やはりお金で愛は買えませんでした
「これまでありがとうメアリー。今日までよく尽くしてくれた」
唐突に私の肩にポンと手を置いて、労いの言葉を掛けられる。
目の前に置かれた大量の成果品を前に、彼は満足げな笑みを浮かべていた。
「これで私は役目を果たしました。では約束通り、これで正式に——」
「そうだよ。キミはよく全うしてくれた。だからもう用済みだよ」
「——は、い……?」
一瞬、聞き間違えとも思った。
彼の発言内容と表情が伴っておらず、柔和に穏やかな口調で語りかける。
「だからもう、メアリーとの関係もこれで終わりだ」
「そ、そんな……婚約の約束を反故にされるおつもりですか…………!」
「約束とは、何のことだろうな。俺には見当もつかないが」
「私はライロ様の望みの通りに、金を生成し続けました。それがこれから婚約を結ぶ両家のために、最善であると言った貴方の言葉を信じて!」
「メアリー男爵令嬢殿は自主的に、このジェラルド伯爵家まで足を運んで、何かの作業を行っていたのだと認知していたが違うのか? その結果、なぜか俺の目の前には大量の金塊が積まれており、驚きを禁じ得ないのだがなぁ」
口元に手を当てて、ライロはわざとらしく不敵に笑みを浮かべる。
「私は……ライロ様を想って、最後まで完遂いたしましたのに……」
「俺も愛して“いた”よ。つい先ほどまでは」
それはまるで、もう使い道が無くなった道具に告げるようだった。
ノルマとして掲げられていた最後の金の生成が終わったから、私はもう要らないと。
「なぜかは知らないが、金及び希少な鉱石類の貯蔵は、もう十二分に完了した。ご苦労様、もう帰ってくれて構わんよ」
光り輝く黄金にライロは目を奪われたまま、私には部屋から退出しろとばかりに、手で追い払うような仕草を見せる。
羽虫を追い払うように邪険にされ、私の手には自ずと力が込められていた。
「そうですか。もういいです、分かりました。一週間後、この婚約を破棄なされたことを後悔なされませんように」
「——くっくっく! 君に何ができると言うんだい! こうしてキミは媚びへつらうことしかできないのに」
感情を表に出すことも表情を一切変えることもなく、私は無言で部屋を後にする。
空気が重く静寂に包まれた廊下に、バタンと扉が閉まる音が木霊する中、もう笑いが止まらないとばかりに、ジェラルド邸内にはライロの高笑いが響き渡っていた。
ジェラルド邸を後にし帰路に着いていると、不意に緊張の糸が解けたように、一つ息を吐いた。
「あぁ〜! 負けたっ!」
やっぱりこうなってしまったと言うべきか。
私は頭を抱えて、天を仰いでいた。
「結局はレオルドの言った通りじゃん!」
お金で愛は買えない——
付き合いの長い幼馴染に、以前このようなことを言われていた。
実を言うと私も同意見。
けれど、私と同じく婚約者もいなかったくせに、あまりにも知ったような口で言うから、少しばかりイラッとしたのが最後だ。
——だから言ったでしょ? お金で愛は買えないって。
結果を報告する際、レオルドのしたり顔が目に浮かぶ。
ムキになって、金でライロを釣ろうとしたが、思惑通りにはならなかった。
ライロが私との婚約にあまり乗り気ではないのは、初めから分かっていたことではある。
他の令嬢にご執心で、その中に割り込もうと画策したけど、やはり高難易度だった。
それでも勝算はあったんだけどね。
伯爵であっても、ジェラルド家の財政はそんなに余裕のある状況ではない。
その上、ライロは見境なく気のある異性に対して、大盤振る舞いを繰り返していた。
その上で私は交換条件を提示する。
金などの価値ある希少鉱物を精製する代わりに、私と婚約するようにと迫っていた。
そして思惑通り金に目が眩み、後一歩というところまでは行けたのに。
所詮、私が利用されただけに過ぎなかった。
けれど、本当にライロと婚約関係にまで進展せず一安心ではある。
かくいう私も全くと言って良いほど、ライロに恋愛感情はない。
レオルドとの勝負に勝っていたら、その時点で見切りをつけてさっさと別れを告げるつもりだったが、その手間は省けた。
その際、巻き込んだことに対して金塊も考えていましたが、その必要はなさそうです。
ひとまず一週間後——いや、それよりも先に。
今回の結果をレオルドに報告しなければならない、その事について私は気が重くなっていた。
※ ※ ※ ※ ※
あれから一週間ほど経過した。
あの時、生成された金塊はまだ手元に残されていて、懐事情は暖かい。
地位と金さえあれば、周りからも注目され、異性から散々持てはやされる。
今日もこれから淑女たちからのお誘いに参加すべく、ライロは身支度を整えていた。
「ライロ、ちょっと良いか?」
「どうしたのですか父上? ノックもなしに」
バタンと急に部屋の扉が開かれたかと思えば、血相を変えて息切れ寸前の父親の姿がそこにはあった。
いつもの落ち着きある姿とは異なり、焦燥に駆られているように思える。
「どうしたもこうしたもあるか! お前! クノープス商会に借金してるそうだなッ!」
「は、はぁッ! しゃ、借金!? いや、それは……!」
「誤魔化そうとしても無駄だ! 送られてきた封書にお前が借金した金額と、クノープス商会の刻印がしっかりと刻まれているぞ!」
当主の怒号が部屋中に響き渡っていた。
