第61話 ボート
「ほら、ちゃんと漕いでください」
「が、頑張ってる、だ、ろうが……っ!」
「湊君はあんなに余裕そうですよ?」
言われて、少し離れたところに浮いているボートを見る。何かを指さす莉弧と、片手間にオールをこぐ湊。確かに余裕そうだ。
それに対して俺はと言えば、両手のオールを精一杯漕ぎ、肩で息をする始末。頬杖をついた妃奈がジト目を向けてくるが、文句を言うのが限界だった。
「と言うかなんで、遊園地に来てまで肉体労働させられてるんだ」
「池のボートで有名ですからね、ここは。秋は紅葉が綺麗らしいですよ」
「また漕げってか」
「誰があなたなんかと。今日みたいな事情がなければ、わざわざ一緒に来ませんよ」
「そうかい……はぁ、おっも」
カヤックだっただろうか。競技シーンを見たことがあるが、どうしてああも早く漕げるのか全く分からん。今使っているのよりだいぶ軽かったりするのだろうか。
なんて思っていると、妃奈がむすっとした視線を向けてきた。
「誰が重いですか。この背丈です、軽いほうですよ」
「は? 何の話……って、重いって別に妃奈のことじゃねぇよ。オールのこと言ってんだ」
「え? あ、ああ、そうだったんですか。すみません」
そういうと、ずうずうしかった態度を一変、委縮したように肩をすぼめた。
強気なんだか弱気なんだか、分からないな。俺的にはガヤが無くなった分集中できるので助かるわけだが。
それからやっとのことで池を一周。だいぶ先に終わっていたらしい莉弧、湊に出迎えられた。
「よるっちおそーい。もっとうんどーすれば?」
「さ、最近はしてる、ほう、だ……っ!」
だあああぁぁぁ、疲れた。もう帰りたい。これ以上楽しむ自信ない。疲れたのは腕だけのはずなのに全身筋肉痛な気さえする。
震える腕で踏ん張ってボートを降りる。座る場所はないだろうかと首を振っていると、後ろで物音。妃奈がボートを揺らし、目をぱちくりさせて戸惑っていた。1人で降りられないらしい。
「仕方ないな、ほら」
「し、仕方ないとは何ですか。エスコートするのは男の役目――きゃっ⁉」
「っと!」
妃奈が縁に足をついて、ボートが傾きそうになる。
慌てて抱きかかえるように腕を回す。妃奈が俺の胸元で安定するまで待ってから、背中に手を回して引き上げる。
「ぁ、り、がとうございます……」
「ったく危ないなぁ。もうちょっと気をつけろよ」
「すみません」
よっぽど驚いたのだろうか。周囲の視線を気にするそぶりもなく、妃奈は胸元で動かない。あの、俺も恥ずかしいんだけど。
「ひなっち⁉ だいじょーぶ⁉」
「怪我してないか⁉」
「へっ⁉ あ、だ、大丈夫です! なんともありません!」
2人に声をかけられて、ようやく人前だと思い出したらしい。俺からぱっと、距離を取り、早口でまくし立てる。その顔が赤く染まっていることは誰が見ても明らかだ。それをからかってやろうかとも思ったが、きっとこれ以上は妃奈が耐えられないのでやめておく。
俺、優しい。
別に、断じて俺の顔も赤くなっていそうで、痛み分けになるのが嫌だったわけじゃない。




