光り輝く追跡者
月曜日、学校へとむかう通学路。
それは、ある種断頭台へと送られる死刑囚の心情と似ているかもしれない。一日の中で最も憂鬱な時間。刻一刻と始業の時間が迫り、歩みをとめることは許されていない。しかし、心に襲来するのは、学校に行きたくないという願い。さぼりてぇ。
と、いつもの僕ならそう思ってだらだらと歩いているのだが、今日は少し事情が違った。
ラノベにありがちな、朝起こしてくれる可愛い妹も、一緒に通学する美人の幼馴染もいない僕は、当然普段は一人で学校へと向かっている。
そう、一人なのだ。……別にぼっちというわけではない。ちゃんと学校に行けば友達はいる。
学校に向かうまでの通り道、特に家から出たばかりの今は、誰かに会うでもなく歩いているはずなのだ。だが。
……後ろに、いる。
僕の歩くペースにあわせて、着かず離れずの距離を維持して着いてくる。僕が立ち止まると立ち止まって、振り向くと壁やら電柱やらに隠れて見えないようにしている。
漫画みたいに、視線を感じることの出来ない一般人の僕には、気づくことは出来なかっただろう。普通だったら。
何が普通じゃないかだって? それはね。
――――光っているんだ、彼女。
後光が差しているようだ、とかそういう比喩じゃない。本当に発光しているんだ。光り輝いている。まぶしすぎて、道にある水溜りがキラキラ光っている。
そもそも光っているってなんだ。僕が知らない間に人類は次のステージに昇ったとでも言うのだろうか。そんな奇抜なやつは僕の知り合いにはいないよ。
そして問題なのは、果たして彼、もしくは彼女は誰なのかということだ。
隠れるのが上手いのと、光の所為で輪郭すらはっきり見えない。まぁ、隠れていること自体は光っている所為でバレバレなんですけどね。
後をつけられていることなど、大事の前の小事だ。僕にとって重要なのは、このストーカーさんが可愛い女の子かどうかということのみなのである。
だって考えても見て欲しい。ストーカーするということは、僕に対して関心をもっているということだ。これが、もし僕が女の子であったなら気持ち悪いってなるんだろうが、生憎僕は男だ。びっくりしていないといえば嘘だけど、そんなのは光っていることのインパクトに持っていかれている。
だから、より重要視されるのは、ストーカーさんの正体ということになる。頼むから、せめて女の子であってほしい。男にストーカーされていたと知った日には、もう一人で学校にも行けなくなってしまうだろう。のー、ほも、いえす、へてろ。僕はノンケです。
しかし、いったいどうしたら良いだろう。ストーキングの技術もさることながら、光っているというのが予想以上に厄介だ。なんせ、まぶしくて何も見えない。恋的ないみじゃなくて。
時折振り返ってみるけれども、姿を見ることも出来ないのだ。ついでに僕の目もやられる。
考え考え歩いているうちに、学校が見えてきた。いつの間にか後ろをついてくる光も見えなくなっている。今日はここまでのようだ。
翌朝。
いつもどおりの時間に家を出る。
振り返らずとも分かる。今日もいる。前を歩くおっちゃんの頭が当社比三割り増しくらいで光っている。光り具合は変わらずのようだ。
だが、今日の僕は昨日の僕ではない。ストーカーさんの正体を見極めるために、秘密兵器を持ってきたのだ。てれれてってれ~。さんぐらす~(だみ声)。
かばんから取り出したサングラスをかける。昨日父親から借りたのだ。これならいかに光っていても、その姿を目に納めることが出来よう。ぐふふ、年貢の納め時だ、観念せい。
期待に胸を膨らませながら、何気ない風を装ってさっと振り返る。だが、目に入るのはなにもない道。あれぇ? ちょっとサングラスをずらしてみると、電柱の裏から光が漏れているので、そこに隠れているのは間違いないだろう。
……そうだ、忘れていた。光を防ぐ以前に、まず、まともにストーカーさんを視界に入れることすら出来ていないんだったっ!
このサングラスはきちんと光を遮断しているようだが、肝心の本体の方が隠れて見えないとは……。不覚っ……! 圧倒的不覚っ……! サングラスかければ大丈夫とか調子に乗っていた自分が恥ずかしい。
そのあとも、物を落としたフリをして後ろを見てみたり、曲がり角を曲がった後に逆に隠れてくるのを待ってみたりしたが、成果はなし。影さえ見ることは出来なかった。多分影出来てないけど。
これは難題だ……。光っているという特異性に気をとられすぎた。この光もさることながら、このストーカー技術の高さもストーカーさんの武器なのだ。ストーカーのストーカーたる所以とは、いかに対象にばれずにストーカーすることなのであろう。ストーカー言い過ぎてわけ分からん。もういっそ彼女と呼ぼう。男だったときなど知らん。
どないしよう。一般人たる僕のスペックでは太刀打ちできないかもしれない。くそっ、なんて無駄に高度な技術を持ってやがるんだ。これで光ってさえいなかったら完璧じゃないか。
どう対策しようかと悩んでいるうちに、学校に着いた。今日はここまでのよう「君、なんでサングラスかけてるの? ちょっとこっち来なさい」おふ……。
翌朝。
いつもどおりの時間に家を出る。ちなみに昨日は、眩しかったからと謝り倒してゴリ押しした。父親から借りているサングラスを没収されたとあっては、いったいどうなるかわからん。小遣いなしだけは勘弁して欲しい。
さて、今日も今日とて、後ろをついてきている彼女。相変わらず光っている。
その正体を暴くために、昨日はずっと考えていた。そのせいで授業が上の空になってしまったが、まぁ仕方ないだろう。今日の秘密兵器は、これだ。てれれてってれ~。手鏡~(だみ声)。
後ろを振り返ると、勘付かれて隠れられてしまう。ならば、この手鏡を使って後ろを振り向かずに見れば良いってスンポーよ。これで勝つる。
さりげなさを装ってかばんから手鏡を取り出し、さりげなく後ろの彼女がみえるように角度を調整する。さぁ、ご開帳だぜ……!
……まぶしっ!
うっかり手鏡を落としてしまいそうになるが、そこは意地でなんとか踏ん張った。
改めて鏡を見ると、気付かれてすでに隠れてしまったのかおなじみの電柱からもれる光が見えるのみ。一瞬のチャンスをふいにしてしまったようだ。
これは上手く良くと思ったんだけどなぁ。なぜそうなったのか全く理解が出来ないが、やはり僕も人の子、あせっていたのだろう。
サングラスかけるのを忘れていた。
道理ではっきり見えると思ってたんだよね。ストーカーさんは光っているから、そのままじゃ見えないって分かってるはずなのに。手鏡のほうに気を取られすぎたか。
とはいえ、この手はもう通じまい。彼女のストーキング能力を鑑みるに、一度取った方法は対策されるだろう。
それにしても、彼女の能力には舌を巻くばかりだ。光ってなければ完璧だなんてとんでもない。光っているからこそ、自身を完璧に隠しつつストーキングできるのだろう。どちらかが欠けていてもだめ。二つそろってこその彼女なのだ。
……面白い。負けず嫌いの僕の血が騒いでいる。どんな手を使ってでも、君の正体を暴いてみせよう。僕はあきらめないぞ。君の姿を見るその日まで。
憂鬱だった通学路はその日から、熾烈な争いの場になった。