効率的な私の無駄な結婚
「も〜ミサ〜?そんなにスケジュールギチギチだと倒れちゃうよ〜?」
「問題ありません。可能な限り効率的に成果を上げられるよう、計算しています」
「だからあんたはロボットかっての〜!」
昼のオフィスに二人の女性の声が響く。
私。本山ミサは「はぁ」とため息を吐きながら、話しかけてきた同僚に注意した。
「三島さん。今は業務時間内です。仕事に関係のない雑談はお控えください」
「関係なくないし〜。あたしカウンセラーだし〜。てかナナミって呼んでって言ったよね!?」
帰ってきた言葉を聞き流しながら適度に相手をする。その間もキーボードを打つ手は止めない。
「メンタルケアなどという非効率的なものは、現在の私に必要ありません」
「そうは言うけどみんな心配してるよ〜?働きすぎだーって。いつまで経っても名前で読んでくれないし、ホントはストレスたまってんじゃないの〜?」
「たまっていません。そういった非効率的なものは私には必要ありませんので。」
「休日の予定は〜?カレシは〜?結婚したい人とかいる〜?」
「どれもありません。そういったものは時間や金銭ばかり消費する非効率的なものです」
私は昔から無駄なものが嫌いだ。
無駄なものは思考力を削ぎ、判断力を鈍らせるから嫌いだ。
そして、数ある無駄の中でも私が一番嫌っているもの。それが”結婚”だった。
……結婚など、金銭や時間だけを奪う悪魔の契約ではないですか。どう考えたらしたいと思えるのか私には理解ができません。
今付き合っているというカレシについて楽しそうに話す三島に、疑問の目を向けてしまう。
「あ!なんで結婚するのかわかんないって顔してる!言っとくけど結婚にも”こーりつてき”?なメリットがあるんだよ!」
”こーりつてき”その言葉に書類を見ていた顔が持ち上がる。
「にっしっし〜。このナナミ様が教えて上げよ〜う!まずはね……」
説明がなされる。それを聞いて私はなるほど。と思ってしまった。
「世帯収入の増加。法的な権利の獲得。医療行為の手続きの簡略化ですか。大好きな人と時間を共有する。というのは理解できませんが、たしかに魅力的な話ですね」
「でっしょー!ミサも早くいい相手見つけなよ〜」
「どうやって見つけるのが効率的なのでしょう?これだけの恩恵が得られるのなら、可及的速やかに行いたいのですが」
「うーん…結婚ってそういうものじゃないんだけどね……。まぁ、”結婚相談所”とか?」
「ありがとうございます。では、失礼します」
そう彼女に言い残して私は椅子から立ち上がる。が、なぜか手を掴まれてしまった。
「ちょちょーい!どこ行くの!お仕事は!?」
「早退のメールを上司に送っています。今月のノルマは達成しているので、チームに影響はありません」
「はやっ!え、まさか…もう結婚相談所に行くの…?」
「はい。そうです。相談をするにも時間が必要ですし、相手との打ち合わせも必要でしょう?早めに行動するに越したことはありません」
何を言っているんだろう?という顔をしながら彼女に言い放つ。その会話をしているうちも手は動いており、荷物をまとめて退勤の準備を完了させていた。
「では。失礼します」
「あぁ。うん。頑張ってね」
激励(?)の言葉を受けて、会社のビルから出る。足は会社から一番近い相談所の建物へと向かっていた。
顔合わせのセッティングはスムーズに終わった。なぜなら私がなんのためらいもなしに、リストの一番上にいた男性を選んだからだ。
「えっと…プロフィールとか見なくてもいいのですか?」
「はい。顔写真や第三者ではなく本人が作成した文章だけで判断するなど非効率的です。」
「そ。そうですか…」
職員とそういった会話があったものの、せいぜい10分程度で手続きが完了。翌日には顔合わせと進んだのは、とても効率的だったと思えた。
