4. ホマシ
とてとてと軽い足音を、レイナは浮上する意識の中でとらえた。
(小さい子…?)
ぴとっと額に小さな手があてられる。覚えのあるその感触に表情がゆるむ。
(やっぱり。従兄の子どもかしら?)
小さなぬくもりが急に離れた。もっと触れていてほしいのに。
「…めよ」
女性の声がする。誰だろうとゆっくり目を開けたレイナは、自分が目にしたものが信じられなかった。
2歳くらいの男の子を抱えた若い女性が、レイナをのぞきこんでいた。朱金の髪に虹色の瞳。レイナとカレル以外存在しないはずの武と智両方の血を引くもの。
「…あの、大丈夫?」
目を開けたまま、固まってしまったレイナを、女性が気遣う。
「は…い、大丈夫です。あの、ここは」
「ここは、エールの王城よ。あなた達、傷だらけで気を失っていたのよ。びっくりしたわ~」
女性に手伝ってもらい、身体を起こした。男の子は、レイナを気に入ったらしく、しきりに、手を伸ばしてくる。レイナは、無意識にその相手をしながら、混乱した頭を落ち着かせようとした。
「あの、私以外にも…?」
「ええ、彼なら、さっき起きて、王と話をしてるわ。いま、呼ぶわね」
そう言って、女性は、誰かに合図を送った。
レイナは、記憶をたどる。
(ホオトの皇太子と話をしていたら、急に地震があって…。そう、足元が崩れて、放り出されたんだった。じゃあ、ここは、あの崖の下?でも、さっき彼女は、王城と…)
頭の中で、ぐるぐるとそんなことを考えていると、20台半ばくらいの朱金の髪と虹色の瞳の男性とカレルが部屋に入ってきた。レイナは、はっと背筋を伸ばして、痛みに顔をゆがめた。
「ああ、楽にして。まだ辛いだろう」
男性が心配そうに言うと、女性が、背中にクッションをいれてくれた。カレルは、こわばった顔でそれをじっと見ている。
「レイナだね?私が、王のレナードだ。妻のシンシアと息子のアルノー」
男性が、にこにことアルノーごとシンシアを抱き寄せる。
「王…?どの国のですか?」
戸惑うレイナに、レナード王は、ふむと片手で顎をなでた。ちらっと、カレルを見て口を開く。
「ちょっと、話が長くなりそうだ。すわらせてもらうよ。カレル、君もね。けが人は安静にしないと」
レイナのベッドの周りに並べられた椅子に、レナード、アルノーを抱いたシンシア、カレルが座る。
「さて、カレルに聞いた話を確認しながら、説明しようか。まず、君達は、火の島の神殿前の崖から地震で放り出されたと。いいね?」
「はい、そうです」
「で、火の島にはエルホとホオトの二国があって、戦争中だと」
カレルとレイナがうなずく。レナードとシンシアが困ったように顔を見合わせた。
「そうか…。まず、この世界に、エルホとホオトという国はないんだ。火の島全体でホマシという国になる。この国だ」
カレルとレイナは一瞬だけビクッと身体を震わせた。
「それと、先ほど自分達だけのはずだとカレルが言っていた、この髪と瞳。これは、火の神の血を引くこの島では、珍しいものではない」
カレルは歯を食いしばり、レイナは目を閉じた。布団をつかむ手がかすかに震えている。
「…ここは僕達の世界とは違うと―?」
「おそらく」
カレルの言葉に、レナードは気の毒そうに肯定する。がっくりと肩を落としたカレルとレイナに、自分達の客人として滞在するようにと、生活を保障してくれた。
少し落ち着いてきた二人に、シンシアがふともらした言葉が自分達の運命を思い出させた。
「二人は、よく似てるわね。兄妹?」
顔色を変えた二人に、シンシアがおろおろとあわてる。
「ご、ごめんなさい。聞いちゃいけなかった…?」
「―いえ。血縁で言えば母方の従兄妹、父方のはとこ、でしょうか」
そう答えたカレルをレイナがキッとにらみつける。
「認めないわよ!叔母様をさらった皇帝の血を引くあなたが従兄なんて…!!」
「事実だ」
「な…!?」
「だー!」
今にもつかみかかりそうなレイナを、シンシアの腕の中のアルノーが身を乗り出してつかまえる。小さな仲裁役にレイナとカレルも落ち着きを取り戻した。
レナードとシンシアも、二人の事情に気付き、深く聞くことはしなかった。
「ここでは、君達は保護されたただの少年少女だ」
そのレナードの言葉に、カレルとレイナはホマシでの生活を受け入れるため息をついた。