第8話 一般通過オタク、及川乃恋と出会う。
「及川さん、のほうはどうです? 雰囲気とか」
「いいと思いますよ。先輩方皆さん、よくしてくださってます。歌を褒めてくださいました」
嬉しいです、と頬を抑えながら笑みを浮かべた。
「へぇ。及川さんはどんな歌を歌うんですか?」
「私は演歌ですね」
「演歌ですか。…………いいですね」
待って。この人雰囲気だけじゃなくて趣味も古風なのか⁉
「でも、皆さんがよく聞くような洋楽は分からないですから、一緒に楽しめないのは残念ですね」
「それは残念ですね」
「はい」
…………。……? ……あれ、終わり? あ、待って。なら俺が喋るから。ちょっと待ってね、話題考えるから。
「私、そろそろ戻りますね。また後でお会いしましょう、乙崎さん」
「あ、はい。また」
及川さんは綺麗な姿勢でお辞儀して、背中を向けて去っていった。俺はその背中に小さく手を振ることしかできない。
なんか、無性に情けなくなってきた。
……いやいや、少し話せただけでも大成果だろう。及川さんは第一印象通りっぽいことは確認できたし。
うん、頑張っただろう。やることはやった、いったん戻るとするか。
「いや、マジでこれなんなんだよ」
正直自分で分かんない。なんで俺、こんな心臓バクつかせてんだろ。なんか可笑しくてにやけちゃうくらい正常じゃない。なんか顔熱いし。このにやけが収まるまで戻れないぞ。
もう1回、深呼吸だ。
よし、真顔をキープ。俺みたいな顔の奴に変な笑顔は似合わない。
「すみません、遅くな――」
「やばっ、やっばっ! ひなっちめっちゃアガる!」
「マジでうまいな歌! え、ファンになるぞ俺⁉」
「いいなぁ。学園祭で生徒会のパフォーマンスとして出さないか?」
「ふふっ、ありがとうございます。けど、さすがに言いすぎですよ? 私なんてまだまだ……あ、乙崎君、お帰りなさい」
……やはりお前は敵だ妃奈。どうしてこんな俺に気まずい思いをさせるんだ。そのうえで視線を向けさせるな。このまま気づかれなければ何とかなったかもしれないのに……!
それからしばらく続いたカラオケタイムを、俺は及川さんの瞳を思い出し続けることで耐えきるのだった。