一夜明けた日。私は今待ち合わせ場所のレストランに向かっている。
……顔合わせをレストランでするなど非効率的。ZOOMで十分。なぜあの職員が止めたのか理解ができない。
全国の結婚願望者が聞いたら倒れそうなことを考えながら歩いていると、ラストランにはすぐに到着した。
カランカラン
ベルが心地良い音を立てて、ドアが開く。店内は隠れ家風の落ち着いた雰囲気だった。
カウンターに座っている男性の店員に声を掛ける。
「すみません。予約していた本山です」
「はい、本山様ですね。お連れ様が先にご到着されています。あちらのテーブルです」
そう言って彼が手で示したテーブルには、茶髪で高身長のメガネを掛けた男性が座っていた。
ろくに見ていないプロフィール写真をなんとか思い出して、記憶と照合する。どうやら、待ち合わせていた人に間違いないようだ。
店員にお礼を言って、テーブルに向かう。そばに立つと、男性が気がついたようだった。
「お。はじめまして。俺の名前は西田リョウって言います。作家です。今日はよろしく!」
「はじめまして。本山リサです。こちらこそ」
ハキハキしていてポジティブな雰囲気。悪い印象は感じず、差し出された手を握って握手をする。
すると、彼は人懐っこそうな顔をして私が座る椅子を引いてくれた。
「じゃあ座って座って!料理を持ってきてもらおう」
「いえ。まずは私との結婚生活に関するメリットを提示するための、プレゼンをさせていただきます」
「はい…?」
「これから籍を入れるかを検討するので、少しでも判断材料があれば効率的なのではないか、と判断しました。西田さん。ご着席ください。」
「あ、はい」
彼に引いてもらった椅子を無言でもとに戻し、彼を元の席へ座らせる。持ってきたビジネスバッグからノートPCを取り出して、あらかじめ開いておいたプレゼン資料を見せる。
ちなみに今日の私の服装は、オフィスカジュアルなレディーススーツだ。気分は大型案件のコンペである。
「まず。私は20xx年度の全国女性の平均年収よりも多くの額面を頂いており、株や投資、不動産運用なども合わせると、その額は上位に食い込めます。続いてこちらのグラフをご覧ください。こちらは我が社の年齢に応じた昇給金額の推移ですが、私が今後もこの会社で勤務した場合の推移は………」
スライドをめくっていく。手元のスマホに表示された原稿をチラ見しながら効率的に説明は続いていく。
「続いて不動産や株式等の運用ですが…………」
順調だ。自分でも惚れ惚れしてしまうようなプレゼンだ。これなら取引相手の彼も満足だろう。
「さらに結婚に際する事務手続きや、同居をご提案くださった場合の私から求める生活の最低ライン。そして、共同資産の管理方法のご提案ですが…………」
完璧だ。西田さんが結婚時に気になるであろう点も抑えた完璧なプレゼンだった。
さぁ、締めよう。この効率的なプレゼンを聞いて納得しない人間がいるはずがない!
「…………以上です。ご清聴ありがとうございました。どうでしょう?結婚しませんか?」
おかしい。拍手喝采があってもおかしくない程に完璧なプレゼントだったのに、なぜ彼は渋い顔をしているのだろう?
「うん…とりあえず、食事でもしながらお互いのことを話し合わないか?」
「どういうことでしょう?もう私には話し合うことはありません。非効率的です」
「それが俺には話し合う理由があるんだよ。というか、ここの食事マジで美味いぜ!」
彼はうきうきした様子で運ばれてくる料理を見ている。無駄に豪華な食事の数々。なぜこんなものを食べるのか分からない。
「なぜこのような物にするんでしょう。全くもって非効率的です」
「いや、普通に食べるより絶対美味しいって!ほら、食べてみ!?」
進められるがままにカトラリーを手に取り、焼いた白身魚の上に葉っぱが乗った物を口に運ぶ。……美味しいか?
