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格子の向こうの花菖蒲  作者:
裏 序
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裏 序

 そこに降り立ったのは偶然だった。強いて言えば、美味しそうな小鳥が羽を休めていたからだろう。

 僕は不必要に人間の住処に近寄ったりしない。いたずらに命を脅かしたくはないから。

 だから草を使って小鳥を捕まえてふと顔を上げた時、正直しまったと思った。


 月光の差す薄暗い草原にはおびただしい程の花菖蒲はなしょうぶ。ただでさえ嫌いな花なのに、それは紛れもなく人間の手が入ったもので。どうやらいつの間にか人間の家の庭に迷いこんでしまったらしいと分かった。

 厄介ごとに巻き込まれないうちに、早く何処かへ行った方が良い。そう思って地面を蹴りかけた時だった。


「んー……もうちょっと」


 掠れた様な小さな声が聞こえ、ぎょっとして振り返ると。

 閉じられた障子のひと枠に穴を開けて、伸ばされているのは白磁の様に白い腕。まだ幼いその腕は精一杯伸びて何かを求めるように指先を忙しなく動かしていた。


 何故か僕は足を止めてしまっていた。何かを必死に求めてもがく腕をじっと見つめる。

 それが目指す先を見遣れば、おびただしい程の花菖蒲。

 全然、もうちょっとじゃない。


 ゆっくり足を忍ばせ近寄ると、腕の伸びる障子が只の障子ではないのに気付いた。

 それはさながら咎人を囲う牢。決して開く事の無い木の格子が、腕がそれ以上伸びるのを防いでいる。


 僕がその手に一輪の花菖蒲を握らせたのは、ほんの気紛れだった。もしかしたら只の花を必死にもがいて求める様子を憐れに思ったからかも知れないが、今となってはどうでも良い。

 とにかく、僕が花菖蒲を握らせたその腕はびくりと震えて怯えた様に格子の向こう側へ引っ込んでいった。


 あーあ、折角持たせてあげたのに。

 はらりと地に落ちた花菖蒲を見下ろして、僕は障子戸を睨む。

 やっぱり人間なんかに親切にするものじゃなかった。嫌いな花ではあるが、乱暴に腕を引っ込めた所為で傷んだ花弁を見れば面白いものではない。

 視線の先には先ほどまで腕が伸びていた障子紙がずっぽりと穴を開けている。

 三寸ほどのその小さい穴に薄っすらと月の光が差し込んで、牢さながらの部屋の中をぼんやりと照らす。


 ふ、と目が合った。

 薄闇の中で怯えた様に僕を見つめる、小さな瞳と。

 濡羽の色の長い髪、対比する肌の白さ。座敷牢に座して障子の穴から外を窺う少女を漏れる光が照らし出す。


 やっぱり親切にするんじゃなかった。

 僕は花菖蒲も人間も嫌いなのに。

 こんなにも一瞬で心を奪われた、なんて。


 僕は目を閉じて、小さく息を吐き出す。そよぐ風が花菖蒲の匂いを運んでいた。

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