表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
LINE  作者: 葦月
2/2

第2門


 音もなく、身に掛かる風もなく、彼は青く広がる天高くより落ちていく。

 光の泡とも見える飛沫が体を撫でていき、空というよりも海と感じられる空間。

 頭上を見ると同じような青空が広がり、反対に見下ろしたところで同じような青空が果てなく続いている。

 ただ青と光の粒だけの景色の中、彼は落ち続けていった。

 


 どのくらい落下していただろうか。

 延々と続く青空の中で、ふっと景色が移り変わる。と、同時に足元には地面の感触。落下の衝撃などというものも存在せず、彼は不規則に光の線を走らせる大きな黒い柱の前に姿を現していた。



  《マテリアライズ――――コンプリート》

  《―――復帰を確認しました。アバターネーム:リグル》

  《おかえりなさいませ》

  《ここは回廊都市ローラン南部、刻印柱前になります》



「……はいよ、ただいま」


 エレベーター酔いとでも言おうか、何度味わっても慣れることのできないおきまりの復帰シークエンスの余韻を目頭を押さえることで耐えながら、彼は――リグルは――頭の中に響く、これまたお決まりのアナウンスに対して投げ捨てるように返事した。特に意味はないが。

 辺りには、リグルと同じように虚空から光の粒子を纏わせながらマテリアライズする他のプレイヤー達が見える。

 いわゆる死に戻りというやつだ。

 気だるそうな表情を浮かべ、リグルは左手薬指に嵌められたシンプルな指輪に対してボイス・コマンドを送った。


「コール。アバターネーム、アンク」


 りん、と鈴のような高い音が短く鳴り、電話をかける感覚で離れた友人へと声を飛ばす。


『――はいはい、こちらアンク。どうしたリーダー。やけに早いな』


 声は先ほどのアナウンスと同じく頭の中に直接聞こえてきた。

 男の、それもまだ若い男の声。どことなく弾んでいるように聞こえてくるこの声は、死に戻りしたばかりのリグルには鬱陶しく感じられるものだったが、報告はしないといけない。ここは我慢かと、ことさらに硬い調子で続ける。


「そりゃあ早いさ。討伐は失敗、死に戻りだ」

『ぎゃははははっ! やっぱりか! おいお前ら、やっぱり失敗したぞ!』


 最後はこちらに対してのものではないのだろう。しばらく笑い声を交えながら、あーだこーだと会話する男の声だけが伝わってくる。


『まぁいいや。リーダー、とりあえず合流しようぜ』

「……今日はもうこのまま落ちたいんだが」

『そりゃ駄目だ。さっきからメイの奴がデザートを待つ子供の目で待ってやがる』

「こっちは明日も仕事の社会人だ、休ませてくれないか」

『社会人なら、報告の重要性も分かるだろ。場所はいつものとこだ。待ってるぜ』


 言い終わるやいなや、指輪は再び、りんと音を立てて通話を終了してしまった。


「あー……あいつら楽しんでるなぁ。ちくしょうめ!」


 無意識に空を仰ぎ見る。回廊都市の空は高い。都市の中でもっとも高い位置に建てられ、高い天井と柱で構成された神殿からだと、それが本当によくわかる。

 復帰したばかりだというのにリグルの足取りは重く、先ほどとは違う意味で目頭を押さえたまま、神殿の長い階段を降りていった。はぁと、ため息が零れて止まらない。

 ただひとつ確実に言える事がある。それは今日中の就寝は不可能だということだ。

 



 今日もLINEの世界は快晴である。








  

 フルダイブ式MMORPG「LINE」


 2030年頃から頻繁に目にするようになったゲーム内へ精神を移すダイブ式と言われるカテゴリの、仮想現実を舞台とするゲームの中の1つだが、とりわけ目を引くようなものは何もない。実にありふれたゲームだ。公式による紹介文にしてもこの通りである。


   多彩な技能! ユニークなアイテム! 現実世界の不可能を可能に!

