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第36話 雨音

「やっと……見つけた……」


 喉が焼けるように熱くって、鉄の味がする。だんだん雨脚は強くなって気温は下がってるはずなのに、そんな感じは全くしない。一体全体、何分走り続けたんだろう。もう何時間も走った気がしてしまう。


 池のほとり。屋根の付いた休憩所に、莉弧はいた。濡れてないら早くいってくれ、頼むから。そしたらコンビニで傘買って、ゆっくり探したのに。

 小刻みに震える膝に力を入れて、呼吸を整えようと胸を張りながら屋根の下へ。階段を上る音が聞こえたのだろう、莉弧が俯いていた顔を上げた。


「あ、よるっち……え、嘘。待って⁉ 何やってんの⁉」


 暗かった表情が一変、驚きに目を見開いて席を立つ。駆け寄ってきて、俺の体を見渡した。


「うわ、びしょびしょ! この雨の中ここまで来たの⁉」

「そりゃ、莉弧が来てくれって言うから」

「い、言ったけど! せめて傘くらいさ」

「莉弧も濡れてるんじゃないかと思ったんだよ。そうじゃないって言ってくれれば、傘買ってた」

「聞けばよかったじゃん……でも、そのごめん。ウチも、いっぱいいっぱいで」


 ……確かに聞きゃあよかったな。せっかくロイン交換してんだし。

 い、いや、非を認めたら負けだ。今回のは莉弧が悪いんだからな。


「それはいいからさ。それで、どうしたんだよ。湊と妃奈がデートしてたって」

「あ…………うん、その、さっき、ね。見かけたの。2人で買い物してたとこ」


 莉弧がまた俯きだしたので、とりあえず座るように促す。俺も正直これ以上立ってるのはしんどい。てか自販機無い? 喉乾いて……あるじゃん。

 屋根の中に自販機あった。とりあえず水と……落ち着くためにはお茶とかかな。緑茶より紅茶のほうが好きそうだけど。レモンティー? あー、分かんね。俺も飲めるほうじ茶とかにしとこうかな。甘いお茶って苦手。

 2本買って席に戻る。水はすぐに開けて飲み始めて、一応、ほうじ茶のペットボトルを莉弧の前に置いておく。それを一瞬見て、小さく会釈したように見えた。まあ、これくらいの出費は今更だ。


「すごい楽しそうにしててさ。いーなーって思って、声かけたの。そしたら慌て始めて。どうしたのって聞いても、誤魔化してきて。あれ、絶対ウチに秘密でなんかやってた! だから、デートかもって……もしかしたら、ウチらに内緒で付き合ってんじゃないかなって、思ったら。どーしょーもなくなって、あたまんなかごちゃごちゃして」


 吐き捨てるように出てくる。いつもの莉弧らしくない低い声が、雨音に混ざる。スピーカのノイズみたいにガビガビで、聞こえないふりをした。

 らしくないときの話って苦手だ。普段元気そうなキャラが声荒げて怒り狂ったり、普段冷静なキャラが取り乱して暴力振ったり。そういう、いつもの自分じゃないことをして、それを後悔するシーンが嫌い。どんな好きな作品でも目をそむけたくなる。ラノベや漫画なら読み飛ばすし、アニメなら一時停止か、スキップする。それが原因で見るのをやめたのだっていくつかある。


「ウチ、もう諦めなきゃダメなのかな。2人ともすっごく楽しそうだった。ウチといるときよりもずっと。そーだよね。2人ともめっちゃ頭良くて、ウチは悪くって。難しー話だって、2人でなら出来る。ウチ不器用で、仕事できなくて……最近バイト多くてノリも悪かったし。きっともう、2人は……っ!」

 

 声が上ずってる。鼻をすすってる。

 ……なんでこれ、聞いてるの俺なんだろ。湊が聞いてる側だったら優しく慰めて、莉弧がそれに惚れるっていう王道パターンだったんじゃないのか? 共感して、立ちなおさせて、それで。

 別に妃奈でもよかった。それなのに、なんで俺が――


「だったらウチっ、これから2人の前で笑ってられる自信、無いよ……っ!」


 ――今にも泣きだしそうな莉弧の顔を少し見て、やっぱり見ていられなくなった。

 

 なんで俺、ここに来たんだよ。俺が選んだんだろ。焦ってただけだ。焦った結果ここに来た。別に理由なんてない。理由もなくここまでやれる俺じゃない。今すぐだって帰りたい。俺にそんなことできるわけないだろ。


「――きないだろ」

「……え?」

「できないだろ、そんなこと」

「よるっち」


 らしくないのって嫌いだ。今日ずっとむず痒かった。だって全部俺らしくない。今だって、俺らしくない。

 もっと地味で、こういうの外から眺めてくだらないって言う側だった。


「できないって、何のこと?」


 人のために熱くなるなんて、出来ないと思ってた。


「莉弧が笑わないなんて、出来ないだろ」


 まだ熱い。走った熱はまだ冷めない。全身びしょびしょなのに、なんでだろ。

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