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あれから鈴と京子は部屋で起こった出来事について何も口にしないで毎日を過ごしている。
それはどこかぎこちのない物だった。
「土地神……香上の……」
貴行の頭に一つの記憶が蘇る。
自分が幼い頃公園として使い、中学生の頃までは毎年家族で初詣に行っていた氏神様の社、香上神社。
祭神はカタナマノカミ。
「刀間の神、とうげん、間違いない……」
貴行は土地神に許しを請う為に供物として一升瓶の日本酒を買い神社へと向かった。
山の麓から続く階段を少し上った所にある神社は寂れていた。
貴行はそんな神社の賽銭箱に持っている小銭を全ていれて、隣に酒を置く。
鈴を鳴らして手を叩き、そして願った。
鈴とずっと一緒に居させてください
「それは赦さぬ」
先日の幼女が立っていた。
「あ、か、神様……」
貴行は幼女から受けた苦痛を思い出し恐怖する。
「ふむ、そう怖がらずとも良い、本日は供物を持って来てくれたのじゃからな」
貴行が置いた一升瓶の頭を軽く叩く。
「……覚えておるか」
「え?」
幼女は吹き上がる穏やかな風を目で追うようにして空を眺めた。
「お主は小さき頃、我が懐でよう遊んでいたものじゃ」
追憶の表情を浮かべる。
懐とは社を囲むようにある鎮守の森の事だ、貴行もそれを理解していた。
刀間は森の神霊が形を成した存在だった。
「お、覚えてます、そ、それで俺、最近はまったくお参りに来てなくて、すみませんでした」
深々と頭を下げる貴行に幼女は優しく微笑んだ。
「わかったのならば、良い」
腕を組み、穏やかな黒い瞳で貴行を見つめる。
「な、なんでしょうか?」
貴行に言われてすぐに目を逸らす。
「あ、いや、その、なんじゃ、はっはっは」
少し頬を紅潮させた。
「所で貴行よ」
「はい」
「その敬語をやめよ」
「え?」
「良い、やめよ」
貴行は困惑した。
敬語をやめろと言われても中々難しい。
「いや、それは難しいです……」
「そうか」
寂しそうな表情を見せる。
「ではせめて私の事を刀間と呼んでくれ」
「と、とうげん?」
「そうじゃ!」
刀間は子供のような純真な笑顔を見せた。
刀間が貴行と鈴を引き離そうとしたのは嫉妬からの行動だった。
貴行は幼い頃いつも境内へと遊びに来ていた。
刀間は頻繁に自分の元へと訪れる貴行の事を愛おしく思い、見守っていた。
中学生になると普段は神社に来なくなり、しかし初詣には来てお参りをして行く貴行の事を刀間は暖かく迎え入れていた。
しかし時は経ち、貴行は初詣にも来なくなっていた。
そんな状況下に在った貴行が御遣いの娘と同居を始めたという事を風の便りに知った刀間は激情を露にする。
刀間は貴行の事を愛していた。
初めから殺すつもりはなく傷付けた物は自分が去れば全て元に戻るように法術を掛けて貴行を痛めつけた。
法術は法力を消費して超常現象を引き起こす事ができる神通力の一種。
法力を持つ者なら誰でも使う事ができるが、法力は自分の存在を保つ事にも必要な物で、全てを使い切ってしまえば自分の存在は消えてしまう。
そのような性質上、実質的には多くの法力を持つ者にしか使う事ができなかった。
痛めつけて脅かせば鈴を手放すと考えての行動だった。
しかし結果として刀間の考えた通りにはならなかった。
貴行の痛ましい姿を見て刀間の方が折れたのだ。
強固な意志は刀間の想定の範疇の外だった。
「の、貴行よ」
「はい?」
「明日も来てくれれば、御遣いの娘と暮らす事を許すやもしれぬぞ?」
笑顔のまま貴行を見上げる。
「ほ、本当ですか?」
「どうじゃろうなぁ?」
刀間は地面に落ちている石を蹴りながらはぐらかす。
「分かりました明日も来ます」
「うむ、待っておる」
手を振り見送る刀間の胸には、貴行が明日も来るという嬉しさと、それは御遣いの娘の為に取る行動であるという一抹の寂しさがあった。