   あらゆる可能性に満ちた終わりのない世界へようこそ

   

 普通だ。

 珍しくもなんともない、どこにでもあるありふれた紹介文だ。

 事実、システムとしても同じようなものはいくつもある。他のゲームに出来てLINEに出来ないものはないといってもいい。当然に逆も然りだが。


 しかしこのゲーム、人気だけはあったりする。

 それもランキング上位に食い込むほどに。

 実際プレイしている身からすれば、精々が人が多いな、くらいの感覚でしかないのだが。課金制度がなく、年齢性別問わずプレイし易いというところが評価されているのだろうか。それも含めてもありふれたゲームの枠の中なのだが。

 もちろん魅力がないわけではない。破綻の少ないシステムや、外部に漏れる問題点の量と運営の手際など、先も言ったが、プレイし易い。プレイヤーの意を酌んでくれるという評価はとても高い。

それらが積み重なることでこのLINEというゲームは相当な期間、稼動し続けている。

 先の紹介文にしても誇張でなく、実際スキルもアイテムも豊富だ。クエストも充実していると言っていい。だからこそ、リグルも数年間プレイしている。



 からん

 と、ドアベルを鳴らしながらリグルは喫茶店オンディーヌの扉をくぐっていく。

 カウンター内で接客する老年のNPCへ軽く手を振りながら、店の奥に目を向けると、そこにはテーブル席を埋める一組の男女がいた。

 金属鎧で身を包む金髪の男と、ズボンとシャツに上着を着て、手に持った本に目線を落としている青髪の女。

 リグルは仲間がいることを確認し、二人のもとへ向かっていく。


「お! 帰ったな」


 店の奥を背にして座る、大柄な男が先んじて声をかけてきた。

 小麦のような淡い金髪は短く整えられ、大柄なその体躯を、身に着けた鎧が更に膨らませている。こちらを見据えて、良く言えば朗らかに、悪く言えばにやにやと笑っているその表情はいつものことだ。別にリグルを馬鹿にしているわけではなく、ただただ楽しんでいると分かる。からかい癖があるのも否定はできないのだが。

 椅子にゆったりと腰掛けながら先の通信と変わらぬ楽しげな声色で空いた椅子を指し、まぁ座れよ、と薦めてくる。


「お疲れ様。意外とあっけないのね。リグならもしかしたらって思ってたのだけど」


 薦められた椅子に腰を下ろすと、テーブルにいたもう一人が手にした本から目を離さないままに労いの言葉を投げる。正に投げると言っていい淡々とした調子で。

 現実では有り得ない深い青の髪。それをどうやっているのか、複雑に編み込み、時折耳にかかる髪をついと撫でている。冷たい口調と表情でいるのがデフォルトなのだが、こういった細かい仕草を見ると、女性らしさというものはあるのだなと思い知らされる。


「そう、リグでも無理なのね」

「言っとくが、あれだけ縛られてフィールドボスってのは無茶な話だぞ。分かるか、余ダメが一桁なんだぞ」

「無茶な話だからこそ、達成した時の感動があるのよ」

「フィン、分かるか? 無茶な話ってのは達成が不可能ってことだ」

「無茶と無理は違うわ。」


 たとえ1%でも可能性があるなら、それは実現可能な出来事なのよ。だからこれは無理じゃない。と、フィンと呼ばれる彼女はリグルを見ようともせずに言い放つ。何を言おうとも素直に労おうとしない様子が手に取るように分かった。


「フィン、お前それが言いたかっただけだろ」


薄ら笑いを浮かべてコーヒーカップを傾けた金髪の男が呆れた声を漏らす。


「アンク、私はそんな女じゃないわ」

「どうだかな。お前はそんな女だ」


にやにやと笑う金髪の男――アンク――が、お前は病気だからなぁと、いかにも独り言ですと言わんばかりに虚空に向けて言う。フィンがアンクをにらみ付けるが、怖い怖いとおどけるだけだ。

 

「で、他はどうしたんだ。メイが待ってるんじゃなかったのか」

「ん? ああ、あいつならヤマトと一緒に買出しだ。お前の帰りをただ座って待つなんて、あいつに出来るわけねぇよ」

「ちょうど消耗品のストックが少なかったし、もう少しかかるかと思ったから頼んだのよ」


 もう少し、という点のアクセントを強調してくるフィン。もっと優しくてもいいんじゃないか、とリグルは思う。とはいえ、そんな彼女にはもう慣れたものだ。慣れてみるとこれはこれで味がある。はずだ。


