2.火の山
火の島ホマシの北側1/3を占める火の山。今なお活動する活火山であり、火の神の寝所とされる。
その山の中腹、海に面する場所に火の神を祀る神殿があった。エルホとホオトの両国に接しつつ、中立を守る特異な場所。15年前より戦争状態にある両国民が顔を合わせるただ一つの場所でもあった。
あまり干渉しない隣国であったエルホとホオトが戦争にいたった理由は、ホオト皇帝によるエルホ王女の拉致。歴代の皇帝の中でも術力の強い皇帝は、エルホの城に現れ、妻にすると王女をさらっていったのだ。
皇族と王族の婚姻は、強大すぎる力を生むことを恐れて、禁忌とされてきたのに。
以来、15年。大きな激突とその後の休戦状態を幾度となく繰り返し、現在に至る。
午後早くに、神殿前に止まった馬車から一人の少女が降りたった。肩の位置で切りそろえられた朱金の髪、意志の強さが感じられる瞳は虹色に煌いていた。
彼女の名はレイナ。エルホ王の姪である。
エルホ王族とホオト皇族両方の特徴を併せ持つレイナの姿に神官の間に動揺が走った。
レイナは一瞬目を細めたが、何事もなかったように案内の神官の後に続く。神官たちも、その姿にいつもの落ち着きを取り戻した。
控え室で待っていた神官長に、挨拶もそこそこに、祭殿へと促される。
「急ぎますね。この後、どなたか…?」
レイナの言葉に、大陸から派遣された神官長が、たじろぐ。
「はい、ホオトの方が―」
「…わかりました。行きましょう」
見るからにほっとした、神官長に続き、祭殿へと向かった。
火の神を祀る祭殿は、ダイナミックな意匠だ。
神官長に促され、祭壇の前にひざを折る。武人の守り神たる火の神に、レイナは加護を受けに来たのだ。
15年前、ホオト皇帝に王女を攫われた後、両国の血を引く子の誕生が危惧された。武と智、両方の力を持つ者に、かなう者はいないだろう。いずれエルホを滅ぼすに違いない。
そう恐慌状態に陥った王宮を静めたのは、三の王女ミリナの言葉だった。
では、こちらにも二つの血を引くものがいればいい―
そう言って、虹色の瞳を持つ幼馴染と結ばれ、生まれたのが、レイナだ。幼馴染の母は、死んだとされる皇妹のカリン。
レイナは、13歳になった。戦に出れる年だ。幼い頃より母より武術を、父より神術を学んできた。5年前に父母が戦死した後は、王族がこぞってレイナの面倒を見た。レイナは、彼らに恩を返したかった。
ようやく戦にたてる。
レイナは急いていた。ホオトには皇帝と攫われたセレナ王女の間に同い年の皇子がいる。おそらく、次の戦でレイナと同じく初陣だろう。
15年の戦いは、ホマシの島を荒廃させている。両国とも決め手を欠き、一進一退の戦況が続き、国が疲弊していっているのだ。
決着は、私の手でつける―。それが、道具として生まれた自分の使命だと、レイナは思っていた。
滞りなく、神事は終わり、神官長に淡々と挨拶をし、レイナは神殿を出る。
見送りについた神官に、従兄に教えてもらった、海の見える場所を聞いた。
「失礼、海の見える場所に通じる道があると聞いたのだが…」
神官は、あせった様子で、説明する。自分の髪と瞳におびえているのだろうと、レイナは思ったが、いつものことだと気にしない。それが、レイナの凛とした美しさ故とは、思ってもいないのだ。武人としてでなく普通の姫として育っていれば、気高く美しいエルホ一の美姫として名を馳せたであろう美貌は、道具には不要であった。
神殿は、山の中腹に位置し、背面を山に、入口を海に向いて建っているが、海に向かって、上り坂になっているため、海を見ることは出来ない。教えられたとおりに、少し下ってから林の中の横道に入る。
護衛が、少し距離を置いてくれている。子供の頃からついていてくれる壮年の護衛には、自分の心が読めるのだろうと、レイナは思う。今、レイナは一人で海が見たかった。
ずっ、と地面が震えた。火の島は、火山があるため、地震が少なくない。そのため、島の人間は、ちょっとした揺れなら、気にしない。この時も、レイナをはじめ皆一瞬止まっただけで何事もなかったように、歩き続けた。
しばらくすると、開けた場所に出た。レイナは、知らず急ぎ足になる。
初めて見た海は、青く 大きかった。
このはるか先に、大陸がある。その先にもまた別の大陸が―。
世界は、広い。
私は、なんと小さいのだろう。
青くきらめく海に引き込まれたレイナを現実に戻したのは、聞き覚えのない声だった。
「先客がいたのか」
ゆっくりと振り向いたレイナの目に映ったのは、朱金の髪、虹の瞳。自分とよく似た顔立ちの少年。
運命の二人が出会った瞬間だった。