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森に吹く風の色

作者: 里見

構想だけあった長編小説「優幽奇談」の番外編です。

以前書いたものを手直ししての再掲です。

「楽しかった?」

 自然に浮かんできた笑みを消す前に、左隣に立って俺の左手をしっかりと握り締めている子に目を向ける。ようやく俺の腰のあたりに頭が届く程度の小柄な女の子。名前は「優雅」と書いてユウカと言うらしいけど、俺は優ちゃんとしか呼んだ事がない。ユウカちゃんより優ちゃんの方が、優ちゃんには合ってる気がしたから。

 優ちゃんの髪は肩できれいに切りそろえられた真っ直ぐで黒い髪をしてる。手袋でも欲しくなる気温に似つかわしくない季節外れの白い半袖のワンピースを着て、優ちゃんはにっこりと笑った。

《うん。だけど、あの子……優のこと、見えてなかったね》

 優ちゃんは残念そうに、とうに姿を消した少年に思いを馳せているようだった。そう、先程まではもう一人この場にいた。優ちゃんよりは背は高いけど、まだ成長期のあの子は俺にしてみればやっぱり小柄だった。

 優ちゃんはガードレールの上に腰をかけ、浮いた足を前後に揺らしていた。

「でも、気付いてたよ。ちょっとだけ優ちゃんのこと、見てたし」

 若いカップルがこちらを気味悪そうな目で見て、俺の背後を足早に通り過ぎた。至極真っ当な反応だと思う。あのカップルに優ちゃんは見えていないのだから。

《……でも、手…振ったのに……》

「きっとあの子には優ちゃんが人の形として見えてなかったんだ」

 俺がそう言うと、優ちゃんは不満たっぷりに俯いた。

 困ったな。

 俺は優ちゃんと向かい合うようにしてガードレールの前にしゃがみ込んだ。

「皆が皆、優ちゃんのこと見えるわけじゃないんだ」

 諭すように言うと、優ちゃんは俺の手の中から逃れた右手で俺の眼鏡に触れた。

《たくまお兄ちゃん、これ…イヤ。外して》

 触れたという表現は正確ではないかもしれない。優ちゃんの手は、俺という人物以外のものに触れることができないから。俺が身に付けている眼鏡にしても服にしてもそれは言える。優ちゃんは眼鏡に触れたのではなく、触れる“真似”をしただけだった。

 幽霊、というやつの性。

「ああ、うん。ごめんね。眼鏡ないと西野さん、見えないと思ったから」

 言いながら俺は度の強い眼鏡を外し、胸のポケットにそれを落とした。


《あのお姉ちゃん、ちゃんと上に行った?》

 しばらく黙り込んでいた優ちゃんは、ふと思い出したように口を開いた。それは尋ねているというよりは無事に着いていると良い、そんなささやかな祈りが含まれているように聞こえた。

「行ったと思うよ。俺の中から出ていくより先に、消えたから」

 俺がそう答えると、優ちゃんは安心したようににこりと笑みを浮かべた。まるで幽霊とは思えないような可愛らしい笑顔だ。


 俺はなんだか霊感っていうのが強いみたいで、一般的に“幽霊”とか“霊”そう言うふうに表現される人たちが見える。あんまり怖い感じはしないし、嫌な感じもないから俺は勝手に彼らを“仏さん”って呼んでるけど。

 で、何でか知らないけど俺の体はその仏さんたちが憑依するのに条件が良いみたいで、たまに体を貸してくれって言われたりする。さっきまで体を貸してた西野幸恵さんもそのひとり。

 すごく倉田くんっていう人に会いたかったみたい。意志も結構強かったから、きっと断ったら後ですごいことになっちゃうんだろうなと思って、ちょっと迷ったけど最終的には体を貸した。

 体使って犯罪しそうな人は遠慮してもらうけど、西野さんはそんなことしそうになかったし、優ちゃんからもお願いって言われたから貸すことにした。


 結局、西野さんは倉田くんっていう人には会えなかった。

 代わりに、倉田くんに似た子――さっきまでこの場にいた子だ――に会って、満足してたみたいだけど。だから俺の中から消えていったみたい。


《ねぇ、たくまお兄ちゃん》

 ふと顔を上げると優ちゃんがガードレールから降りて俺の顔を覗き込んでいた。なんだか上の空だったらしい。心配そうにこちらを見る優ちゃんの頭を撫でる。

「ごめん、何?」

《あのお兄ちゃんね、とてもきれいだったの》

 唐突に「きれい」と言われて疑問符が脳裏に現れたが、思い返すと確かに「きれい」だったかもしれない。ちなみに、優ちゃんが言う「きれい」というのは容姿のことじゃない。その人を取り巻く、その人の持つ空気みたいなものを指している。

 あの子は一緒にいて落ち着く空気を持っていた。それのことを言っているんだと思う。

《森のね、風の色だったの》

 一瞬悩んで、ああ、そうだな、と思った。安らぐ感じがそれに近いかもしれない。

「きれいな色だね」

《だからね、また会いたいの。きっと優のこと分かってくれるの》

 くるっと優ちゃんが回るとワンピースのスカートがふわっと舞った。俺は優ちゃんのように空気の色はわからないけど、その時の優ちゃんは、冬の晴れた日の空の色をしているように見えた。

