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 「じゃ、ちょっと出かけてくるね」

「はい、いってらっしゃい」

 ドアの閉まる音が響くと鈴と京子は顔を見合わせて頷く。

 追跡を開始した。

 貴行は自転車に乗って行く。

 それを見た京子も自転車へと跨り、荷台に鈴を乗せて走り出す。

 しばらく何もない道路を走り続けると、貴行はスーパーへと自転車を止めて入って行った。

「なんだ、ただの買い物じゃない」

「まだ分かりませんよ、怪しい香りがするんです」

 京子は正体のわからない不安を感じ始めていた。

 数分後、貴行がレジ袋を提げて出てくる。

 それを見た京子と鈴は物陰で自転車へと跨り、出発の準備をした。

「どこへ行くんでしょうか」

「……まだ帰るようじゃなさそうね」

 アパートと反対の方向へと走り出す貴行の姿を確認した京子が言う。

「追いかけるわよ」

「はい」

 再び何も無い道を走り続けると貴行の向かう先に階段と鳥居が見えて来た。

 京子はその場所に覚えがあった。

 昔、貴行がよく遊びに行っており、そして京子も何度か遊びについて行った事がある神社。

 貴行が中学生の頃までは初詣に毎年家族一緒に来ていた。

「あの神社……」

「ここら辺一体の氏神様の社です、おそらくこの間の、あの、神様です」

 鈴はその社が刀間の物であるという事をすぐに理解した。

「この間のって、あの貴行が殺されかけた……?」

「そうです」

 京子の表情は歪み、冷や汗が流れ出す。

 その様子を機敏に察した鈴が状況を説明する。

「大丈夫です、この間のような激気げっきは感じられません、穏やかでられるようです」

 鈴の物々しい言いように京子の心は余計に乱される。

「ほ、本当に大丈夫なの?」

「はい、大丈夫です、安心してください」

 迷いのない鈴の言葉に少しだけ心を落ち着かせた。

  貴行はレジ袋を持って階段を上がって行く。

 その後ろを音を立てないように鈴と京子が上って行く。

 貴行は階段を上り切るが、鈴と京子は7、8段手前で止まり、顔の上半分だけを出して貴行の後ろ姿を見る。

 「貴行!」

 笑顔の刀間が貴行へと駆け寄った。

 その光景を見た鈴は動きを止め、京子は息を呑む。

「今日の供物はなんじゃ?」

 可愛らしく貴行へと話しかける。

「今日はみたらし団子を買って来たから一緒に食べよう」

 鈴は混乱し視線を泳がせて目の前で起きている事を頭の中で整理しようとする。

「あれに丁度良い石がある、座って食べよう」

 刀間は袖を引き、密着すれば貴行と刀間が座れるかという御石おいしに貴行を連れて行く。

 刀間と一緒に石へと座り、貴行は感じた事を口に出す。

「ちょ、ちょっと狭くない?」

せもうない」

 雪のように白い頬を桜色に染めて俯き、黒く美しい髪が垂れる。

「の、貴行」

「何?」

 パックから団子を出し、貴行へと差し出す。

「あ、あーん……」

 口を一文字に引き結び、眉間に少しの皺を寄せて頬を染める。

「え?」

 貴行は刀間の予想外の行動に頭が付いて行かない。

「あーん、あーん」

 ゆっくりと貴行に伝えるように繰り返す。

 やっと理解した貴行は耳を火照らせながらそれに答える。

 差し出された団子を口へと頬張った。

「う、美味いか?」

「美味しいよ」

「そうか」

 刀間は貴行が一つ食べた団子の残りの二つのうちの一つを小さく頬張った。

 間接的に接吻をしたという事実を互いに理解して目を見合わせ、赤くなる。

 「何やってんの!?」

 貴行と刀間だけの世界に京子の声が響いた。

「きょ、京子!?」

 貴行は驚きの声を上げる。

 刀間は目を見開いて驚き、そのあと耳まで真っ赤になって背中を向けた。

「貴行、アンタ何してんの?」

 京子は先日のような恐ろしさを刀間に対して感じなかった。

 それは刀間が貴行との関わりを取り戻し、穏やかな心持ちであったからだった。

 しかしそれでも京子の目には先日の惨憺たる光景が残り、刀間に対しての畏怖の念を拭い切る事はできなかった。

「何してんのって……」

 刀間の背中を見る。

「答えられないの?」

「……いつから居たの?」

「最初から、アンタが神様に食べさせて貰ってる所も見てた」

 刀間の肩が驚いたように軽く跳ねる。

「と、刀間、言っても良いよね?」

 誤魔化す事はできないと思った貴行は全てを打ち明けても良いかを確認する。

 刀間は背を向けたまま頷いた。

 いつの間にか鈴も京子の後ろへと来ている。

「刀間、あ、この神様の名前なんだけど、俺は刀間の所に鈴との同居を許して貰いに来てるんだよ」

 刀間は背中を向けたまま動かない。

「私との同居をですか?」

「そう、刀間はこないだうちに来たでしょ」

 京子と鈴の脳裏に惨劇がよぎる。

「その時に聞いてた名前で思い出したんだけど、氏神様だったんだよ、小さい頃遊びにも来てたし覚えてた」

「名前って玄関で貴行が何か話してた時に聞いたの?」

「そうそう、それでさ、氏神様なら氏子の俺が鈴と暮らす事を願えば叶えてくれるかなって思って来たんだよ」

「それでどうなったんですか?」

 期待を込めた眼差しで貴行を見つめる。

「まだ頼み込んでる途中、さすがに俺も一回とか二回のお参りで叶えて貰えるとは思ってないよ」

 貴行は自嘲気味に笑った。

「どうしてそれを黙ってたの?」

 京子が少し声を低くする。

「い、いや、別に言う事でも無いかなって思ったから……」

 頭の後ろに手をやり後頭部の髪を撫ながら言う。

 突然、貴行の顎を京子の掌底が突き上げた。

「んぎっ」

 貴行は短い悲鳴を上げて仰向けに倒れる。

 激しい物音に背中を向けていた刀間は振り返る。

 貴行の状態と京子の掌底終りのままの姿勢を見て、何が起こったのか大体の見当をつけた。

 立ち上がり、歩み寄って貴行の頭を自分の膝の上へと乗せ、京子に言う。

「これ、もう少し労わらんか」

「あ、貴女が言わないでください」

 京子は少し恐れながらも言い返す。

 刀間はそれを聞き流して貴行へと声を掛けた。

「大丈夫か」

 食べ掛けのみたらし団子は開いたパックの上に乗せられて、穏やかな風の吹く御石の上に置かれていた。

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