第十話 憲兵隊
村のゲームの時のマップと違って、結構な大きさだった。木と石を組み合わせた、灰色の家屋が数多く建ち並んでいる。
村内を行き交う人々は、身なりは西欧ファンタジーぽい洋服を着ている者が多い。肌の色は褐色で、髪色が灰色の者が多い。だが二割ほどは、肌が白や黄の者や、髪の色が金や赤のものもいた。色々と人種が混ざり込んでいるようだ。
そして更に面白いことに、村人の一割ほどが、身体が透けた幽霊であった。
(意外と賑わってるな)
ゲームの時は、ごく普通の田舎の農村といった風に、マップで表現されていた。配置されている住人のNPCも、大都市設定のフィードでも数十人しかいないこともある。
だが現実であるこの世界の集落を見てみると、充分町と言えるぐらい人の数が多い。
彼はその村の憲兵所という場所に案内された。
憲兵という単語は、ゲームでもあった。詳しい説明はなかったが、町の治安を守ったり、魔物の討伐に行ったりと、軍と警察の両方の役割を持っているような組織であった。どうもこっちの世界の憲兵とは、やや意味や役割が違うようだった。
憲兵所は、見た目は他の家屋と変わらないように見える。ただし周りが頑丈そうな柵で覆われており、となりにはやたらとでかい車庫がある。中には何が入っているのか謎だ。
憲兵の姿は、ファンタジーの王国兵士のようで、白い服の上に軽装の鎧を纏っている。腰にはナイフと思われるものと、背中には銃剣を背負っていた。
彼はその内部の、ドラマの取調室を思わせるような、灰色の壁の部屋に通される。そこで椅子に座って、テーブル越しに一人の憲兵と話をしていた。
「ふむ……ゲームをしていたら、いつのまにか森にいたと?」
困ったような顔で、憲兵はそう口にする。取り調べは特に怒鳴られたりとか、酷いことはなく、結構静かに進んでいた。
とりあえずゲーム通りの記憶喪失設定ではなく、事実を彼は伝えた。ただしゲーム設定に近いステータスや、モンスターとの戦闘に関しては省いたが。
「はい。こういうことって、結構あるんですか?」
「いや、ないが……ありえない話しじゃないな。多分誰かに、悪戯で連れ出されたんだろう。大昔にもこういうことがあったんだ。何でもどっかの世界の、ゲームだとかラノベだとかを真似して、異世界から人を誘拐してきた奴がな。犯人は人じゃなくて、精霊だが」
何ともはた迷惑な奴がいたものである。その話を聞いて、彼はあの時ウィンドウ画面に映った、あの何者かの意思が入った文章を思い出した。
「その人はどうなったんですか?」
「一旦元の世界に帰って、またこっちの世界に戻ってきたよ。天者ていう人達でな、今はこことは遠い、赤森っていう国を治めてるよ」
「天者……」
その単語は、彼もゲームで覚えがあった。だが今はそのことは置いておこう。
「そんで……俺はどうすればいいんでしょ? 元の世界に帰れる方法とかって、あるんですか?」
「判らんな。こういう話しは、さっき話した赤森王国の政府に頼むのが一番なんだが……今色々あって、その国には行けないんだ」
彼は気の毒そうに、そして何かに苛立ちを抱えた様子で、そう説明する。
「あんたここに来る途中、無限魔にあったそうだね?」
「ええ、ここに来る途中で。どうにか倒せましたけど。あれは昔からいたんですか?」
「まずその辺の説明を先にした方がいいな。この世界、今結構物騒だからな」
大概のゲームでは、当たり前のようにいた、森やダンジョンを徘徊しているモンスター。だが「鶏勇者」では、そのモンスターの出現に、重要な意味が設定されていた。
「いいや。あれは二年ぐらい前に、いきなり世界中に現れたんだ。あの時の混乱ぶりは凄かったよ、町の近くにさえ、あの変なのが湧いてきたんだからね。この村でも騒ぎになって、近くの森では、派手にやったよ。森の中で機関銃を撃ちまくったりしてな」
あの大量の倒木と、動物の骨はそれだったのかと、彼は思い当たる。その後、あのシンボルモンスター=無限魔に関して、やや長い説明をしてもらった。
あるとき突然世界中に、あの人が近づくと怪物に変異する、謎の飛行物体が大量に出現した。
それらの強さは、地域によってまちまちで、このゲール王国内に出現した無限魔は、かなり弱い部類にあったらしい。そのため憲兵隊でなくても、一般市民の義勇兵でも、充分倒すことは出来た。
だが問題なのは、この無限魔、どんなに倒してもいなくならないのだ。
殺しても殺しても、1分も経たない内に、無限魔は空間転移と思われるもので、すぐにまた湧いてくる。それは変異する前、卵状態の時に攻撃をしても同じであった。
彼らがどこから出現するのかは不明。だが現在の所、異世界から送られてきているという説が有力だ。地元民が、異世界に関する理解が早かったのも、それが原因であるらしい。
この無限魔のせいで、世界中で多くの犠牲が出た。このまま世界は、この無限に出てくる魔物によって滅ぼされるではないかと、世界中がパニックになりかけた。
だが意外なことに、そんなことにはならなかった。何故かというとこの無限魔、倒してもすぐ湧いてくるが、それ以上数を増やすことがなかったのだ。
その数は常に一定で、倒したり放置したりしても、その数が変化することはない。しかも行動範囲も決まっているようで、ある一定の範囲からは、無限魔達は絶対に出たりはしなかった。意図的に捕獲して、範囲外から連れ出した場合は別のようだが。
現在世界の土地面積の、おおよそ三割が、この無限魔の出現地域になっているという。その中には元々その土地に住んでいた人々も多くいる。
だが何とも親切なことに、自分の行動圏の範囲内であっても、集落とその周辺一定距離の土地には、何故か自分から寄りつこうとしないのだ。もちろん集落から出て、出現地区に入り込んだものには容赦なく攻撃するが。
そのおかげで、無限魔に取り囲まれて、孤立してしまった集落も数多い。ちなみに無限魔が、人が近づくと卵から魔物に変異するが、動物と近づいた場合は何も起こらないようである。
(これって完全にゲームの仕様じゃねえの?)