クノープス商会は国内のあらゆる分野に精通している大規模商会だ。
軍事、産業分野の六割を占め、他の追随を許さず、今一番勢いがあると言っても過言ではない。
国王陛下からも一目置かれる存在へと上り詰めていた。
「しゃ、借金は! 確かにしておりましたが…………しかし! きちんと返済しましたよ! そうです! これは何かの手違いで——」
「書面にはなぁ〜。返済としてお前が手渡した包みの中身が、金ではなくただの土の塊だったと書かれている。これはどういうことだライロ?」
「そ、そんなことは! 確かに私は金塊を渡しましたよ! 現に私も今持って————は、はぁ?」
確かにあの時メアリーに金塊を生成してもらい、それはこの目で確認していたはず。
そしてクノープス商会の返済に充てても十分な量が余り、残りを大事にしまっていたはずの金塊が光り輝くことはなかった。
商会からの書面の通り、金としての見る影もなく、土の塊に成り果てていた。
「そ、そんな……確かに金塊を持っていたはず、なのに…………」
「隠れて借金していたのも問題だが、この際どうでもいい——」
言葉を失うライロに構うことなく、父親はもうすでに堪忍袋の緒が切れていた。
「だがなッ! 長い年月をかけて築き上げてきたジェラルド家とクノープス商会との信用に泥を塗りおってッ! 最大の取引先を失うことになるんだぞ! 分かっているのか!」
結果的に金と偽って、何の価値もない土の塊を返済に充てたのだから、先方もカンカンになっていることだろう。
その上、金塊を返済に充てないといけないほど借り入れできたのも、ライロがジェラルド伯爵家を名乗ったことによる信用が大きい。
それをライロが仇で返すようなマネをして、考えるだけで父親は頭を抱えていた。
「父上! 今からでもクノープス商会に謝罪し、借金を完済すればまだ間に合うのでは…………?」
「どうするというんだ。金貨千枚の一括返済なんて払えるわけないだろう!」
「——き、きききっ、金貨千枚ッ!」
「ジェラルド家はもうお終いだ。貴族の地位を失うだけならまだしも、家も失い路頭に迷うしかない……」
金を湯水のようにじゃぶじゃぶ使いまくっていたライロは、借金がそこまで膨れ上がっていたことにようやく気付いたようだ。
金貨一枚につき、庶民であれば一年は裕に自由な生活を送れることだろう。
それを千枚、庶民の生活千年分の返済は、もうすでにジェラルド家の破滅を意味していた。
「——そ、そんな…………」
ライロはその場で崩れ去った。
自分がしでかした事の重大さを痛感させられ、精神的に打ちのめされていく。
血の気の引いた青白い顔色で、すでに絶望の中へと身を投じていたのであった。
※ ※ ※ ※ ※
とまあ、このような一悶着が、ジェラルド家では起こりました。
結局はクノープス商会からの信用を失い、資金繰りが上手くいかなくなったジェラルド家は、その地位を失墜。
ライロに群がっていた女性たちも、この一件を耳にした途端に離れていくことでしょう。
そしてこれから待ち受けるのは商会から斡旋された、過酷な労働の日々。
ライロの自業自得とはいえ、同情の余地はありませんわね。
「それにしても、覗きとは何とも悪趣味な」
「ふっ、それを君が言うのかい? お互い様だろう?」
「それもそうね」
私とレオルドが送っていた偵察隊からの報告を受け、ライロのその後についての情報を知る。
レオルドと同じく、私もジェラルド邸内の様子を伺っていたのだから同類だと。
そう言われて、お互いにおかしくなって笑い合っていた。
「それでどうだい? 今晩ディナーでも」
「お断りします。今日は先約がありますので」
「あらら。だけど、勝負に勝ったのはボクなんだけどなぁ〜」
「………………」
こういう展開になるのが分かっていたから、適当な理由をつけて、さっさと帰ろうと思ったのに。
勝負の報酬を求めて、レオルドは痛いところを突いてくる。
だがここで清算しておかなければ、同じように弱みを握って足元を見てくるのは想像に難くない。
だから——
「分かりました。一軒だけお付き合いしますよ」
やれやれ、仕方ありませんね。
掌握されているようで癪ですが、これも反旗を翻す第一歩。
負けっぱなしのまま、終わるつもりはありません。
ですから仕方なく。
本当に、本当に!
行きたくはありませんが仕方なく! レオルドに付き合って差し上げます!
「どうしたメアリー。顔が赤くなってるが? 体調が悪いのなら、無理にとは——」
「いえ! ご心配なく! 問題ありません!」
「そうか? ならいいが……」
顔を近づけて、心配そうな表情で私をまじまじと見つめてくる。
さりげなく、ごく自然な優しさを見せてくるのです——この男は!
「ちょっ! 本当に大丈夫……ですから」
「——そう? でもさっきよりもっと赤くなってるような……?」
「…………!」
我慢ならずに、視線を逸らしてしまった時点で痛感させられる。
私の負けだと——
レオルド攻略には、まだまだ時間が掛かりそうだった。
権力やお金があっても、簡単に人の心は動かせない。
勘違いな権力者ほど、安易にその考えへと至ってしまうが、此度の一件でよく理解した。
レオルドの言う通り。
やはり、お金で愛は買えない——
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