。以前海で、航路のご案内をしたものだが、判るかな?」
「航路?」
「ガストン……何でお前がここにいる?」
「えっ? 誰なの?」
口調だけは礼儀正しい女性兵士=ガストンの言葉に、一行の半分は、心当たりを思い出せずに首を捻る。
だが記憶力の優れたレグン族である春明と、元から彼女のことを知っている、ジュエルとルーリは判ったようだ。
「以前ゲールの間抜け共の船が、うっかり発生地域に入っただろう。その時にお前らを助けてやったんだがな。まあ、あの時は遠くからだったし、鉄鬼に変身していたから、判るはずもないか?」
「あっ!?」
その言葉に、残りの一行も思い出す。赤森王国に入国する直後に、船に接近した海の無限魔を、鉄鬼・鋼鯱に変身して殲滅した、あの女性である。
ガストンは赤森王国では、天者達同様に名の知れた人物だ。元は偽緑人で、この国に来る前から、人妖から逃れながら、異世界を渡り歩き、何百年も生きている元祖のレグン族の一人である。
元祖のレグン族は、赤森王国に帰属してから、ほとんどが不老の命を捨てた。もう既に、寿命で一生を終えた者も多くいる。
だが中には、今でも不老のままで、生き続けている者もいる。このガストンもその一人だ。
しかもこのガストンは、かつて神獣の麒麟ヤキソバとも交流があった。ヤキソバが最後の人妖を殲滅した場にも立ち会っていたとも言われている。
そして今は、赤森王国軍の最高幹部の一人である。ちなみに最高司令官は、ガストンとも長い付き合いの元祖のレグン族、ベネティクト総軍元帥である。
そんな伝説の人物が、何故か武装した兵を引き連れて、この魔王城の決戦が終わった直後に割り込んできたのである。
「お前ら……ここに俺達に何の用だ? 赤森軍なら、こっちの味方だろう?」
「ああ、そうだ。最もここでのことが終わったら、俺たち全員首かもしれないがな」
「つまり……あんたらは国王の命に背いてるわけね?」
「そうなる。お前らが持っている、麒麟像をこっちに渡してもらおうか」
男のような名前と口調の女軍人ガストン。彼女がこっちに手を出して、物を差し出すよう催促している。
「渡してどうする? お前らが代わりに捧げてくれるのか?」
「そんなことはしない。二度と使われないように、私達の手で破壊する」
「ほう……それは確かに、王命に背く最悪の軍規違反だな」
ジュエルが早々に、彼らを敵と判断して、剣と盾を構えている。他の面子も、次々と戦闘態勢を取り始めた。
「こいつは無限魔を封じるための、大事なアイテムだぞ! お前らそれを判ってるんだろうな!」
「ああ、勿論だ。その無限魔の封印をされると、この国が困るんだよ!」
「どういう意味だ!?」
冷たい口調で言い放ったガストンに、皆が困惑する。
「判っていると思うが、この世界は、お前が元の世界でやっていたゲームとは違う。無限魔がいなくなれば、世界が平和になるなんて、単純な話しではない。むしろこの国……いやいずれはこの世界が、大きな損失を受けることになるんだぞ!」
「損失ってあんた……どの国も無限魔のせいで、沢山の土地をなくしたのよ! この国だってそうでしょう!?」
「ああ、逆に言えば、損失は土地を無くしただけだ。普通の魔物と違って、奴らは発生地域に入りさえしなければ、人を襲うことはないんだからな。これほど管理しやすい魔物が、これまでにいたか? しかも奴らは、土地なんかより、もっと多くの価値ある物を、この国に提供してくれた。ハンゲツ、お前の国だってそうだっただろう? 無限魔からとれる肉や霊素材で、莫大な利益を得ていた筈だ!」
「「!!」」
正論をつかれて、ハンゲツは口ごもる。確かに無限魔の力の弱いゲール王国では、無限魔を狩ることで多くの収益を得ていた。
多くの農地をなくしたが、食用肉が無限に手に入り、食糧自給率は減るどころか、有り余るほど上がった。
