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第一話 二週目プレイ

 事の始まりは、どこぞの森の中。

 温暖な気候で、広葉樹の木々の生育密度は高く、緑色の葉が数多く生い茂っている。どうやらそれなりに自然豊かな地のようだ。

 木々は大木というほど大きいものではなく、薄暗い地面には剥き出しの土の他に、幾ばくかの分解途中の枯れ葉が落ち、たまに倒木がありそこにキノコが根付く。

 また葉の隙間からこぼれ落ちた日光が当たる地には、小さいながらも雑草が生えていた。

 ただ完全な自然な地というわけでもない。森の中には、一部分人によって踏み固められたような、林道と思われる場所もある。もしかしたら人の行き来もあるのかもしれない。


 そんな森の中で、まさに今ここに人がいた。ただしその人物は、どうも旅人や山菜採りとは、異なる様子であった。


「んん~~~うん?」


 それは一人の少年だった。身長百六十センチにまで届かない。男子としては小柄で、容姿は女性のように中性的で幼げだ。年齢は13~14歳ぐらいだろう。


 身なりは和装だ。赤い襟の小袖の白い着物で、動物を模ったと思われる紋様が生地に小さく、広めの間隔で描かれている。

 遠目から見ると、白い着物に黒い点々がついているようにしか見えないが、近くで見るとその白い生地に、幻獣の麒麟の姿が小さく描かれていることが判る。

 腰には武器(どんな武器なのかは、諸事情で説明を省く)が差され、足にはズボンのようにピッチリと足にはまって、裾の部分が縛ってある、黒い軽杉が履かれている。

 履き物は草履や下駄などではなく、何故かここだけ和装に似合わないブーツである。しかも彼の体格と比べると、かなり大きめで、内部はブカブカになっているだろう。

 頭には黒いハンティング帽を被っており、これもかなりサイズが大きめだ。


 そんな山歩きに適しているとはあまり言えない身なりの少年が、この森の中で、一人でボーと突っ立っているのだ。

 森の中は静かで、今のところ鳥の声も聞こえない。たまに地表に虫が歩いているのが見えるだけだ。その静かな森で、少年は寝ぼけ目で何も言わず、ただひたすら立ち尽くしていた。


(ここどこだ? ……ていうか俺って何してたんだっけ?)


 この少年が何故この場所にいるのか? それはこの少年自身も判っていなかった。彼はそこで今までのことを、深く思い出そうとしてみる。






 彼の認識している範囲では、彼はついさっきまで自宅のパソコンの前にいたはずだった。

 そのパソコンには、彼が今までプレイしていたゲームのスクリーンが表示されていた。プレイしていたのは、とあるフリーゲームだ。ネット上で無料で配布されている、個人製作のゲームの一つである。


 彼はここ数年、フリーゲームに没頭していた。古いものから新しいものまで、少し探せば山のように見つかる名作に、彼はすっかりのめり込んでいた。

 中には趣向に合わずに、クリアせずにプレイを中断し、データをゴミ箱に捨てたものも多かった。だがネット上に無数に配布されており、しかも無料で行える名作の数々に、彼はすっかりのめり込んでいた。

 おかげで彼は、ここ数年、市販のゲームには全く手をつけていない。


 そしてこの時彼がプレイしていたゲームも、その数あるフリーゲームの一作。“鶏勇者”というタイトルのRPGゲームだ。

 ゲーム製作のソフトは、多くのフリーゲームに利用されているもので、ゲームシステムなどもよくあるものだ。

 ストーリーも特に捻りはない、勇者が仲間を集めながら世界を旅し、世界を危機に陥れている魔王を倒すという、実に王道的なものだ。

 キャラクターの顔グラフィックは、脇役等は皆よく見かける素材絵であるが、仲間キャラクターは全て作者の自作絵だ。画力は勿論プロの絵師などよりは劣るが、充分上手いとえる出来であった。


 このゲームはまとめサイトなどのレビューでは、それほど高い評価は受けていなかったが、彼にとっては充分佳作と言える出来である。

 ただ少し気にかかったのが、このゲーム、初配布から結構な日数が経ち、まとめサイトなどでも多くの細かなバグや誤字脱字が報告されているのに、その修正が全くされていない点だ。

 大抵のゲームでは、必ずと言っていいぐらい、何らかのミスがある。フリーゲームなどには特に。

 ゲームの作者はそういったプレイヤーからの報告を受けて、その都度作品を修正した新バージョンに更新する。


 彼は基本、そういったバグに引っかかるのが嫌だったので、面白そうなゲームを見つけても、すぐにはダウンロードせず、しばらくの日数を待ち、それがある程度バグ修正が済んでからプレイしていた。

 ただこの“鶏勇者”は公開から一ヶ月以上立ち、多くの報告がされているのに、一向に修正はおろか、作者からの何かしらの反応もなかった。


 ちなみに、このゲーム制作者のサイトなどはなく、メールアドレスなども公開されていない。

 こういうのは別に珍しいものではない。中には進行不能なほどの致命的なバグがあったのに、それを直そうとせずに作者が失踪するケースもある。

 この鶏勇者の場合、レビューを見る限りは、それほど深刻なバグはないようなので、とりあえずプレイしてみることにした。


 そのゲームはアイテム作成などで意外とやり込み要素があった。

 また主人公が女性的男子(俗に言う男の娘)で、他の仲間キャラが全員女性という、あからさまにそういう趣味の人を狙った感も、それほど嫌いではなかった。

 そして今日彼は、長きにわたるプレイにて、とうとうそのゲームをクリアしたのだ。


(ああ~~終わったな……ちょっと疲れた)


 ここまでの道のりは実に長かった。その長い時間の大部分は、アイテムの素材収拾という寄り道によるものだったが。

 ラスボスを倒し、主人公達のエピローグが終わり、長いエンドロールが終わろうとしているときであった。


(うん? これって……)


 最後のENDの文字が消えた後で、スクリーンにあるウィンドウ画面が表示された。

 それには「2週目をプレイしますか?」という文字と、その下にある「はい/いいえ」の選択肢であった。


(これって2週目があったのか?)


