6.安らぎ
穏やかな時は、ゆっくりと流れてゆく。
半年して、城には新しい王女が誕生した。大きな虹の瞳のかわいらしいお姫さまに、城中の人が夢中だ。アルノー王子は、妹を一応可愛がるものの、まだまだ遊び相手にならないと分かった途端、前にも増してレイナとカレルにベッタリになった。
カレルの鍛練に、自分も参加しようとするので、危険を避けるために、早朝に時間をずらした。以来、カレルは一人早朝に鍛錬している。
一人、模造剣をふるっていると、人の気配に気付き、カレルは剣をおろした。こんな時間に来る人は、決まっている。
「ごめんなさい。一緒にいいかしら?」
模造剣を携えたレイナが近づく。ドレスではなく、女性用騎士服だ。
「かまわない」
「ありがとう」
二人並んで、しばらく黙々と模造剣をふるうが、やがて、手合わせをすることに。
半時ほど、打ち合って、剣をおろした。
「相変わらず、いい腕だ」
「あなたもね。ああ、このくらい動けば、王子の動きについてけそう」
ほうと息をつくレイナに、カレルもクスッと笑う。レイナは、時々こうやって、カレルの鍛錬に顔を出して、剣の腕を磨いている。
5年間王子と一緒の関係は、二人の間の溝を埋めていた。ここにいる間だけは、国のことは忘れてもいいのではないか。口には出さないが、お互いそう思っていることを、わかっている。夢から覚めてしまいそうで、口にはできなかった。
憧れることさえ許されなかった普通の少年少女として、二人は今存在していた。
兄姉のような王と王妃。なついてくれる小さな王子と王女。優しい城の人達。明るくてたくましい城下町の民。
たとえつかの間でも、いい。この穏やかな生活を大切にしたい。
それは、密やかな願い。
カレルは、王の鍛練に付き合っていた。平和なこの島だが、男性はたしなみとして、剣術か弓術を身につけるのだ。武術と言うよりは、スポーツに近い。
鍛練の相手をし始めた頃は、互角だった二人だが、5年たった今では、カレルが王に胸を貸す形になっていた。城の中で、カレルに勝る者はいないとのもっぱらの評判である。
王とカレルの鍛錬の傍らでは、王妃と子ども達がゆったりとお茶を楽しんでいた。そこにはもちろんレイナの姿もある。
18歳になったレイナはすっかり年頃の娘になっていた。もとより整った顔立ちに、うっすらと施された化粧は華やかさを加える。肩で切りそろえられていた朱金の髪は背中を覆うほどに伸び、しなやかに延びる手足は、優美なドレスにつつまれていて、城の独身男性の目を釘付けにしていた。
独身女性たちの目を釘付けにしているのは、カレルだ。レイナと変わらなかった背丈は、この5年でずいぶん伸びた。ほっそりとしてはいるが、鍛えられた身体に、レイナとよく似た整った顔。剣の腕もさることながら、王と次代王の片腕になるだろうと言われている。
今もこの場を、こっそりと多くの侍女や侍従たちがのぞいているのだった。
王とカレルが、打ち合いを終えて王妃達の下に戻ってきた。
「アルノー、父様と稽古するか?」
「う、今日はちょっと」
アルノーは、剣術の稽古をはじめて間もないのだが、あまり好きでないようだ。アルノーの困った顔は、皆の笑いを誘った。
「そうか、では、次の機会にな。そうだ!レイナ、久しぶりにカレルとの手合わせを見せてくれないか?」
王が嬉々として、レイナとカレルを見る。まるで、おもちゃを前にした子どものようだとレイナはほほえましくなる。
「まあ、レナード!レイナはドレスですよ!!」
王をいさめる王妃を、レイナは笑って制した。
「私なら大丈夫ですよ、シンシア様。カレル、いいかしら?」
「もちろん。レナード様、レイナに剣をお借りします」
笑顔で王から剣を受け取り、レイナに渡す。
二人が向き合い、剣を構えた。ふっと、辺りの空気が重くなり、二人の顔つきが、変わった瞬間、両者が足を踏み込み、打ち合いが始まった。
2つの剣が、風を切る音が続く。すばやい動きで、かわす動きは、舞のようだ。時折、剣が打ち合うかん高い音が混じる。
剣を繰り出す二人の顔は、真剣そのもの。
最初は、きゃあきゃあ言いながら見ていた王妃も侍女たちも、いつの間にか、魅入られたように見つめている。アルノー王子は、父の服を握りしめ、食い入るように見いっていた。レイナとカレル以外、動くものはいなかった。
「あ」
裾に足をとられ、レイナが体制を崩した。
倒れる!
皆がそう思った瞬間、レイナはカレルの腕の中にいた。カレルは自ら膝をつき、レイナが倒れるのを防いだのだ。レイナはカレルの胸から顔をあげた。
「ありがとう」
「どういたしまして」
今にも触れそうなほど近い二人の顔に、きゃぁーと黄色い声が飛ぶ。
立ち上がり、剣をおろした二人に向かって、真剣な表情のアルノー王子が走っていった。二人の服をつかんで、必死に訴える。
「カレル、レイナ。あのね、ぼく、もっと練習する。それで、カレルとレイナみたいになる!」
「まあ、王子…」
「楽しみにしてますよ」
小さな王子の宣言に、二人は、そろってふわりと笑った。