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第2話 天啓の儀

どうやら俺は、五男でほぼ確定らしい。


最近になって、年長の兄がはっきり言ったのを聞いた。

「五番目の弟」と。


七割理解の語学力でも、そこは聞き逃さなかった。

やっぱり五男ポジションである。


家督レースは早々に観客席行き。

うん、気が楽でいい。下手に期待されるよりずっといい。責任は軽く、飯は同じ。理想的な立ち位置ではなかろうか。


……いや、たぶんそんな単純な話でもないのだろうが、少なくとも今の俺に背負わされるものはなさそうだ。

一歳児に家督争いとか持ち込まれても困るし。


だが、それより気になる問題がある。


母が二人いる。


最初に俺を抱いていた、あの穏やかな女性。

セシリア。柔らかい栗色の髪に、優しい目。話し方はゆったりしていて、抱かれると妙に安心する。どう考えても生物学的母親だ。これはたぶん間違いない。


ところが、だ。


「母だ」


という感じで自然に接してくる女性が、もう一人いる。


こちらは対照的だった。

背が高い。肩幅が広い。腕が太い。立っているだけで圧がある。髪を後ろでひとつにまとめ、動きに無駄がない。たまに庭で兄たちに剣を教えている。


最初に見たときの感想は、ひとつ。


(強そう)


いや本当に。

雰囲気がとかじゃない。物理的に強そうなのだ。


筋肉ムキムキ武闘派ゴリラ――いや失礼。

非常に鍛え上げられた女性、と言い直しておこう。

心の中でのあだ名はすでに「ゴリラ母」だが、本人に知られたらたぶん俺が泣く。いろんな意味で。


とはいえ、不思議と怖くはない。

俺をいじめることもないし、むしろ抱き上げ方は意外なほど丁寧だ。


ただし高い。


持ち上げ位置が高いのだ。

視界が急に二メートル級になる。空だ。世界が一段上にある。ちょっとした飛行体験である。俺はまだ地に足のついた生活すらできていないのだが。


どうやらこの家は、一夫多妻的な事情があるらしい。


詳細はまだわからない。

だが、穏やか母とゴリラ母が同じ家で普通に共存していて、どちらも「母」と呼ばれている。周囲もそれを当然として扱っている。少なくとも修羅場的な空気はない。


子育てのメインは、ほぼメイドたちだ。

授乳期を過ぎた今も、食事や着替え、昼寝管理はほとんど彼女たちが担っている。いかにも貴族らしい分業体制である。


まあ、一歳児をいじめる大人もそうそういないだろうし、今のところ俺の立場は安全だ。

今のところは。異世界なので油断はしないが。油断しないだけで、実質は何もできないところはおいておこう。


季節は夏に向かっているらしい。

最近やたらと暑い。


石造りの建物だから涼しいのでは、と思っていた時期が俺にもあった。

だが日中は普通に熱がこもる。じんわり暑い。汗ばむ。赤子ボディは体温調整がうまくないので、地味につらい。


そんなある日、部屋にいたメイドが中央に立ち、何かに集中した。


次の瞬間、部屋の空気が動いた。


ふわり、と。


自然の風とは違う。

どこか一方向から吹き込むのではなく、部屋全体の空気をやさしく循環させるような流れだ。カーテンがゆるやかに揺れ、汗ばんだ肌を涼しい空気が撫でていく。


しかもしばらく持続する。


……なにそれ便利。


魔法扇風機?

いや、扇風機というには静かすぎるし、羽根もない。ダイ〇ン?あれは、実は支柱部分にファンが搭載されている。このメイドの踵にファンが搭載されていたら、一気にアンドロイドが跋扈する未来世界への転生物語だ。


メイドは少し目を細め、呼吸を整えていた。

やはり魔法は消耗するらしい。それでも彼女は慣れた様子で、さりげなく部屋の温度を調整している。


兄の一人が「助かる」らしきことを言い、姉が本を閉じて微笑んだ。

どうやらこれも普通の日常風景らしい。


俺は床に座り込み、そよ風に前髪を揺らされながら考える。


水を生み出す魔法。

風を循環させる魔法。


ここは間違いなく、魔法が生活に組み込まれた世界だ。


そして俺は五男で、母が二人いて、そのうち一人はたぶん素手で熊に勝てる。

情報量が多い。


とりあえず今の目標は、転ばずに廊下を最後まで歩くことだ。

魔法の習得?

その前に、まずは階段を無事に降りられるようになってからである。


     ◇


兄弟姉妹の中で、いちばん俺に優しいのは長姉だ。


名前はエレノア。


本人がそう名乗っていたし、周囲もそう呼んでいるから間違いない。

たぶん一番上の兄より年上で、背も高い。立ち姿がすでに完成されている。将来有望というやつだ。何に対して有望なのかはまだわからないが、とにかく「この人はちゃんとしている」と思わせる雰囲気がある。


エレノアは、ときどき俺を膝の上に乗せ、本を読んでくれる。


声が落ち着いていて聞き取りやすい。

七割理解の俺にとって、最高の語学教材だ。


ちなみに、膝の上に座ると背中に当たるはずの柔らかい何かは、まだ存在しない。絶壁である。

将来性に期待したい。


……いや、そんなことより本だ。本。


エレノアはページを指でなぞりながら、ゆっくり文字を追っていく。

そのおかげで、俺も少しずつ文字を覚えてきた。


どうやらこの世界の文字は、アルファベット系らしい。

地球のそれと完全に同じではないが、構造はかなり近い。音と文字が対応しているタイプだ。これはありがたい。いきなり表意文字とか来られたら、幼児人生が一気にハードモードになっていた。


