第64話 密室の中で
「……終わりですか。まあ、上手くいってよかったです。降りても、気づかない振りしなきゃダメですよ?」
俺に顔を背けながら、妃奈は観覧車を降りる支度を始める。小さく震えている方の向こう側。観覧車乗り場に、待っている人がいないことを確認する。
俺は、軽く妃奈の手を引いて、対面に座らせた。
「へ?」
「あ、すみません。もう一周いいですか?」
降りる手伝いをしてくれようとしたスタッフさんに聞く。
「あー……ええ、いいですよ。お楽しみください」
「あ、あの、ちょっと――」
「ありがとうございます」
何か言いたげな妃奈の声を遮る。先に降りた莉弧と湊が不思議そうにこちらを見ている。あとで言い訳を考えないと。
妃奈は顔を見られたくないのか、2人に背中を向けて俯いてやり過ごす。そのうち扉が閉まり、観覧車が上昇しだす。
すかさず、妃奈が文句を言う。
「どういうつもりですか。2人を待たせて――」
「今、顔見られたくないんだろ?」
「っ」
妃奈が息を飲む。
――まあ、なんとなくわかってた。
「……何を分かったようなことを」
「案外わかりやすいぞ、お前。湊のことが好きだったんなら、まあ、当然の反応だし」
「好きって。そんなんじゃありませんよ」
思ったよりも自然な反応だった。もしかしたら、驚かれるかと思ったのに。
それとも、必死に隠しているのだろうか。隠したい気持ちはすごく分かるから、不思議でもないけど。
「湊に励まされて、湊に憧れて生徒会に入ったんだろ?」
「違います」
「嘘だ。自分で言ってた」
「それだけじゃありません。ただ、今の自分から変わりたいと思っただけです」
「そのきっかけが湊だったんだろ?」
「だから、それだけじゃないです」
「でも、それも理由の1つではあるんだろ?」
「……」
結局は俺の予想でしかないのだけれど、ここまでムキになるのを見るとあってるんだろうな、って確信になっていく。
「だけど、自分とは釣り合わないと思った」
「やめてください」
「だから莉弧に譲った。莉弧が湊のことを好きなのは、一目瞭然だから」
「やめてください!」
「それに、あの2人なら釣り合いそうだから」
「やめてって言ってるじゃないですか!」
妃奈が声を荒げて顔を上げた。両目は赤く充血していて、その目のふちに水滴が溜まってる。それがもともとだったのか、俺が追い詰めたせいなのか、確かなことは分からない。
「自分は身を引いて、2人は結ばれればいいと思った。……俺みたいに、自己評価が低いやつが考えるようなことだ。もし妃奈が、自分の昔を俺と似ていると考えているのなら、根っこのところはまだ変わってないのかもな」
「やめてって言ってるのが聞こえないんですか! 人をそんなに追い詰めて、いじめるのが好きなんですか⁉ あなたは最低です。いつもいつも、容赦なく人の本音に触れようとしてきて! これだからコミュ障だ、社不だって言われるんですよ!」
「……かもな」
自分の在り方を、なんとなく思い出してみる。
「実際俺は人との距離感の取り方が下手だ。普段は関わろうとしないくせに、一度関わってしまうととことんまで関わりたくなる。0か、100かの男。甲斐性がなければ紳士的でもない、クソ最低の野郎」
「……私は別に、最低だとかまでは」
「フォローはいらない。言いたい放題言ってくれ」
確か、アニメでこんなことを言ってるやつは、いつだってきざなやつで、たまには嫌われる対象だったなと思いつつ。
「俺でよければ、話を聞くから」