 クリア後に何らかの特典を引き継いで、最初からプレイできる。そういう2週目要素があるゲームは珍しくない。中には最初から周回プレイを前提に作られているゲームもある。

 だがフリーゲームの場合、大概最初から作者の紹介ページに、そのことが事前に説明を入れているものだ。

 だがこのゲームにはそういった説明はなく、他のプレイヤーからのレビューにも、2周目に言及するものはなかった。そのため彼は、この唐突な2周目の通知に、かなり意外に感じた。


(そもそもこれの2周目要素って何だ?)


 周回プレイで引き継がれる要素は、作品によって異なる。以前彼がプレイしたゲームには、レベル・所持金・アイテム・装備品、その全てが引き継がれるものがあった。

 試しにそれをプレイしたところ、あまりに敵が弱すぎてつまらず、すぐに止めてしまった。だがこのゲームには、その引き継ぎ要素に関する説明がない。


 試しに彼は、その選択肢で「はい」を選択してみる。するとウィンドウ画面に説明文が表示された。


《2周目特典には、クリア時の所持金を引き継ぎます。またクリア時の所持品の中から、任意で一つ、アイテムを持ち越せます》

(任意でアイテムを一つ? 珍しいな……)


 2周目特典で、こういうのは初めてであった。アイテム引き継ぎと言ったら、大抵全アイテムか、もしくは決められた特定のアイテムである。

 だが引き継げるアイテムを、自分で選べるというのは、これまでにないものであった。


(何か興味出てきた……やってみるか。よしそれなら……)


 今までのゲームの疲れで、最初からもう一度やりたいなどとは、初めは思わなかった。

 だがこの引き継ぎアイテムを自分で選べるという設定に、少し興味を持ち、彼は2周目プレイを決断する。どのアイテムを選ぶかは、彼はとっくに決めていた。


(幸運の麒麟像だな、やっぱり)


 “幸運の麒麟像”、それは彼がこのゲームのプレイを長期化させた原因の一つである。そのアイテムは、装備品の装飾品の一つである。

 ステータスアップやバッドステータス防止などの効果はない。その代わりそのアイテムには、装備した者が、戦闘後に得られる経験値量が三倍になるという効果があった。


 このアイテムを手に入れるのに、彼は実に苦労した。このアイテムは、店や宝箱で手に入るものではない。あるキャラクターが運営する施設で、特定の素材と金を払って作ってもらうものだ。

 その素材というものが、手に入るのに難儀した。それは特定のモンスターを倒したときに、一定確率で手にはいるドロップアイテムである。

 ただそのドロップアイテムの入手率というが、とてつもなく低い。しかも一個手に入れば良いというものではなく、結構な数が必要なのだ。しかもそれは一種類ではなく、何種類かのモンスターからとる、レアドロップアイテムが必要だ。


 彼はそれを手に入れるために、何度も何度も、実に長い時間、同じモンスターと延々と戦い続けた。あまりに手に入らず、途中で何度も挫折しかけた。

 かけた時間は十数時間に及ぶだろう。ようやく必要なアイテムを手に入れ、やっとの事でこの幸運の麒麟像を手にしたときは、彼は実に歓喜した。


 ……だがその直後に、絶望を味わうこととなる。

 実はこのアイテムをドロップするモンスターと遭遇するのは、ラスボス戦近くの高レベルダンジョン。

 当然そこのモンスターの強さも、得られる経験値・金もかなり高い。それを延々と戦い続ければ、当然積み重ねる量も多くなる。


 幸運の麒麟像は経験値アップのアイテム。それの価値は、レベルが上がりやすくなり、その後の冒険を有利に運べるというもの。

 だがこのアイテムが手に入るのは、最終戦近く。そしてこのゲームのキャラクターのレベル上限は100である。


 彼が苦労に苦労をかけて、このアイテムを手に入れたときには、キャラクターのレベルは、全員96を超えていた……。

 レベル上限解放などという要素もなく、結局この幸運の麒麟像は、何の意味もないアイテムになってしまった。


 これに気づいたときには、ショックというか……とても悲しい気持ちになった。


(でも最初からプレイで、このアイテムを持ってるなら……)


 充分意味のあるアイテムになるはずだ。まあ途中で飽きたら止めればいいはずだ。

 やがてウィンドウ覧に、クリア時の所持アイテムが表示される。彼はその覧の一つ「装備品」を選択し、その中にある「幸運の麒麟像」を選択し、クリックした。


《これより2週目を開始します》


 再びウィンドウ画面が切り替わり、やがて前に一度見た、ゲームのオープニングに切り替わろうとしていた。



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