 ちょっと違う……冬の晴れた日の朝の空の色だ。そう、そんな色をしているように見えた、俺には。

 今度はサラリーマンが近づいてきた。

 ガードレールに向かったまま、しゃがんで独り言をつぶやいている俺はさぞ怪しいだろうなと思う。案の定、そのサラリーマンは極力俺に視線を向けないようにして通り過ぎた。


《…来たよ》

 ふと、空を見上げて優ちゃんが言った。それとほぼ同時にガードレールの向こう側、シルバーの乗用車が路肩につけられる。中から知った顔が出てきた。

「よ。ロリコン、生きてるか?」

 黙っていれば爽やか好青年なんだけど、相変わらず口が悪い。ひどいなぁ、と思う。苦笑してると彼はガードレールを乗り越えてきた。

「今日はちょっと楽だった。楽しかったし」

 俺が言うと彼は「ふぅん」と曖昧な返事だけして、さっきまで優ちゃんが座っていたガードレールに腰をおろした。

 彼は橘と言って除霊師というやつらしい。でも、橘に霊とか仏さんは見えない。以前、変な除霊師だねと言ったら不満げに口を尖らせていた。

 ちなみに、俺が唯一触れることのできる優ちゃんの姿も橘には見えていないのだそうだ。それでも、そこにいるということは感じることができるらしい。薄々思っていたけど、やっぱり優ちゃんは普通の仏さんたちとは違うらしい。

「で、そのニシノはどうした」

「んー、上。多分」

 俺が答えると橘は暗い夜空を見上げた。地上が明るすぎて本来なら見えるであろう星がほとんど見えなかった。

「まぁ……お前が言うならひとまずは安心か」

 橘はそう言いながら、今度は優ちゃんがいるあたりに視線を向けた。

「そういや、さっき面白い奴を見たぞ」

《……面白い?》

 優ちゃんが不思議そうに聞き返すけど、その声は橘に聞こえない。代弁しようかと橘を見たけど、それより早く橘が口を開いた。

「あいつ、何か見えてるな。多分、歪の蟲どもだろーが」

「歪? 何それ」

 俺が聞くと橘はフンと鼻を鳴らして両手を目の高さまで挙げた。

「右手が俺たちの普段見てる世界。左手が幽霊たちのいる世界。幽霊っていうとニュアンス違うけど、まぁ、そんなもんだ」

 そう言って橘は両手の平を向かい合わせる。

「そんで、世界っつーのは重なってんだ。ビミョーにな」

 言いながら橘は左右の手をずらし、指一本分ぐらいが重なったところで手を止める。世界がちょっとだけ重なってるっていうのを説明したいらしい。何となく、分かった。

「その重なった部分のほんの少しは常に空間が開いてる。1%にも満たないぐらいだけどな。いわゆる、異世界ってやつと繋がっちまってるってこと。分かる?」

 優ちゃんを見ると軽く頷いていた。それを確認して俺は橘に続けて、と促す。

「その開いちまってるのを歪って言って、その中に住んでるのを蟲って俺たちは呼んでる」

 橘はずらして重ねていた手を下ろした。

「その蟲を見てるんじゃないか、って話」

「どんな形してるの、それ」

「知るか。霊も見えねー奴にそう言うこと聞くか、普通」

 言いながら橘は腰を上げてガードレールを越えて行ってしまった。遅れないように俺も優ちゃんの手を取ってガードレールを越え、車の右側から車内に乗り込んだ。

優ちゃんもいるから、一応後部座席。

「優も乗ったか?」

「うん」

 俺が答えると、橘はトレーラーが通り過ぎるのを待ってからアクセルを踏み込んで車の流れにのった。


「なんで蟲が見えてるって分かったの?」

 深夜で歩行者もまばら。暇そうに運転する橘に声をかけると、ルームミラー越しに目が合った。

「視線の動き。嫌ーなモン見る目でチラッと見てすぐ逸らしたから」

 橘の話を優ちゃんはまんざらでもなさそうに耳を傾けている。何か、面白いんだろうか。

「蟲を見てると確定してるわけじゃないから鵜呑みにすんなよ」

 言ってから橘は「特に優、お前な」と付け加えた。それを聞いて優ちゃんはちょっと不満そうに頬を膨らませた。


「そーいや、そのガキ……優の残留思念っつーの? 何か残ってたぞ」

《あ……》

 優ちゃんは驚いたように目をぱちぱちやってそれから俺を見上げてきた。どうしたの、と俺が尋ねると優ちゃんは嬉しそうに言った。

《きっとそれ、あのお兄ちゃんよ。別れる時に目印つけたの》

「優ちゃん……目印つけちゃダメだよ」

 きれいな表現ではないのは重々承知の上だが、優ちゃんのいう“目印”というのは犬でいうところのマーキングみたいなもの。本人は気付かないようだが、仏さんの間であれば誰がつけた印なのかが分かるらしい。

《また、あのお兄ちゃんに会いたいな。だめ……?》

 よっぽどお気に召したらしい。普段はまた会いたいなんてそうそう言わない優ちゃんだが、今日は珍しく歳相応に甘えた声で俺を見上げてきた。可愛い愛娘にお人形でもねだられる父親の気持ちがほんの少しだけ分かった気がする。ダメだよそんな目で見ちゃ。俺は優ちゃんに強くは言えないたちなんだから。



*   *   *



 結局、後日ということで話はまとまったが優ちゃんにあの子の家まで連れて行く約束を取り付けられてしまった。そのときは車を出して欲しいと橘に頼んだら、呆れた顔で橘はこう言った。

「史上最大級の激甘ロリコン野郎め…」

 そう言いつつも送ってくれるあたりが橘だ。内心で感謝しつつ、口では格上げされたらしいロリコン説の撤回を試みたが、あえなく玉砕したのはまた別の話。


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