「味の違いが分かりません。というか興味がありません。味を気にして食材を選ぶなど非効率的です」
「効率だけじゃ人生楽しくないでしょ?」
「楽しさを求めるのは効率的ではありません」
「人生に娯楽は必要だぜ?何か趣味とかないの?」
「ありません」
「好きなことは?」
「ありません」
「好きな食べ物は?」
「あります」
そう言った瞬間、彼の目が輝いた。
「なになに!?教えてよ!」
「”鍋”です」
…………
「鍋?」
「はい。鍋です。様々な栄養を一気に摂取することが出来て、あまり食材も選ばないのでとても効率的です」
「そ。そうすか」
「はい。なにかおかしなこと言いました?」
彼はなぜか苦い表情をしている。
そのまま、会話は無くデザートの時間になった。
「どうしてこんなにクリームを乗せたりするのでしょうね全くもって非効率的です」
「そりゃショートケーキだからだね」
「そもそもケーキなどっッ!?」
口に入れた瞬間に甘みが広がる。味は好みだった。
しぜんと頬が緩んでしまう。
それを見た彼が、話しかけてきた。
「俺。決めたわ。本山ミサさん」
「はい。結婚しますか?」
決意を固めたような目をしている彼に少し押されながら、聞き返す。
しかし、帰ってきた返事は期待していたものとは別のものだった。
「今は結婚しない。君が無駄を楽しめるようになった時に結婚しよう」
「はい?無駄を?楽しむ?」
「そうだ。効率だのなんだのって言うのを忘れられるくらい無駄まみれにしてやる」
「不可能で、非効率的です」
ありえない。そう思った。こんな非効率的な申し出は断ればよかった。でも、なぜか私はそうしなかった。
「いいでしょう。受けてたちます」
「おう!」
彼がニカッと綺麗な笑みを浮かべる。
……笑みなど非効率的。するだけ無駄。でも…。
なぜか私はその顔から目が離せなかった。
「で、甘いもの好きなのか?そのケーキ美味しいよな〜。ほっぺた緩んじゃうくらいに」
「うるさいです。ゆるんでません」
本当になんで頷いてしまったんだろう……。
次の週末から私は彼に色々なところに連れ回された。
職業が漫画家という彼は、私からしたら非効率的の極み。すること全ての意味がわからなかった。
ある時は観光スポットで……
「いい景色だろ?この灯台お気に入りなんだよ!」
「海と太陽が見えますね。何がいいのでしょうか。私には分かりません」
「夕焼けだよ。見てみなよ、何も無い水平線に太陽が沈んでいく景色。最高じゃないか?」
「わざわざ見に来るものではありませんね」
「”非効率的”とは言わないんだな」
「その発言は非効率的です」
また、ある時はカフェで……
「ここのパフェ上手いんだよ〜。ほら!食べてみ!」
「1食分以上のお金を払って糖分と脂質だけを摂取するなど、非効率的です」
「じゃあ残す?俺が食べてもいいよ?」
「……、残すのは社会人としてダメです」
「そうかそうか〜。甘いの好きだもんな〜」
「……。フンッ」
そして、ある時は彼の家で……
「なんですか?これは」
「あぁ、俺が書いてる漫画だ。ちょっと買い物行ってくるから読んでてよ」
「分かりました。……このようなものを読むなど効率的ではないのですが。くすっ。割と面白いですね」
……にやにや……
「何を笑っているんですか!?さっさと行ってください!」
「おっと、怖い怖い。怒るのは非効率的だぞ〜」
「あぁー!もう効率とか知らないです!ほら!私もついて行きますから!」
「ははっ!ありがとな」
順調に懐柔されているような気がしていた。
ベッドとデスクしか無かった部屋に”無駄”な物が増えていく。
灯台で渡されたキーホルダー。カフェで貰った手作りのコースター。そして最新刊まで揃った、彼が描いている漫画。
少し前ならこの効率的ではない状況に腹を立ててしまっていただろう。でも今は、そんなことは無い。
お気に入りの服を選ぶ。好きな漫画を読む。それらは”無駄”なことなのだろう。でも、今の私にはもう無くてはならない。大切なものだった。
……確かにこんな生活もいいですね。彼にはお礼を言わなくては。
以前は浮かべたこともなかった笑みを浮かべる。
もう、秒読みだった。
6月。よく晴れた青空に、チャペルの荘厳な鐘が響く。
ジューンブライドと言うのだろうか。6月に結婚すると、生涯幸せになれるらしい。
「元々結婚式するならこの季節にしようとは思ってたんだが、ミサから言い出してくれるとはね」
慣れないタキシードに身を固くしながら、俺。西田リョウは隣の彼女に言う。
「だって…せっかく一緒になるなら幸せな方が効率的と言いますか……」
「本音は?」
「っっっ……。このやり取りは非効率的。です」
「楽しいくせに」
少しからかってみるとすぐ顔が赤くなる。俺から防御するかのようにヴェールを被っているが、その上からでも丸わかりだ。
ウェディングドレスを着ていつもにも増して美しい彼女の手を取り、壇上にいる神父の前に立つ。
お互いに誓いの言葉を口にして指輪をはめ合う。
俺は彼女の綺麗な薬指に指輪を通しながらこう聞いた。
「無駄ってどうだ?」
「最高です!」
ー完ー
面白かったら星5微妙だったら星1の正直な気持ちで評価してくれると嬉しいです。
結婚式の後でこの話を聞いたナナミさん
「こんなの星5よ!星5!あのミサがこんなにしあわせそうな顔するなんて!」




