7.約束
ホマシの国の民は、宴会好きだ。何かと理由をつけては、宴会を開く。
王子の誕生日など、格好の理由だ。たとえ、主役のアルノーが7歳であろうとも。
王と王妃の間にアルノーが座り、祝いの席が始まる。まだ、4歳の王女は、もちろん出るわけもない。自然とアルノーの相手はレイナとカレルとなる。主役に関係なく酒が供され、余興も盛況だ。
アルノーのおねだりと王の所望で、レイナとカレルの剣舞も披露された。王妃が用意したそろいの衣装で、舞う二人は、皆のため息を誘う。
座も砕けてきた頃、眠そうなアルノーをレイナが寝かせに連れて行く。途端にまとわりつく女性達を、華麗にやり過ごし、カレルは男性陣に溶け込む。その誠実さと剣の腕とで、カレルは一目置かれるようになっていた。
「18になったんだろ?もう一人前だな」
「まだまだですよ」
赤い顔の近衛の男に背中をばんばんたたかれながら、カレルは笑う。
「何言ってる。おれは、18で身を固めたぞ。お前も早く申し込まんか」
「そうだそうだ!」「レイナちゃん待たせんなよ〜」
と、周りの男達がカレルを囃し立てる。困ったカレルが、助けを求めるように王に視線をやると、そこには、ニヤニヤしている王の姿が。
自力で対処しなくてはいけなくなったカレルは、「まあ、そのうち」とごまかしながら、男達の輪を抜けて、中庭へと逃げるのだった。
初めての宴席に興奮したアルノーをやっとのことで寝かしつけ、レイナは宴会場へと戻る途中、中庭で足を止めた。にぎやかな会場へ戻る前に、少し一人で休んでいきたかった。
小さな池のほとりのベンチに腰を下ろす。
水面には、月がくっきりとその姿を映していた。 ほう、と息をつく。
ホマシで見る月も、元の世界の月と変わらない。同じ月の下で、今でも二つの国は争いを続けているのだろうか。
「レイナ?」
カレルの声に、はっと振り返る。カレルは怪訝そうに、レイナをのぞきこんだ。
「どうした?顔色が悪い」
そっと、レイナの頬をなでる。レイナは、目を細めて頬を撫でる手に自分の手を重ねた。
「月が…同じなの」
「レイナ」
何と、とは聞かない。カレルは、もう一方の手でレイナを胸に引き寄せた。
「ずっとこのままなら、それでいいわ。でも、もし戻ったら…」
「戻ったら?」
「ホオトが優勢なら、私を殺して。あなたなら後を任せられる。あなたになら…殺されてもいい」
「エルホが優勢なら、俺を殺せ。戦を終わらせるんだ。―俺を殺していいのはお前だけだ」
微笑むレイナの瞳から、涙がこぼれた。これ以上無い信頼と愛情の言葉だ。
「約束よ」
「約束だ」
満月の照らす中、二人は唇を重ね、すべてを忘れるように目を閉じた。
目を開けたら、明るかった。レイナとカレルは混乱した。今までいた中庭ではない。崩れかけた崖の上に転がっている。そして、身体が小さい。12、3歳くらいだ。レイナの髪は肩で切りそろっている。
「髪が…ここは…」
「戻ってる?」
見詰め合った瞬間、二人は理解した。同じ体験をしたのだと。戻ってきたのだと。
「レイナ様!」
「皇太子、ご無事で」
駆け寄る護衛達の足音に、エルホの姫とホオトの皇太子に戻った。急いで立ち上がり、距離をとる。
「約束しよう。次に会うときは、お前を殺すときだ」
「それはこちらのせりふよ。私があなたを殺すわ。約束よ」
「楽しみだな。帰るぞ」
ふふっと笑って、カレルは、護衛を引き連れて帰っていった。レイナはそれをじっと見つめている。
火の山が、また一つ身震いをした。