植物型の無限魔を倒せば、森林伐採を行わなくても、木材が楽に手に入る。その他に、無限魔の爪・牙・皮・鱗で、工業も発展していた。自分たちもまた、その無限魔を狩ることによって、結構稼いでいたのである。
「俺達の第二の故郷のこの国は、私達が提供した技術で、大いに発展した。だが同時にいつだって資源不足に悩まされてきた。だが奴らのおかげで、それも全く問題にならなくなったんだ。リームのおかげで、交易は絶たれても、この国は前もまして、大いに栄えようとしている。それなのに……それをお前らは阻止しようとしてるんだぞ」
「成る程、大体理屈は分かったわ。あんたらは無限魔大歓迎ってわけね……。でもね、判ってるわけ? 無限魔が現れたときに、世界中で沢山の人が死んだのよ?」
「最初と今だけだ。これから各国が、きちんと管理すればいい」
「それで上手くいくわけ? 私達の乗ってきた船は、ミスで危うく無限魔に沈められかけたんだけど? 多分完全な管理なんて無理ね」
「私も同意見だ。実際に私がいたリームでは、発生地域の区画が判らず、被害を受けた奴ら大勢いる。あれだけの土地を占領されると、全ての区を管理するなんて不可能だよ」
ハンゲツとジュエルが否定意見を口にすると、ルーリとナルカも強い口調で反論してきた。
「あんた自分たちが強いからって、随分と自己中なこと言ってくれるじゃないの! どの国も、無限魔と戦えると思うわけ!? 私の村は無限魔のせいで、土地も物も、何もかも全部取られたのよ! 春明達が来なかったら、今頃皆飢え死にしてたかもしれないわ!」
「ええっ、そうだよ! 私の村は、あいつらのせいで、海も畑も全部なくなったんだよ! あなたの言うように、あいつらから肉を取ろうとして、沢山の人が死んだんだ! 自分が損するからって、皆が苦しんでるのを見過ごすんですか!?」
無限魔の被害を直に受けた者達の、強い怒号。そもそもナルカは、無限魔を倒すために、春明の仲間になったのである。だがそんな二人の主張も、ガストンは涼しい顔である。
「それはご愁傷様だな。だが大丈夫だ。これからこの国がもっと発展すれば、この鉄鬼のような超兵器を、もっと沢山量産できる。それを各国が買い取れば、無限魔は脅威から宝に一転して変わるだろう」
ガストンは自分が今身体に巻いているベルトを差してそう言う。
「これからっていつだよ!」
「さあな。とにかく待って貰わなければな」
「ていうかお前がやりたいことって、結局この赤森の国益だけじゃねえか?」
「それの何が悪い?」
春明が本質をつくものの、ガストンは全く動じずに、あっさりと肯定した。
「そもそも無限魔発生は、我らが赤森王国が原因ではない。全てはリーム王国がしでかしたことだ。あちらを責めるなら、どうぞ御勝手に。だがまるで赤森が悪いかのように言われるのは心外だ。天者達は何故か無限魔を封じようとしているが、赤森には元々、この事態を解決させねばならない責務などないんだぞ」
春明以上に本質をつく発言をするガストン。確かに赤森王国には、どうやっても無限魔を封じねばならない理由はない。
リーム王国は、タンタンメンから、火山を解放する脅威を聞いていながら、彼女を火山から追い出したのである。その件に赤森王国は関与していない。
天者達がしていることは、ただの個人的な善意であって、義務ではないのだ。
「春明お前だってそうだろう? お前は只のゲームのプレイヤーであって、本物の勇者などではない。この茶番のような冒険に一方的に巻き込まれただけだ。その件に関しては、俺からも謝罪する。だがその代わり、お前は誰よりも恵まれた力を与えられた。お前が望めば、向こうの世界に帰って、永遠に豪遊することだってできる。それで充分だろう? もうこの件からは手を引け! その麒麟像を渡してもらおう!」
元々この世界の異端者である春明に、ガストンはそう突きつけて、麒麟像を渡すよう、再度催促してきた。それに対して春明は……