その説明を聞いて、この現象がとてもゲーム的なのものに思えた。
ゲームではモンスターが出現するフィールドと、出現しないフィールドが明確に分けられていた。イベント以外の理由で、モンスターが街のフィールドに出現することは決してなかったのである。
そのルールが現実に適用されると、こうも奇妙な現象に思われるのか……
「それで赤森王国の話しなんだが……そこは海を跨いでて、船に行くんだが、最近それを妨げてる奴がいるんだよ」
「妨げてる? 海にも無限魔が?」
「いや海にもいることはいるし、色々迷惑してるようだが、そいつらにも行動圏があってな、そこをかいくぐれば、遠回りなるが行けるんだ。妨げてる奴らってのは、リーム王国の軍船なんだよ。そいつら無限魔を出した原因は、赤森王国だと言い張っててな。世界を危機に陥れている国との交易は許さん!とか言って、赤森への海路に立ち塞がって、そこを通る船を追い散らしてんだよ。領海侵犯の上に業務妨害だよ、全く……」
「そりゃまた、確かに迷惑ですね(何か、ゲームの時よりも、やり方が過激になってるような?)……」
「ああ本当にな。おかげでここ数ヶ月間、赤森からの機械品が入ってこねえ……これが長く続くと、国中が色々大変なことになっちまう」
「それって国の方では、何か意見とかしてないんですか? どう見てもそれ、リームとかいう国が悪いですよね?」
この世界の国交関係はよく知らない(ゲームでも詳しい説明は無かった)が、元の世界に照らし合わせれば、それは完全に国際問題である。ゲール王国には、堂々と訴える権利があるはずだ。
「一応話し合いはしてるが、全然纏まらん。あまり強く出ると、下手すりゃ戦争になる。そうなるとヤキソバ様の裁きが来るんじゃないかって、政府の奴らはびびっててな」
「成る程、それじゃあどうしようもないですね」
「悪いな、異世界の事に関しちゃ、俺たちも専門外でな。一応上に頼めば、お前のことを保護して貰えるかもしれんが……」
「ああ、大丈夫ですよ。俺にも色々当てがあるんで」
「大丈夫って……お前みたいな子供が一人じゃ……」
「大丈夫ですって! 俺こう見えても、強いですから」
この憲兵、うっかり“ヤキソバ様”に関する説明を忘れているが、少年は特に気にしなかった。
そして政府側からの保護をやんわり断る。何故かそれをすると、後がややこしくなる気がしたからだ。
「ああ、そうだ忘れてた。お前の名前は何ていうんだ? 一応この話は、上に報告しようと思うんだが……」
「ああ、それは……」
一瞬本名を言いそうになったが、すぐに言いとどめる。自分をこの世界に落としたと思われる何者かは、どうも自分がゲームのシナリオ通りに動くことを望んでいる気がする。何故かは知らないが、彼はそれに乗ってみようかと思った。
「俺の名前は……春明です」
彼はそう、自分がプレイしていたゲームの主人公の名前を名乗った。
「春明か。何か赤森人にありそうな名前だね……。そういやその足も服装も、それっぽいし」
「へえ、そうなんですか」
ここに来て彼=春明は、あることに気づいた。
(そういや俺……この国の言葉が自然に判ってるな。赤森なら設定上、日本語が通じてもおかしくないけど。ゲームマスター(?)が何かしたのかな?)
彼はその後、この世界のことを色々と質問した。話が終わる頃には、既に日が傾き、大分暗くなっている。少し長話しすぎて、憲兵に少し迷惑をかけたかもしれない。
話しを切り上げ、憲兵所を後にし、とりあえず今日の寝床を探しに、村の中へ出ていった。ちなみに彼が腰に差している刀に関しては、憲兵所でも特に何も言われなかった。どうやらこの国には、銃刀法というものはないようである。まあ、あったらそもそもゲームのシナリオが成立しないが。




