先生は欠席です
その日、朝のホームルームが始まっても、
担任の先生は教室に来なかった。
チャイムは鳴った。
でも、誰も何も言わない。
教室は、妙に静かだった。
前の席の子が、小声で言う。
「今日、先生欠席だって」
「え、そうなの?」
「職員室の前に貼ってあったよ」
黒板を見ると、
白いチョークでこう書かれている。
《本日、担任欠席》
代わりの先生は来ないらしい。
自習。
それだけで、
クラスは少しざわついた。
でも、誰も不思議がらなかった。
一時間目。
席に着いたまま、
それぞれが教科書を開く。
私は、
なんとなく教壇を見ていた。
担任の先生は、
いつもそこに立っていた。
少し猫背で、
話が長くて、
チョークの粉をよく落とす人。
「休みか……」
そう思った瞬間、
違和感が胸に引っかかった。
――昨日も、いたよな?
昨日の放課後、
進路の相談をした。
そのとき、
先生はこう言った。
「明日、提出だからな」
はっきり覚えている。
二時間目。
廊下が、やけに静かだ。
他のクラスは、
授業の声が聞こえる。
でも、
私たちの教室だけ、
空気が薄い。
黒板の「欠席」の文字が、
少し歪んで見えた。
三時間目。
私は、
ノートを取るふりをしながら、
周りを観察していた。
みんな、
普通だ。
欠席を疑う人はいない。
「先生、病気かな」
「まあ、そのうち戻るでしょ」
そんな会話。
でも、
誰も「どの先生か」を口にしない。
昼休み。
私は、
職員室へ行ってみた。
担任の机は、
空だった。
名前のプレートは、
外されている。
代わりに、
何も書かれていない。
隣の先生に聞いた。
「あの……担任の先生、今日お休みですよね?」
先生は、
一瞬、考えるような顔をした。
「……ああ」
「そうだね」
それだけだった。
名前も、理由も、
言わない。
戻る途中、
掲示板を見た。
欠席者一覧。
生徒の名前はある。
でも、
教師欄は空白だった。
午後の授業。
教室の後ろの壁に、
古い集合写真が貼ってある。
去年のクラス写真。
私は、
無意識に担任を探した。
いない。
最初から、
写っていない。
おかしい。
去年も、
同じ担任だったはずなのに。
放課後。
私は、
教室に残った。
誰もいなくなった教室。
教壇に近づく。
机の引き出し。
開けると、
中は空っぽだった。
教科書も、
名簿も、
赤ペンもない。
ただ、一枚の紙。
裏返しのまま、置いてある。
表にすると、
手書きの文字。
《欠席理由:未確認》
その下に、
小さく追記されている。
《※存在記録なし》
頭が、真っ白になった。
その瞬間、
背後で椅子が鳴った。
振り返る。
教壇の椅子に、
誰かが座っている。
ぼんやりした輪郭。
顔が、
うまく見えない。
でも、
声は知っている。
「……ちゃんと、出席取ってるか?」
担任の声。
「先生……?」
私が言うと、
その人影は、
少し困ったように笑った。
「今日は欠席だからな」
「みんなには、そう伝えてある」
「でも――」
一歩、近づいてくる。
「君だけは、覚えてた」
「それが、いけなかった」
視界が、
一瞬暗くなる。
気づくと、
私は席に座っていた。
教室は満員。
チャイムが鳴る。
黒板には、
何も書かれていない。
前の席の子が振り向く。
「ねえ、今日の担任誰だっけ?」
私は、
答えられなかった。
名前が、
思い出せない。
でも、
教壇の前には、
誰かが立っている。
少し猫背で、
チョークの粉を落とす人。
黒板に書く。
《本日、出席》
その文字を見て、
なぜか、
胸がぞっと冷えた。