「つっても、そろそろ戻るだろ、っと。噂をすればだ。

 メイ、ヤマト! 帰ってるぞ!」


 正面のアンクが大声を出して呼びつける。狭い店の、しかも向かい側には自分がいるというのに、正直やめてほしいとリグルは思うが、しかし悪気はないんだろう。この男はそういうやつだ。

 肩越しに振り返ると、そこには羽織袴を模した服に胸当てを付けた仲間が店に入ってくるのが見える。


「リグルさんお疲れ様です。残念でしたね」


 声をかけきたのはリグルたち3人と比べて随分と若く見える。それに小柄だ。しっとりとした長い黒髪は後頭部でひとつに纏められて、服装と相まって若侍を意識させる。大きな目、長い睫毛、桜色の唇、それらを震わせて静やかな笑みを浮かべていた。


「ああ、お疲れ。メイはどうした? 一緒なんだろう」

「メイプルさんは店の外で男性と話してますよ。いつものアレです」

「また引っ掛けたのか……あれのどこに魅力を感じるのか、同じ男として分からん」

「リグルさんは年下趣味じゃないってことじゃないですか? ネットゲームなんですから、年下の女の子に興味がある人なんて五万といますよ」

「あれが年下ね……」

「アンク、メイに言いつけますよ」

「すいませんでした! やめてください!!」


 リグルと若侍――ヤマト――の会話に混ざって、アンクがつい小声で漏らした本音を耳ざとくフィンが聞きつける。

 このやりとりもいつものことだ。


「ごっめーん! 遅くなっちゃったねー。あ、リグー。お疲れお疲れー! 

 あ、あたしオレンジジュースねー!」


 勢い良く店のドアを開けて一人の少女が飛び込んできた。

 鈴が鳴るような、と言うには喧しさの勝る高い声で店内のNPCに注文を飛ばしながら、空いた椅子に飛び乗るように座る。

 ショートヘアの桃色の髪に大きな黄色のリボン、白を基調とした少女趣味なフリルのついた服装。先ほどのヤマトも小柄だったが、この少女はそれよりも更に10センチ以上は低い。体格と服装と声と仕草。その全てが天真爛漫なこの少女の存在に間違いなく合っていた。

 しかし今の少女は何がそんなに嬉しいのか、本来であれば可愛らしい顔をだらしなく溶かし、両の手で顔を隠すようにしてにひひと笑みを零している。台無しである。


「いやー、まいっちゃうよねー!

 『お嬢ちゃん、俺と組まないか。きっと満足できるはずだぜ』 だってー!

 あたしもまだまだイケるってことよねー!」

「なにがまだまだだよ。自称最年少の若作り」

「セリフがうちの母と同じですよ、メイプルさん」

「ヤマトは許す。アンクは殺す!」


  姦しい少女――メイプル――の、妄言を聞き流すことの出来たリグルと、出来なかったアンク、ヤマトの両名。メイプルは低い声で唸る様に吠えながら、テーブルに身を乗り出すようにして振り上げた手を振り回している。


「なんでヤマトはいいんだよ!」「ヤマトは可愛いからいいの!」「メイプルさん!? やめて下さいよ!」「確かにヤマトは可愛いです」「フィンさんまで!?」


 決して大きくないテーブルは埋まり、賑やかにも限度がある馬鹿騒ぎが開催された。

 今この店にはNPCしかいないため問題はないが、プレイヤーがいたら即座に怒鳴られていたことだろう。

 リグルはただ、ため息を零すしかなかった。既に何度目か分からない。分かりたくもないが。


「なぁ、もう落ちてもいいか」


 返ってくるのは、いまだ終わりそうにない喧騒だけだった。

















これはあらすじ詐欺だろうか……

まったくもって先に進まん。仕事休んでまで執筆してるのに……

艦これのせいにはしたくないが、たぶん艦これのせい

ごめん! 北上様! 撃たないで!!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