「アー」


俺が適当に発音すると、エレノアは嬉しそうに微笑んだ。

たぶん「そう、よくできました」的なことを言っている。褒められているのはわかる。言語七割、やはり便利。


エレノアが読んでくれる本の中でも、特に興味深いのは勇者の物語だ。


勇者が旅をしながら強くなり、仲間を集め、最後には魔王を倒す。

うん、びっくりするほど王道である。異世界の子供向け文学にもテンプレはあるらしい。安心感すらある。


ただ、見逃せない点もある。


魔王が出てくる。

獣人も出てくる。


それがただの創作上の存在なのか、それともこの世界に本当にいるのかは、まだわからない。

だが少なくとも、この世界の人間にとって「勇者」「魔王」「獣人」という概念が自然に通じる程度には身近な言葉らしい。


わりと大事な情報ではなかろうか。


     ◇


そんな平和な日常に、ある日変化があった。


父が帰ってきたのだ。


初めて見る父である。


扉が開いた瞬間、空気が変わった。


でかい。

まず体がでかい。


肩幅が広く、腕が太い。鎧は着ていないのに、なんとなく「この人、今たまたま鎧を脱いでいるだけです」みたいな雰囲気がある。顔にはうっすら傷もある。いかにも戦士。メイドたちの会話から察するに、どうやら戦地に出ていたらしい。


なるほど。

不在が長かったのにはちゃんと理由があったわけだ。


父は部屋に入るなり、兄たちを抱き上げ、姉たちの頭を撫で、最後に俺を見つけた。


「リュカ!」


名前は覚えているらしい。

よかった。最低限の父性はあった。


そして、ぐっと持ち上げられる。


高い。


やっぱり高い。

この家、大人が子供を持ち上げるときの高度設定がおかしくないか? 標準位置が高すぎる。俺はまだそのへんの床に転がっているくらいがちょうどいい年齢なのだが。


父は満面の笑みで何かを語りかけてくる。

たぶん「父だぞ!」とか「大きくなったな!」とか、そのへんだろう。


……いや、うん。


生まれてから一年以上経ってるんだが?


まあ、物理的に不在だったのなら仕方ない。

俺はとりあえず「うー」と返しておいた。父はそれだけで満足したらしい。単純である。嫌いじゃない。


興味深いのは、父と母二人の関係だ。


穏やか母とも、ゴリラ母とも、どちらとも自然に言葉を交わしている。距離感はほぼ等しい。妙な緊張も、気まずさもない。どうやらこの家では本当にそれが普通なのだろう。


異世界貴族、家庭事情まで含めてなかなか情報量が多い。


     ◇


そんな日々を過ごしていると、ある日、老人が現れた。


神官めいた服装の初老の人物を伴っている。

白髪だが背筋は伸び、杖もついていない。視線は鋭く、今でも普通に戦場へ出られそうな空気をまとっていた。


そして、その老人は厳かに言った。


「天啓の儀をおこなう」


……ついに来たか。


いや、俺にではない。

俺はまだ小さい。だが、こういうイベントは聞くだけでテンションが上がる。異世界っぽさが急に本気を出してきた。


家族全員が広間に集められた。

中央には神官。床には魔法陣じみた模様。


神官が短く祈りの言葉を唱える。

完全には理解できない。だが、「神」「導き」「適性」あたりの単語は拾えた。


なるほど。

どうやらこれは、神に何らかの適性を示される儀式らしい。


儀式を受けるのは、二番目の兄――レオンだ。


レオン兄は緊張した面持ちで前に出る。

神官がさらに祈りを重ねた、その次の瞬間。


レオン兄の足元から、光の柱が立ち上がった。


まっすぐ天井へ伸びる白い光。

広間が一瞬、昼のように明るくなる。


おお。

演出が強い。神の認定システム、無駄に派手である。


光が消えたあと、レオン兄が叫んだ。


「戦士になれた!」


その瞬間、家族が一斉に歓声を上げた。


父は豪快に笑い、ゴリラ母は満足げに腕を組み、エレノアも嬉しそうに微笑んでいる。セシリア母もほっとしたように息をついた。


なるほど。


この世界には、一定の年齢になると「職業」あるいは「適性」を神に認められる儀式があるらしい。

そしてそれは、家族総出で喜ぶほど重要なイベントなのだ。


……かなり大事な世界設定では?


俺は見逃さなかった。


儀式のあと、あの老人が神官に金貨らしきものを数枚渡していたことを。


あ、課金制なんだ。


いや、寄進とか謝礼かもしれない。

かもしれないが、タイミングが絶妙すぎる。


光の柱。

戦士認定。

その直後に金貨。


うん。どう見てもシステム利用料である。


神の導きにも事務手数料が発生するのかもしれない。夢があるような、ないような話だ。


だが少なくとも、この世界はゲームみたいな仕組みを持ちながら、ゲームよりずっと現実的で、ちゃんと金が動いているらしい。


……覚えておこう。


そのうち俺にも、あの儀式が回ってくるのだろう。


そのとき何を告げられるのか。

そもそも、俺にまともな適性はあるのか。

チートも説明もないままここまで来たのだ。せめて職業くらいは少し夢を見たい。


まあ、現時点ではまだ無理だ。


今の俺は天啓より先に、階段を転ばず降りるほうが先である。


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