1.はじまり
心が乱れた時には 月を見上げる
すべてを癒すと言う月の光を浴びながら あの人のことを 考える
あの人も この月を 見ているのだろうか―
いつか 並んで月を見ることが 出来るだろうか―
月は 答えてくれない
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この世界には、3つの大陸がある。その一つアカトゥキ大陸の側に、ホマシという大きな島があった。火の神の寝所とされる火の山が島の3分の1を占め、そこから流れる川により、東西に二分されている。
その左右に分断された土地に、二つの国があった。武の国エルホと智の国ホオト。
息子達の争いが止まないので、火の神が火の山の川を作り島を二つに分けたのだという伝説がある。息子達がそれぞれ国を作った子孫が、今の二国だというのだ。
兄の朱金の髪と強靭な肉体を受け継いだエルホの王族と、弟の虹色にきらめく瞳と神術の力を受け継いだホオトの皇族。
両国は干渉することなく、この世界の盟王でもある月王と神殿関係者によって、微妙な関係が保たれていた。
火の山は、島の北に位置し、片側を海に接している。その海側の中腹に島の神殿を統括する火の神殿があった。祭神はもちろん火の神ホーヌシ。
この神殿は、どちらの国にも属さない中立地帯で、両国の神官と月の国から派遣された神官とで運営されていた。
今、智の国ホオトの川沿いの道を行く一行があった。皇妹が神官になるために火の神殿へと向かう一行だが、皇族が乗るにしては質素な馬車に、厳しい警備。
ホオトは皇帝を絶対視し、皇帝以外の皇族は神官として奥宮に一生封じられる。彼らが奥宮から出られるのは、神官になる時と死んだ時だけ。警備は皇妹を守るものではなく、閉じ込めるもの。
皇妹カリンは、その警備を窓から目にして、苦笑した。
逃げるわけないのに―
カリンは、諦めていた。幼い頃より、奥宮に神官として封じられている皇族たちの姿を目にし、彼らの「なにも望むな」という言葉に諭されて、自分の未来を悟っていた。
望むから傷つくのだ。最初から望まなければいいのだ。奥宮で皇帝のために祈る一生に、感情は必要ない。
だから、カリンは、すべてを諦めていた。
がたん と、馬車が止まった。警備の者が扉を開け、お目付けの侍女に話しかける。
「皇女様、こちらで、馬を休めるためにしばらく休憩いたします」
「…そう。少し外に出てもいいかしら。水の音が聞こえるわ」
侍女は、一瞬の逡巡の後、うなずきセレナがおりるのに手を貸した。もう一生外を見ることのないカリンを、気の毒に思ったのだろうか。
カリンは生まれて初めて、森を流れる川を見た。思わず岸に近寄ると侍女に注意を喚起された。大丈夫と答え、ギリギリまで歩いてゆく。
「これが…川…」
流れる水を飽くことなく見つめていると、視線に気がついた。つ、と視線を動かすと下流の対岸に男がいた。朱金の髪の若い男。エルホの男だ。それも王族に近い。
目が、離せなかった。男も一心にカリンを見つめている。まるで、互いの心に刻み付けるように。
どれだけ見詰め合っていたのだろう。侍女が近づいてくるのを察したカリンは、心を決めた。
大きな水音。
侍女の悲鳴。
駆け寄る警備の者達の怒号。
これが、すべての はじまり―。
「神官は神に舞を捧げる」番外編 ただ一たびの に出てくる火の島のお話です。カリンはカズホの父の妹にあたります。